第十七話 誰がために世界は廻り、また日が昇るようです。
「フッ、お前が……そう、魔王か! ――お前を滅ぼそうというんだ、恨みつらみは……口にしない。フッ……ただ今この時を、お互いの、最後を賭けた時間を懸命しよう――! 夜より昏き闇を宿せし我らにょ晩餐会を、始めようか……!」
「あらぁ、これはこれは。うふふふふふ……――見るからに!! この世界の誰よりも、救って差しあげなければならないことが明らかなお方ですわね……! うふふふ、私が、このアマリリスが、あなたに、救いをもたらして差し上げますわぁ……」
「――無念すらも希望に変えて。今、私は全ての筋肉でお前に挑もう。魔王よ、言葉はもう不要だろう。あとは……筋肉で語ろう!!」
重大な台詞を噛んだことにテンション下げて、理解できない情感でのっけからテンションぶち上げて、最後までいつも通りのブレないテンションで――奇襲なんて僅かも考えない登場の騒々しさに乗じて、その場から身を引く。
終わりね。
他でもないあなたが、そのことを知っていた。
「…………」
私の首筋に振るわれた刃――亜空間に『収納』されているそれと同じ銀の剣を虚空から手にして、ゆらりと、魔王は悠然たる歩みをこちらへ進めてきた。
――聞きなさいッッ!
私が『収納』の亜空間にあいつを【封印】するわ!
だから、どういった手段でもいい――【魔王】の動きを止めて!!
「んん――……収納空間に?? それに、なんの意味が……――」
いいからやれッ!
「――うふふ、なにかしらあったみたいですねぇ。それで駄目だったなら駄目でいいです、とりあえずやってみましょうかぁ」
「承知!! オォオオ――アダムス・バルワーク!!!!」
我が身を盾として突進を試みたアダムスへ、魔王の剣が振るわれた。――振るわれたと分かったのは魔王が残心動作を終え切ってからの事後であり、声をかける暇もなかった私は、ネアの姿を重ね見ながら、冷たい汗を滲ませてアダムスを見やった。
今生、怪我というものを負ったことがないというアダムスの肉体に――魔王の一閃は、不壊であった肉体の浅くに届かせて、見事、小さな血飛沫をあげてみせた。――いや、逆だ、驚愕すべきは逆、あの筋肉騎士はいったいどんな何なんだよ。
「…………!」
「――呪われし左目よ、闇の覇王より昏き力で、今、彼の者に最大の災いをもたらせ――!」
『鍵』の形を模した、銀の靄を纏う象形物が顕現した――……が、しかし。
瞬きの刹那で、『鍵』の形を模した象形物は、跡形もなく消えてしまった……。
「んん、やっぱり、『魔法を無効化する魔法』を備えている。フッ……闇の覇王に恥じない力……やるね……。不意を突くよりも、魔力量で押したほうが有効のように見えるね」
チビ魔術師!
聞きなさい、あなたの魔法は『自身が消費した生涯魔力の総量』だけではなく、『人類の総消費魔力』さえもを、無条件に顕現させられるはずよ! そういった魔法のはず……!
「うぇえッ!? なんで私の奥の手を知ってるの!? ウォオイ、ちょっ、バラさないでよっ! 恰好がつかない……」
できんのかよ! 最初からやりなさいよッ!
「うふふ、魔法が効かずとも、種別を異にする【女神法術】ならどうでしょうかぁ? 癒して、差し上げますわぁ……」
大盾となり傷つき続けるアダムスの負傷を超回復させながら、大盾の影から、ヌッと手を伸ばし魔王の腕を掴み取った。
瞬間。魔王の腕先が、嘔吐を催すような醜怪で激しく、肉の内側からうねり波打ち始めた。
「――――うフフ、うふふふフフ!! こんなに癒しているのに、癒しきれない、救済が止まらない――! 良い、コレいいですわぁ! 持ち帰って永遠に癒したいくらい――……」
魔王の腕を掴んでいたアマリリスの腕が、ふと気づけば、肘先から切り落とされていた――……。
「――あら、いけずですわ。私の癒しは心地よくなかったですかぁ?」
切断されてもなお、魔王の腕を蛇の如く掴み続ける自らの手を見つめながら、アマリリスは瞬時に、無くした腕を悍ましい有様で再生させた。
――こいつらは必ず、魔王の動きを封じる。
あとは、私次第。
――やれる、やれる、私はやれる。出来なければならない、他に道はない、できるわ。私はヴィオラ・ヴァレンティア、どんな難局をも超えてゆける、そう、私は返り咲く、私は返り咲く私は返り咲く私は返り咲く――。
「……あの表情、どっちが魔王?」
「うふふ、あの人もここで癒して差し上げるべきでしょうかぁ?」
お前にだけは言われたくないんだよ、アダムスを癒すことに集中しなさい!
