天井
夜は父と酒を酌み交わした。
相変わらず無口だ。しかし、お互い黙っていても同じ時間を共有できる。
カズは、間違いなくこの人の血を引いていると思った。
母は台所で夕飯の支度をしている。
久々に帰ってきたというのに、別に特別なものを作るわけではない。しかし、やはり母の作る料理が一番美味い。この味なのだ。帰ってくるたびに素直にそう思う。
カズは二人とも老けたなと思った。父も母も六十を過ぎて、頭に白いものも目立ってきていた。歳相応といえるのかもしれないが、数年ぶりに会ったことが余計にそう思わせたのかもしれない。
そして何より、昔はあんなに大きく見えていた父の背中が、少しだけ小さく見えたことが、カズには淋しく感じられた。
実家は古い木造である。子供のころは、柱や天井に浮かぶ木目が人の顔のように見えたりして、一人で寝るのが怖いと思ったこともあった。
だが、さすがにもうそんなことはない。
カズは布団の上に横になり、天井の木目を眺めながら、初めて美和から電話がかかってきたときのことを思い返していた。
たしか美和はこう言った。
「やっと繋がった」
何度もかけたということか。それとも呼び出しが長かったということなのか。
それに、後になって思えば、美和からの電話の一言目は、こっちの様子がまるでわかっているかのような言葉で始まることが多い。
気のせいだろうか。
それともどこかで見ていたのか。
いや、そんなわけはない。
考えすぎだ。
答えが出るわけもなく、カズはいつの間にか眠りについた。
「キーン」
カズは目を開いた。
あたりを見回す。
何も変化はない。
天井に目を移す。
「キーン」
体は動く。
携帯の時間を見る。
午前二時十四分。
大きく息を吐き、再び天井を見る。
天井の木目が、徐々に人の顔に変わる。
見覚えのある顔だ。
不思議と恐怖は感じなかった。
その顔はどんどん大きくなり、ゆっくりとカズに近づいてくる。
そしてすさまじい風圧とともに、それはカズの体を突き抜けた。
カズはそのまま気を失った。
激しい頭痛と雨音に目が覚めた。
もう十一時だ。
あれは夢だったのか。
カズは顔を洗った。
居間では父と母がテレビを見ていた。
カズは少し早目の昼食をとり、「明日仕事だから」と嘘をつき、予定より一日早く実家を後にした。
しかし、激しい雨の中、カズが向かっていたのは、駅ではなかった。




