第十二話 事態は想像をはるかに超えていたようです。
灼眼の大虎。
異形なる肉の脚を持つ兎。
頑強な岩に覆われた隆々の怪物。
そして、地の一面に満ちる鰐口の巨大蛇。
先ほどのエセドラゴンじみた化物もそう、「たとえばその中の一体を仲間にできるとしたらどれを選びますか」と言われたところで、私は間違いなく「全部選ばない」と答えるだろう。
旅連れになんてなりそうにないからだ。もし、何らか特殊な「使役できる魔法」を使えたところで、あんな、いつ暴発するかも分からない爆裂弾みたいな存在を隣に置こうとは、リスクの観点から考えられない。まだしも、道徳性ごと頭の完全にトんだ最悪の犯罪者みたいな狂人を隣に置いたほうがマシだ、話が通じなかろうが、話の応酬は期待できるから。気づいたら殺されていた、みたいなリスクは双方変わらないのなら、確実に狂人のほうを取る。
ある種、“純”な、眼。
魔物に共通していたのはそれだった。完全に独立している――世界から。
普通の獣であれば、畜生であろうとその目に理知を見ることはある。しかし、道徳から最も外れた位置に存在している魔物の眼は、“純”であった。
そうあってはいけないのだと私たちへ知らしめるような、災害とはそうあるべきだと理解させられるような、眼。恐ろしいと感じるが、恐ろしいと思わせる所以、恐怖それ以前の原初たる印象を言えば、純だと感じる。ある意味で世界から脱している。
考えてみれば、だからあれらは、群れで襲ってこなかったのだろう。
群れるために必要な理を悉く失った有り様こそが魔物だったのだから。“純”なる個。
緑色の瞳は、それと同じ眼だった。
――――遭遇は、別段、意表を突かれるようなものではなかった。
ネアが敵の影を捉え、余裕のある回避で私たちは岩陰に潜んで、彼等を観測した。
六名で隊を作って行動していた。人間と比べて大柄ではあるが……見た目は普通の人型。たとえば四人のうちの誰かが一騎攻勢を仕掛けても、それで問題なく制圧できてしまうような雰囲気はあった。
彼等は周囲の巡回を終えると、私たちの視界の前から、去っていった……。
――――あれはどういうことよ?
「確かに。なんだか、話が変わってきましたわねぇ」
「んん……」
「むぅ――……」
私たちが疑念の表情を浮かべる中――ネアだけが、冷静の面持ちにあった。
あんた、なんか知ってるの?
「なにかとは?」
――恍けるんじゃないわよ。
魔族だという、あいつらの、眼ッ!!
魔物が持つ“純の眼”と、まったく質が同類だったッッ!
気質じゃない、人柄なんて宿るはずもない、気性の根源がまったく“純”の、災厄的な本質を宿した瞳――――どころじゃない!
あいつら、群れを作ってた!
そんな彼等の瞳の光には、魔物より欠けた“純”があったわ。
まるで最小単位の虫ケラを見たような、ある種の理解不能……知が無いんじゃない、あいつらの眼に、生物的意識があるようには、明らかに、見えなかった。
魔物でさえ生物的な意識は確実に存在していたというのに。
カラクリ人形だと言われれば、それで納得してしまう、何か。あれは……いったい、どういうことよ。
「――もうここまで来ましたから、そうですね、お話ししてもよい頃合いでしょうか」
……さっさと話しなさい。
「実は、私は魔族に会ったことがあります。極東の地から逃げ落ちた、いわゆる難民が、私たちの国に流れてきました。彼女らを国の空き地に受け入れて、話を聞き出したところ、この極東の地では、民の隷属化が進んでいたということです」
民の……隷属化?
「ええ。その実態は、【魔王】の魔法による民の完全支配だそうで。ふふ、ただ言葉にすると、なんだか間が抜けて聞こえますね。しかし実態は、戦慄すべき現実に他ならなかったようです。ようは、精神を【魔王】に預けて、みんなで幸福になろうという計画らしく。それは表沙汰にされない長期計画で、ひと昔から気づいていた魔族や人間もあったようですが、どうにかする機会を逸して、そして現時点をもってまさに、隷属は99%以上の達成度に達したらしく。つまり、それに合わせて魔族は侵攻を開始したということです。それが私たちの直面した危難のあらすじだったわけですね」
――――顔面蒼白になる。
細かいことは、今は一切、考えられない。
馬鹿けた話を聞いて、この頭に考えに浮かんだ、たった一つは――この討伐隊派遣が、もし失した場合、【魔王軍】とは和睦の方向で話を進める考えが固められているという、そのことだった。
和睦?