「――……なぜ。肉体の頑強さはともかく、精神への侵蝕すら意味を成さない……?」
「それは、筋肉とは、『精神』そのものでもあるからだッ! 汝の筋肉はまだまだ軟い、“意”を伴い、“精神”を内包した筋肉の前には、未だ、小さな山の如きバルクでしかないぞ――! 筋肉、大山!!」
アダムスの前衛防御ゆえに状況は今、完全にこちら側にある。
けれど長引けば何が起こるか分からない、災厄の結果を祓う『幸福に導く存在』として宿命づけられた彼に備わっているのは、致命的な難局に際して限度を超えゆる力だとしても、なんら不思議はない。次の一瞬間には何が起こるか分からない――。
――――返り咲く返り咲く返り咲く。私はやれる、そう、私が願い、欲したことは必ず実現される、紛れもない事実、もはやこの世の条理、返り咲く、返り咲く――――。
馬鹿王子の死に意味を持たせたい。
せめて、確かな意味に繋げたい。
返り咲く、――――返り咲く。
イメージしなさい。
望みを叶えるイメージを。
思えば。私には『望みを叶えるイメージ』こそが欠けていた。
私が望んだ道は舗装して用意される? ――馬鹿馬鹿しい。求め選んだ歩みの道先だけに、私の望んだ未来があるのよ。
願った幸せはそこにしかないの。
舗装された道に背を向けた、清算の先を、私は歩まなければならない。
人生を――私を賭して、挑む。
心から思い抜け。
世界は私のために廻っている。
「……――だいぶ、斬り慣れてきたな。『障害を斬り裂く魔法』で両断できない事象は、長く生きて初めて見た。この私の私たる力で……大したものだ」
「ぬぅううっ!!」
「うふフフ、だいぶ癒し慣れてきましたわぁ。ウフフふふ、こんなに朽ちないモノは、初めてですわぁ――!!」
「――――世界よ、我らたる歴史よ! 今この手が示す方向へ集え、人よ、輩よ、この世で唄う同胞さえもが今、時を同じくして。左目よ輝け、灯となるように――――!」
砂嵐のようなノイズ音が世界に満ちる。
そして――虚空から。
冥界の淵から引き出されたかのような異形――まるでこの世の色彩という色彩を累ね合わせたが如き昏い色合いを帯びた、一条の『鎖』が顕現した。
魔王の魔法で消え失せることなく。
この世から浮き出るように見える巨大な鎖は、速いという現象では説明のつかない事象、絡みつくという過程を排して魔王の身に絡んで――その動きを完全に止めた。
「――――最後は、このようなものか」
そう、最後はそんなものよ。
さよなら魔王。
勇者ではないけれど、お前を滅ぼす。人類種族として、意味を求めて止まらない一存在として。
魔王に触れる。
亜空間の輝きが、稜線に現れた日のように輝く――……。
それだけだった。
終わりは、たったそれだけの一瞬だった。
――……あとに残ったのは、静寂だけ。
魔王の姿はない。――感じる。『収納』の、無限に膨張を続けていたとすら思えた亜空間が、縮んでゆく、元の大きさに戻ってゆく。
魔王の存在が、その中で概念的なものに堕ちるまで圧縮されて、別のものに変わり――失せていくのを感じていた。
収縮が終わる。
今は、きっと泉から生まれ出る前にそうであったような、【力の結晶】だけが、亜空間に残っていた。
「…………終わった。の、かな?」
「――どうやら、そのようですわねぇ。うふ、――ふぅ……もう終わってしまったのね……残念……」
「――――筋肉!!」
……両手をかざして、亜空間を認識感覚で、見つめる。
魔王のなれ果て、だがこうして観測してみれば、それは『始まり以前の姿』というわけではないことに気づく。
この手にある、純粋な力の結晶――分かる。
この力が、元は、何であったのか。
そして。
それだけじゃない。
彼の思いが凝縮された結晶たるこの魔法から、彼の一念が読み取れた。
それでも。
私が生きる内、その中で、できうる限り、幸せであってほしかった。
そのような純粋な一念が、唯一の残滓のように、強く感じ取れる。
……そうか。
こいつは、隣人たる存在を、この世において、見出せなかったんだな。
この世において、ただの一人も。
だから失敗した。
大切な人が生涯いないから『誰かの幸せを願う』ということが分からず、幸せを願ったはずの者たちは、生きたままに意思さえ失った。
けれど、どうやら、確かに。
彼は、噓無く心に願いを抱いていた、『幸せであってほしかった』
だが、全てが終わった後の、極東の地に住まう彼等の処遇、行く末は、きっと。
…………。……………………。
「――ヴィオラ。ここに来る途中……ネアの亡骸があった。落ち着いたらでいい。いったい、なにがあったか……聞いていい?」
――セレネの声には、すぐには応えずに。
今は白くひび割れて、外の景色を見下ろせない、大窓へと近づいた。
亜空間から、力の結晶の、欠片を取り出す。
――――『障害を斬り裂く魔法』
――……大きな音響を立てて、大窓が無数に裂かれ、地表へと落ちていった。
「あなた、その魔法……」
開けた視界で展望できる、都を見下ろした。――魔族の都は、火が消えた様子のままであった。
……――あれから、なにがあったか、聞いてくれる?
