第七話 今回のパーティーは考えうる最強のメンバーで構成されていたようです。
一日目は街々で休息を挟みながら馬車に揺られ続け、宿に宿泊し、二日目、三日目も馬車に揺られるところから始まった。
そして――――。
「ここからは、馬車での運航は不可能ですかぁ」
「フッ、ついに……旅も本番、か……。左目が疼く……」
極東といえど、類稀なる健脚の馬車で揺られれば二日と少しで着く場所。もはや人類の手が届かない地が、その程度の離れであることに、小さな衝撃を受けた。
そして目の前の光景には、慄きの衝撃を受けていた。
たったこれだけの離れに、このような場所が?
道中とも比べものにならない比率で、明らかな危険域がそこかしこ、目に入る。
ここに居たくないと本能が叫んでいた。
一帯が、人の手から離れた危険域を予期する不穏領域。
思わず、か細い息が漏れる。
旅は、ここから始まる。
「とはいえ、東の地への【境界】もまだ遠く、目的地はまだまだ先ですので、張り切りすぎず、疲れない程度に歩いていきましょー。できるだけ死なないように、頑張りましょうね!」
「筋肉」
そして、私たちは歩き始めた。
……しかし隊列を指揮する者もなく、私たちは横並びに歩いていた。どこに位置すべきか焦り考えたが、この場合の考え方など分かるはずもなく(というかこいつらが戦術考えて隊列作っているとは思えない)、なんとなくで、私は中央でネアとアマリリスに挟まれる場所に陣取った。
「あらー、お顔だけ兎みたいに怯えていますわねぇ。大丈夫ですかぁ?」
五月蠅い。黙って歩きなさいよ。
「フフフ、荷物運び役ですか、期待しておりますわぁ。しかし、各自最低限の持ち物は、それぞれ運んでいるのですねぇ。踏破すべき道のりを考えれば、少量ではありますけれど」
「アダムスさんは、特に荷が多いですねー」
「このほとんどは、プロテインだ」
「魔物って、食べられるんだったっけ……?」
「やめたほうがいいって話ですね。食料の現地調達には限界があるようです」
そんなふうに、しばらくは、怯える私以外、のほほんと歩いていた。
だからなのか――いや、穏和な空気にあてられたからとか、そんな、だからもなにも無いだろう。
巨大な牙。膨れ上がった筋肉。四足歩行にも関わらず、ゆうに2mはある体躯。予兆も、音も無く現れた、虎を象った絶望の象形。
赤き灼眼に射竦められ、現実性をまるきり失ったことには、物事の前後になんの因果関係もない。
何もせず、ただ、立ち尽くしていた。
人間、死ぬ時はこうなのだなと、そんな過ぎて平静みたいな理解だけが脳髄に充満して、麻痺して恐怖すら感じていない。
足が石のように凝ったような感覚を覚えている、腰から下の感覚が不確かだった。一歩も動けない。
私は、ここで――――……。
「えいっ」
――セレネが、中空に『デコピン』の動作を向けた。それだけの動作だった。
虎を象った魔物の頭部が、肉が弾ける音と共に、霧状になって吹き飛んだ。
――――――――。
「――フッ、試練の道、か。…………でも、ここからずっと歩いていくとなると、少し億劫だなぁ……」
「歩くこともまた筋肉。ここまでの道中は、正直我慢のし通しだった。私はより良い筋肉をはぐくむ機会を期待する!」
「暇であるよりはいいかもね。フッ……外れ者は、どこかで。試練を望んでいるものなのだ……」
「しかしずっと歩くとなると、本当に大変な旅路になりそうですねぇ。セレネさんがグズったりでもしたら、どうしましょうか?」
「グズらねぇよ!」
「まあでも、最終地まで到着しないという可能性も、かなりありますから! 歩く距離は少しかもしれないですねー」
…………取り乱す者はおろか。
今の事態に、正面から気を向けている者すらなかった。
気に留めるような程の事じゃないと、言わんばかりに。
「魔物の出現にも気を付けましょう! いきなり、凄いのが出てくることもあるかもしれませんから」
「――フッ、僕はドラゴンを所望する。ドラゴン殺しの私――……」
「ドラゴンは空想上の生物ですねー」
「わ、分からないじゃないか。もしかしたらいるかも……」
――目の前に、巨大な兎を模した魔物が立ちはだかった。
兎といえど可愛らしさとは無縁の、盛り上がった後ろ足は象形元と似ても似つかない化物――熊を倍々にしたような体躯を、二足で反り立たせ、巨躯の影で私たちを覆って、遥か高みから見下ろしていた。
今は――いつの間にか抜かれたネアの剣に裂かれ、反り立った崖のような体躯を、半分にしていた。
「そうですね、しかし、警戒に越したことはないでしょう」
輝く銀の剣が鞘に納められる。
振られたはずの刃には、一滴の血も、また脂曇りの一つさえも、付着していなかった。
「確実に一歩一歩、進んでいきましょー」
「ウフフ、【回復】であれば任せてくださいな」
「フッ、試練はボクに付きまとう……、――いや待って、試練はいつだって、都合などお構いなしに、ボクに付きまとう……」
「フンッフンッ。筋肉!!」
――――今、理解した。
確かに、あの時、組織課の探索士たちが言っていたことに、嘘はなかった。
戦力のほうは、十分。
敵からの攻勢の撃退には、まったく問題がない。
今回のパーティーは、考えうる最強のメンバーで構成されている。
私は早々に、そのことを知ったのだった。




