第十話 それだけのことだったようです。
そんなことがあったものの、あれから感受性は削られ続け、今はデスクに無限に積まれた仕事をこなすような意識で、淡々と物事にあたっていた。
情念は欠けないまま、いつしか最適なテンションに落ち着いて順応していた私だった。……くそ、レオンハルトと婚約を結ぶ以前の繁忙を思い出す。
レオンハルト。レオンハルトねぇ。
彼、どうやら本当に強かったのね。知らなかったわ。
「精霊魔法のレオンハルトならボクも知っているよ。どんな人だったの?」
そりゃ優秀な男だったわね。……最後は魔王討伐の旅に赴いて死んじゃったけど……。
「そりゃ、うん、……ご愁傷様」
「私たちも、明日は我が身ですねぇ」
「黙れノンデリ王子。……レオンハルト侯爵の、その、どんなところが好きだったの?」
そりゃ侯爵だし、優秀であったし。顔も良かったわねぇ。
「……え。いや、あの、こんな性格が好きだったとか……そういう話、で……」
いやべつに。政略結婚だったから、性格が好きとかではなかったわ。
「…………はい?」
いや、そんな目を点にするようなこと?
「は――……じゃ、じゃあ、好きではなかったってこと?」
好きじゃなかったってことはないけど、彼の訃報が届いたときは、悲しみよりも「死んだぁあああああああ」「嘘でしょう!?」って感じだったわね。
「ア――なっ、嘘でしょうはお前でしょう……。な、一気に守る気が失せてきた……私が守ってるのは、悪魔なんじゃ?」
「うふふ、見姿のそのままに、性根のオワっているお方ですねぇ。ここまで見目と性根のすり合いがストレートだと、世の中に、ある種の感銘すら覚えますわねぇ」
「筋肉を鍛えるといい、性根にも良いと言われている。筋肉を目指し、いつか筋肉になる。つまり、性根に良いということなのだろうな」
「んー、世間の話ですねー」
やいのやいの煩いわね。バカ王子の言う通り、世間に転がってる浮世の話でしょう。
「いや悪魔の話だろう……。ハッキリと利用して搾取する気満々じゃない、好いていないとか、在り方としては寄生虫じゃん」
そりゃそうでしょう。
「は……?」
なに、あなた、貴族筋の出じゃないの?
社交界に顔を出すような身分……というより、立場ではなかったのかしら。
「まあ、私……ボクの家は魔術師の一族で、僕は『最終手段たる切札』として育ったから、社交界に顔を出すことはあっても、そこで、どうなるとかはなかったけど……」
あー、『箱入り』なのね、だから妙にガキっぽいのか。――はいはい、分かった分かった。
あのねえ、社交界って場所は、恋愛しに来るお見合い会場じゃないの。戦場なの。
戦場。
なんでだか、分かる?
「なんでって……。上流貴族を捕まえて、上にあがっていくため、とか……?」
間違ってないけどね。
一番の要点は、『生きていくため』。
『飢えて路頭に迷わないため』。
そして『死なないため』よ。
「…………」
全ての貴族が優雅な暮らしを送っていると思った?
むしろ、貧困している貴族のほうが多いくらい。
たとえその時、裕福であったとしても。明日はどうか分からない。
何も大げさを言っているわけでもない、一夜にして衰退した貴族の話なんて珍しくも何ともない、そこらへんに転がっている話よ。
首を吊った貴族の話もまた、同じように、探さなくても転がってる。
母はいつも私に言っていたわ。
「あなたは特別な力を持った子、決して滅んではならない。手段を問うてはいけない、何が何でも、生きなさい」
過労で死んだ母は最期まで美しく死んだ、たとえその裏で、どんな手段の、どんな手管で世間を渡っていたとしても。美しく。
「……んん」
私は貴族令嬢として、戦った。
その結果に対する陰口なぞ、なんの意味もない、ナンセンスだと思っているわ。ただの敗者の言い訳。
「しかしヴィオラさんも、最終的には暫定敗者の立ち位置に堕とされているわけですが」
……まあ、それは認めるわ。お前のノンデリには、心っっ底から、腹が立つけどな。マジで。
そう。
私は戦った。
そしてね。
まぎれもなく、レオンハルトもまた、浮世が由縁に、自身で、私という女を選んだのよ。
「いえ、あのぉ……なんだか筋の通ったみたいに言ってますが、聴いてますに、相当えげつない政略をもって彼に“選ばせた”と自供しているだけのように聞こえますよぉ?」
それでもよ。
蔑むなら蔑めばいい。けれど私は、レオンハルトとの関係は、『互いが互いの武器である』間柄だと、ずっと考えていた。貴族の浮世において人は寄生虫のように映ることあれど、彼を『食める肉』だなんてふうには、ハッキリと言えます、私は一度だって思わなかった。
これは後から知ったこと、彼は近々、私へ婚約破棄を告げるつもりだったらしいけれど……それについては特に、大きなショックも覚えないわ。武器足りえなくなったのなら、別の次を探す。当然のことだと思うし、憤激して怒るほどの事じゃないと、理解している。
「んんんん……」
……まあ、婚約破棄も告げず死んでしまったから、私は猶予期間すら与えられず野に放られて、こんな立場にまで堕ちてしまったのだけれど。婚約破棄を告げられたのなら、それはそれで立ち回りはあるのよ。
とにかく。
私は、生きる。たとえ醜くも、めそめそと零落して生きてゆくことなんてごめんよ。セレネの指摘は、そういう意味では的を射ているわね。そして私の破滅の願う者と、私の尽力の、賭けの結果は、人生の結末だけがそれを知ること。私は絶対に足を止めないわ。
「はあ。レオンハルト様が何を思っていようが、関係ないとぉ」
関係無いわね。
「やっぱり悪魔の声に聞こえる……」
悪魔上等。
私の笑顔で笑うか、死ぬか。
どちらかでいい。
そのどちらかしか、いらない。
――――そうして、話していて、気づいた。
私の笑顔で笑うか、死ぬか。
そうか――――私がこの旅に赴くその答えは、最初から決まっていたのか。
なんだ。
それだけのことだったのか。
――――行きましょうか。
「五日目。いよいよ、目的地が近づいてきたような予感を覚えてきましたねー」
佳境にはまだ遠かれど、辺りの景色は分かりやすく、その様を変え始めていた。
明らかに何かが――何者かが往来したその痕跡が、道々に見つけられ始めたのだ。