「――聞かせてくれ。時を待ち、静かに呼吸する筋肉のように、それを聞いていよう。辛くなったら、そのような私たちはただ傍にあり、いくらでも待つことだろうことを思い出してくれ」
――……それから、あのノンデリ王子と交わした会話の詳細に始まり、魔王と遭遇し、そうして聞かされた世界の真実めいた話に至るまで、私自身の選択も含めて全てを語り聞かせた。
私が全てを語り終えると――……見やればセレネとアマリリスが、戦慄を浮かべた顔に、滝のような汗を流していた。
「あっっぶ……なぁぁあい――……。きっ、危機一髪だったんじゃん……――!」
「よくもまあ、私たちが無事に済む択が、選ばれたものですわぁ。ちょっと信じ難い……この女が、世界より隣人?? なんだか、都合のよい夢を見ているような気持ちになってきましたわぁ……」
ブッ飛ばすぞ。
「して、ヴィオラ嬢。貴殿には、また改まって話したいことがあるように見受けられる。それは、どのような話だろうか?」
察しがいいわね。
概念的なものになるまで圧縮されて、今は私の手の内にある、魔王の魔法。
これは、『障害を消す魔法』よ。
「障害を消す魔法。うん、『幸福に導く存在』に与えられた力として、納得の生まれる魔法だね。――ああ、人間を幸福に導く存在だから、そのままでは人類種族に“悪影響”を与えにくかったのかな。だから細分化する形で改定したのか」
「『障害を斬り裂く魔法』や『魔法を消す魔法』、『支障となる意思を剥奪する魔法』の、大本となった魔法というわけですかぁ。――それで、その魔法で何をしようと?」
今の世で魔族と呼ばれている、極東に住まう者どもが陥る、今後の悲惨な境遇を見たくないと考えている自分がいる。
それをどうにかしたいと考えているの。
魔王の残滓である『障害を消す魔法』を使って。
たとえば『無尽蔵の魔法』と『女神の魔法』を掛け合わせれば、無尽蔵の出力をもって、都合よく整えられた現実を、世界そのものに定着させることも可能かもしれないと……――この結晶たる力を手の内にした今、思えるの。
この地に住まう者たちは、極東の地の果てに巣食う魔王とは、何ら関わりのない存在であった。
そんな認識を、世界の在り方そのものとして。
『無尽蔵の魔法』によって、その途方もない願いを実現するだけの出力を引き出す。そして、その最大行使に私の肉体が耐えられないというのなら――そこを『女神の魔法』で補えばいい。
壊れ続ける私の身体を、絶えず癒やし続ける。
そうして魔王との関係そのものを、この地から消し去る。
それくらいのことなら、できるように思えるの。
「――――はぁ?」
私の語った思惑に対する答えは、アマリリスの素っ頓狂な声と、その声を写し取ったかのようなセレネの表情だった。
「正気ですか? あなたが……? ほかならぬ、あなたがそのようなことを語るなど……しん――信じ難い。そんなの――――信じられないに決まっていますわぁ」
ブンブンとセレネも頷きやがった。
こいつらよぉ……。
「思わず、言葉に詰まってしまいましたわぁ。手を貸すわけがないでしょぉ、絶対、【絶対君臨の願い】で現実を改変するに決まってるでしょうに。見え透くあまり、明日の夜明けの景色まで綺麗に見通せるようですわぁ」
なによ、そんなに信じられないの?