どうやって? “独裁の一個軍”ならぬ、【独裁の一個体】などという埒外と和睦を結んで、それでどうなる……?
気まぐれのような考え一つが、即時を超えた“瞬間”で行動になる、まるで個人が自身の身体をそうできるように。
大いなる一国。悉くの指揮が一個体の手足のように動作する、走るも自在な強国を相手に、どのような条件で和睦を結ぶのか。和睦を結んだその後、どのような未来が訪れるというのか。
人類存続の危機。
今まさに世界が滅ぶ瀬戸際。
……なんで黙っていた?
「事の大きさから、さすがに遠征を拒否されると考えたのでしょう。それがまず一つ。黙っているよう私は釘を刺されていました。そしてもう一つは、確証のある事実ではないからという事情です。【魔王】が魔法によって民を隷属化しているという、確証が無い。――しかしこちらに関しては、なんだか馬鹿らしい話でもありますけれど」
馬鹿らしい話?
「ひと昔から、それに気づいていた人間もあったんですよ。けれど私たちは、いつも内情的な国政を優先して、総力を上げてそれに着手することはなかった。どうやらそういったことのようです。それは人類存続の危機に瀕した、今もさほどは変わりません。極東のほうでそういった情勢は聞きますが、それは私たちの住む世界からかけ離れた、遠方の話でしょう――? ほとんどの人は詳しく知ろうとは考えません。未だ、多くの人が内政のみに焦点を向けて、人類危機の話すら広がらない」
…………。
「仕方ないですね、誰もが――広い視野を必要とされる、お上の方々もまた、目の前に広がる難事、煩わしい雑事で精一杯ですから。昔から魔王討伐に赴く者はあったようですが、しかし解決に至らず、今に至ります。――と、いうわけです」
――私たちの輪を、沈黙が包んだ。
何も言えなかった。言えることがない。
このことに、私は、何をも。
――こいつらは?
果たして、他の面々を窺うと……――そこには、“ただ納得を覚えた顔”、“どうにも冷酷な表情”、“決意を表した面持ち”があった。
「――なるほど、私に対してその情報をシャットしていたのは、ボクが、どのような役割を担うかに関わらず、それを遂行すべく存在する『最終手段たる切札』だからか。情や立場なんかが生まれないようにするための遮断だったんだろうな、なら、僕のやることは変わらないね」
「うふふ、隷属の操り人形ですかぁ。もし、私の力でも、どうにも事の及ばない事情であったとするのなら……せめて、楽にしてあげましょう、サッパリと、終わらせてあげましょう。それがきっと、救いとなりますから」
「――どうあっても、もし、問題とするところが、現状ではどうにもできないというのなら。そう、使命を終わらせなければならない。筋肉に問うた、明白な答えが返ってきた。トレーニングのように、今やれることに、向き合うべし。つまり、私が成すべきことは変わらない。二人の言う通りである。行こう」
――……そうね。
行きましょう。
行きましょうか。
「おや? ヴィオラさんは、何かこう、反対意見を唱えるものと思っていましたが。なんだか前向きですね」
そりゃ、私は返り咲く気しかないし、前向きだわ。それに――……。
ここまで来ておいて、文句をぶーたれても仕方ないでしょう。
「それはそうですね! お話は以上です、では、先へ進みましょうか」
「うん」
「はぁい」
「応」
ええ。
――そうして、再び進み始めた私の心境に、どこぞからか、奇妙な予感が去来した。先へと進みながら、ふと、感じる。
私の人生で、私が、ここまで歩んでしまったその清算が行われようとしている予感があった。
心の中で言葉にしても、いまいち自身ですら意味の掴めないことに、しかし無意識ではその意味をありありと理解してか、心情に暗幕が降りそうになる。
深呼吸。
無様に視線落とすことなく、前を見つめて歩くことに心を注いだ。
そのうち足が疲れたので、またアダムスの肩に乗っての移動に切り替える。ああ、また『収納』の容量が増えたみたいだから、今ならいくらかプロテインを預かってやってもいいわよ。感謝なさい。
「こいつが魔王ってオチじゃないよね……?」
「そうであっても不思議ありませんわねぇ」
魔王ね。
残念ながら、消える定めにある存在に堕ちるつもりはないわね。私は返り咲く側よ、必ずこの旅の成就まで歩み抜くの。
「なに言ってんだ、歩いてないじゃないか……」
「この人が魔王であれば、私の力で、心の底から救いたいと思いますのにぃ」




