第六話 今まさに世界が滅ぶ瀬戸際であるようです。
――とはいえ、ここは魔族が支配体勢を築く領域から遠く離れた地、盛大な出発の儀があったとはいえ、しばらくは何の変りもない馬車での移動であった。
考えてみれば、なぜこんな遠方から魔王討伐隊の使い手を集め、旅立ちの地としたのだろうか……?
「それはきっと、魔族領土近くの主たる使い手は、すでに、全滅してしまったからじゃないでしょうかぁー」
顔だけ王子のネアが、うららのようなぽわぽわした声で言った。
……無意味に臓腑が重くなる。
「いえ、それだけではないみたいですよぉ」
腹黒聖女のアマリリスが話に割ってきた。
「今回の魔王討伐遠征における、『鍵』となる存在が、この地にいたから、とか。噂程度ですけれど、そうお聞きいたしましたわぁ」
……私か。
しかし、『鍵』……私の【収納魔法】が、本当に――……?
「ふうん? 私以上の、『鍵』? ボクと近い……世界の特異点たる力、か……? ――んん、しかし、『鍵』となると……単純な力ではない……? ――ああ、ヴィオラの固有魔法のことを言ってるのか」
本当に、『鍵』なんて大仰な意味に繋がるのかしら?
セレネは納得を浮かべていたが、私自身が納得を思っていない。
旅の準備にて、用意された様々を『収納』したけれど……収納した備蓄物資は、せいぜいが使用人に持たせる鞄一つぶんの容量。
旅立ちを迎えた今も思う、これが果たして、代わりの利かない『鍵』の意味を持つの?
「ぬぅん、馬車に揺られることは、私の常ではないな……。馬の筋肉に頼らず、我が筋肉にて我が歩みを進めたいものだ……」
絶対、コイツに持たせたほうがいいだろ。むしろトレーニングの一環とか言って、喜々として持ちそうな雰囲気さえある。
と、そんなことを考えていた、まだ序文たる道中であったが――。
変事こそなかったものの、“私の意識における意想外”であった現実には、直面した。
魔族が軍事使役のために生み出した異形の獣を、相称して魔物という。らしい。
実態確かなれど、ここらの地には噂程度にしか話のこない、遠い場所で起こっている難事の話。私には直接の関係ない場所での情勢で、極東の果てに限った事情である。――今日まで、そう、思っていた。
前をゆく、またすれ違う、周囲の馬車の流通に陰りが見え始めた頃。
私は、世界情勢の「実際現実」をこの目にした。
こんなあからさまな地雷原があるか、という、それは光景だった。
危険が潜んでいることを予兆する光景――私にも分かるし、確実に誰にも分かる。
露出した岩肌、乱雑に生い茂る深い茂み。言葉にすればなんでもないそこから、人の手から離れた危険域を予期する、“ざわざわ”とした明確な予感を抱く。
暗い雲を見上げて、大荒れを予期するように。
あるいは毒々しい見目の昆虫に、心底から身震いするように。
あからさまに。
ここに魔物が居なければ、私はいったい何を察知しているんだという場所が、目につき始める。……健脚の馬に牽かせているとはいえ、まだ、くたびれるほどの長距離を移動したわけでもないというのに。
「…………」
今まさに世界が滅ぶ瀬戸際にある、という情勢を、初めて僅か実感した瞬間だった。
……例えば。
最後の魔王討伐隊――私たちが、失敗したその時。和平を結ぶとして。
盟約が、対等な条件に、なり得るはずもない。
そして和平は、当然、侵略の全面的な停止というわけではないだろう。ゆっくりと侵略が進む――時速が落ちるだけで、確実に侵略は進行してゆく。敵軍の脅威を野放しにせざるを得ない現状を見るに、明々白々な未来図。
人類希望を賭けた旅路。――少なくともその名目は、伊達や酔狂では、なかったというわけか。
「魔王……いったいどんな姿なのでしょう? 品性のカケラもない、溝豚人間みたいな有様だったらどうしましょう……? 『こんな醜いもののために旅していたなんて』、とか考えさせられることがあったら、悲しいですわぁ」
「フッ、それも……運命ならば受け入れる……――いや待って、それはちょっとおかしいな……。――嗚呼、それも対峙すべき運命ならば……、いや、んん……」
「まあ、きっと、どっちかが死ぬでしょうねぇ。ふふ、そもそも魔王の元まで辿り着いた人がいないということなので、道中で死ぬ可能性が一番、高いですけれどー」
「魔王と私、どちらの筋肉が、己の真理に近づいたかということだろう。そのことについては、いま考えても、仕方のないことではある……それよりも筋肉を早急に鍛えたい。馬車のヘリで懸垂を行ってもよろしいか?」
よろしくねえよ、座ってろ。
もう一つ分かったことがあった。
この旅の面子についてはきっと、伊達と酔狂に振り切って、選出が行われたのでしょうね。やっぱあの組織課探索士の二人、無事帰ったらどうにかしてやる。