「世界で最も信じられませんわぁ。だって……分かってます?」
「そんな現実改変を試みれば、最悪……あなたにとっての最悪、今回の旅における功績が、無いものとして認識されてしまう可能性すらあるのですよ?」
「極東の一帯を完全支配していた魔王の討伐なら、今後の約束される巨大な功を得られるでしょう。でも『極東の極地に巣食う魔王を討伐した』なんて功を掲げても……あなたの立場が劇的に向上する手柄を獲得できる保証は、どこにもありませんわ。それなのに、何故。ほかならぬあなたが――野心のためにこの旅へ命を投じたあなたが、野心の化身であるようなあなたが、野心を二の次に置いてまで、そんな願いを望むというのです?」
当然といえば、当然の疑問に。
私は、自分でも分かるくらい静かな表情で、答えた。
あの時、世界の頂に座すことに背を向けて、“隣人の不在”を理由に答えた、その清算のつもりよ。
この力を手にして意味を見出した。それだけよ。
「――――やーーーっぱり、信じられませんわぁ」
「【掌握】の強度から測るに、確かにボクの魔法があれば、おそらくヴィオラが話したことは、そう、“出来ること”だろうけど……。でもこれは――やりたくない、できない! ――無理だって、できないぃ……! ごめん、ほんとゴメンだけど、それは信じらんない……!」
「騙されてはいけませんわぁセレネさん。1000000%、嘘法螺騙しの悪魔的な企みですわぁ」
よぉしお前ら、膝突き合わせて、話し合いましょうか。
――結局、ネアの亡骸を埋葬するその時ですら、言い合いみたいな議論は途切れることなく続いた。……ネアの遺体をこの地に埋めるのは、なんでもない雑談の際に口にされた、本人の意向だった。
彼女らが一応の納得を返答したのは、ネアの埋葬後に黙祷を捧げた、そのあとだった。
「まあ……ヴィオラも多少は変わったのかも、しれないけれど……。ぐぅううううぅうん…………んんんんんっ……――!」
「まあ、考えようによっては、なにも、最悪というわけではないことに気づきましたわぁ。救済を必要とする者が、また一人、増えるという……それだけのことなのですから。――全てを癒す私に、洗脳などが効くとは、思わないことです。ふふふ」
目じりを拭って、そして発破をかける。
そうと決まれば準備を急ぐわよ。
――とはいえ、その後、実際に頭を働かせ、手を動かしていたのは、ほぼチビ魔術師一人だった。他の者は景色を眺めていたり、魔族をどうにか元に戻せないか試していたり、筋トレしていたりで時間を過ごしていた。
「魔族のお方々にかけられた【掌握】はどうにかなりそうですから、やっぱりヤメるなら、今ですわよー」
「んん……んんんんっ……――!」
自分でも自覚するところはあるとはいえ、清々しいくらい、最後までただの一ミリも信じられなかったわね……。
でも、やるってことでいいのね?
「言ったでしょう、結局、私があなたを救済することになると。ふふふ、あれは不実の言葉であったとでもぉ?」
はいはい。
「ん、やっぱり地表を見下ろせるここから試みるのが、一番成功率が高いと思う。準備できたよ、いつでもいける」
「嗚呼、さよなら、本当の世界。私がきっと、仮初の世界を救済して差し上げますわぁ」
ほら、準備なさい。
頼むわよ。
「ヴィオラ嬢」
なによ?
「良い筋肉になった」
――あっそ。
それじゃ、やりましょうか。
……成功するかしら?
「ねえヴィオラ、――最後にこれだけ、私たちに聞かせて。ヴィオラは……どんな心から、そんな選択を取るの?」
――この選択を取るのに、なにも、心の深い部分が関わってるわけではないのよ。
私を通して勝利した人類の世界に、それに相応しい報酬がなければ嘘だなと、そう思っただけ。そうして齎されるのが屍山血海よりも荒廃した現実だなんて、あまりに救いがなくて嫌だと、そんなふうに、思っただけよ。
「……――ヴィオラの気が変わらないうちに、始めようかっ!」
――――さあ、『障害を消す魔法』よ。
私の願いを阻む常識、道徳、定められた理をことごとく踏み越え、望みの先――この力と比せば、ほんの小さな幸せを現実とするため、力の一切を解き放ち、眼下の現実を悉く掌握しなさい。
――――願わくば。
今度は。
一人でも多くの者が、隣人の大切というものを、自由に育む権利を失うことがないように。幸福に導く存在の結晶よ、そのために世界を――掌握し、改変せよ。
果てなく遠い、幸せの道が失われないように。




