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 夏休みに入ると早いもので。あっという間に九月になっていた。


 その間、俺はお盆の間、実家に帰って生まれたての甥っ子と初体面したり、高校の頃の友人と飲んだりした。


 勿論、ツカサさんとゲームもしたし、ちょっとお出かけもしたし……ツカサさんのおうちにも初めて入った。


 ツカサさんは転職を機に引っ越したらしく。

 リモートで仕事をしているだけあって、立派な書斎もあって惚れ惚れしたものだ。


 また違う日に、静かにしているということを条件に、ツカサさんが仕事の日に家に居させてもらった。


 休憩時間の度に構ってくれるのが嬉しくて。その日以降、俺は学生という身分を使ってちょこちょこツカサさんの家に出入りするようになった。


 それで分かったのは、ツカサさんは仕事がかなりできるということだ。


 まぁ、それはなんとなくわかっていた。

 ゲームがとても上手だし攻略サイトに載るようなダンジョンを作れる人だ。


 物腰やわらかいが優しいばかりではないし。住んでいるマンションも広くて色々と揃っていた。


 いつか自分もしっかり働いて恋人として恥ずかしくないように……と思うけれど内心、ちょっと自信がないのが正直なところだ。




 ツカサさんが珍しく、会社の飲み会に行くので金曜日の夜から土曜日は会えないと伝えてきたのはそんな矢先のことだった。


 仕事だし仕方ないよな、というか俺も実家帰って友達と飲んだりしていたし、と思っていたけれど、なんとなく引っかかったのは土曜日も会えない、と言われたことだ。


 飲み会は金曜日の夜。

 飲みすぎて潰れてしまったとしても介抱するから土曜日行きますよと言ってもそれは申し訳ないから、と言葉を濁されてしまった。

 

 顔に出ていたのだろうか。

 金曜日、珍しくバイトがないこともあって、佐野と林と久しぶりにゲームをすることになった。

 

 ずっと魔王城の最深部に籠っていたのでふたりとゲームをするのは久しぶりだ。

 ちなみに俺はツカサさんの唯一のフレンドで唯一の近衛という立場なのでツカサさんの魔王城でもファストトラベルを使うことができるようになっていた。


 ちなみに何故近衛になったかというと他に飼い犬っぽいポジションがなかったせいだ。

 様変わりした俺の装備にふたりが声を上げ、かなり戦略的になったスキルツリーを見たふたりはまた、何故か爆笑していた。


 そんなこんなで三人で魔王城のダンジョンを攻略しつつ他愛のない話を交わし……気づけば結構な時間になっていたのでお開きにすることになった。




 時刻は深夜一時半。

 社会人の飲み会ならもう終わっているだろう。


 そう思って俺はゲームにログインしたまま携帯を弄った。

 けれど着信もアプリへのメッセージもない。


 酒を飲みすぎてしまったのだろうか。

 そう思うと心配になって。ツカサさんの家に行こうか迷う。


 けれど鬱陶しいと思われたら立ち直れない、と思っているとゲームの通知画面が点いていることに気づいた。


 それはツカサさんのログインを知らせるもので。

 俺は会いに来てくれたのだ、と思ってダンジョンから魔王城へ飛んだ。


 だが、馴染み深い大きな扉の内側……謁見室は蒼白い月明かりが入り込むばかりで寒々しい空気で俺を迎え、当然誰も居なかった。


 けれどツカサさんのログインは切れていない。

 どこに居るのだろう。

 誰と、居るのだろう。


 いいや、冷静に考えよう。

 きっと家で同僚とゲームをプレイする流れになったのかもしれない。


 それでいまツカサさんはどこかに居るのだろう。 

 探してはいけないと思った。


 きっとツカサさんには自分がログインしていることはバレているだろうし。

 ツカサさんが誰かと一緒なら、俺がのこのこと現れたら迷惑だ。


 そう、思うのに。俺はツカサさんを探したい気持ちを抑えきれなかった。


 マップを開くとツカサさんは魔王城に居た。

 そう。人気のダンジョンではない……滅多にプレイヤーが入り込まない、魔王城に居た。


 それだけでなんだかざわりとした気分になる。

 ここで待っていたら会えるのではないかと思ったけれど。俺はどうしてもツカサさんが何のためにゲームにログインしたのか気になって、じっとしていられなかった。


 幸い、と言っていいものか。まだツカサさんがログインして間もない。

 魔王城に居ると言っても最深部ではなく城に入ったばかりの場所だ。


 ツカサさんに拾われてから自分は桁外れに強くなったけれど魔王城を踏破できるほどではない。

 そっとツカサさんの様子を見て、ログアウトしようと思った。

 誰と一緒に居るのかを確かめて……安心したかった。


 そう思った俺は魔王城の入り口のセーブポイントに飛び、鎧の音を響かせながら広い玄関ホールを通り抜け、螺旋階段を駆け上がった。


 そのまま身体強化魔法をかけて壁をぶち破る。

 タペストリーの掛かったしゃれた壁が壊れては、元に戻る。


 そうして一路、俺は時に潜伏していた敵を不意打ちで屠り、毒罠を踏みぬいたりしながらツカサさんに近づいていった。


 ツカサさんの声が聞こえたのは大広間に続く扉の手前だった。

 どうやらツカサさんと誰かは大広間に居るのだと思った俺は息を殺してドアに背中をつけるようにしながら気配を消した。


 こんな見苦しい行動、ツカサさんがマップを開けばバレてしまうけれど。ツカサさんはいま誰かと話している最中だ。


 それに俺は佐野と林とゲームで遊ぶことは伝えていたので、わざわざいま、マップを見たりはしないだろう。


「厨房で加工するなよ」

「かたいこと言うなって。火も水も使えるしまず誰も来ない。絶好の場所じゃん」


 耳をそばだてていると声が聞こえてくる。

 遠慮のない口調のツカサさんと、気安そうな、軽い口調の男性の声。


「それにしても、環境最強スキル持ちだったくせに無難なことしかしなかったお前が急に魔王なんて言うから何事かと思ったらそういう事かよ。庭園のレイアウトを手伝ってほしいとか謁見室のデザインで手を貸してほしいとか散々扱き使ってくれたよなぁ」

「その節は助かったよ」


 ツカサさんが笑う気配に胸の奥がずきりとする。

 別に、特別親密なやり取りをしているわけではないとわかるのに何故か、気分が塞いだ。


「で、お前引きこもって出てこないけどその相手と上手くいってんの」

「……幸せだけど、理性を試される」


「はっはっは、そもそも恋愛とか結婚はそういうもんだぞ、むしろ良かったじゃん。大学の頃のお前は塩対応でも女が寄ってきてさ。彼女は居たけど恋人はいないとか真顔で言われた時はどうしようかと思ったぜ」

「そもそも、付き合ってみれば取り敢えず恋がわかるかもしれないから付き合ってみろと言ったのはお前だろう」


「そうだっけ」

「……お前」


 低い声でのやりとりは自分の知らない大人のもので。

 苦しいような悲しいような気持ちのまま、俺はそっとログアウトした。




 深く息を吐いてゴーグルや手指に着けていたコントローラーを外す。


 壁際の時計を見れば時刻は深夜二時だ。


 明日は夕方からバイトでツカサさんと会う予定はない。


 光る気配のない携帯を取り上げて、ベッドに投げる。


 恐らく夜通し、あの、ツカサさんの過去を知っている感じのお友達とゲームをするから明日は会えないと伝えてきたのだろう。


 自分の想像したような綺麗な人と一緒だとか、そういうわけではなかったけれど。なんだか胸の奥がもやもやする。


 漏れ訊いてしまった話でツカサさんがとんでもなくモテていることを知ったせいかとも思ったが、ツカサさんがモテていたことは別に意外ではないので突き詰めて考えて、自分がそこに引っかかっているわけではないと知る。


 ではなぜ、こんなにもすっきりしない気分なのだろうか。

 答えは出ない気がした。


 そしてそういう時に考えても碌なことにならないと思ったので、俺は寝ることにした。

 暗い部屋の中で相変わらず反応のない携帯を見て泣きたくなったのは秘密だ。


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