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「今度は僕の部屋に招待するね」
日曜日の夕方。名残惜しそうにツカサさんはそう言って。俺は離れがたい気持ちを引きずりながら既に靴を履いているツカサさんにぎゅうぎゅうと抱き着いた。
「俺、夏休みなんで夜でも朝でもちょっとでも会いたいです」
ツカサさんは社会人。
毎日顔を見ることが難しいとわかっていて、聞き分けの言い恋人で居たいと思ったけれど。別れ際は内心を取り繕う事なんて無理だった。
そんな俺の言葉にツカサさんが破顔する。
「実は普段リモートなんだ。だから基本的には家に居るから、必ず時間が空いたら教えるよ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめる俺の身体を、ツカサさんが抱き返してくれる。
腰を支えるような、背中を覆うような抱擁は自分のものとはすこし、何かが違って。
なんでか肌の裏というか、腰の奥がぞくりとする。
いつかその感覚の意味もわかるようになる日が来るのだろうか、と思いながら。俺は啄むようなくちづけに応えた。
「お前……ほんとわかりやすいなぁ」
火曜日の居酒屋。
予定より少し早い時間に店に顔を出すと佐野に開口一番、そう言われた。
何の話かわからなくて首を傾げるとにっとわらった佐野が恋人出来たんだろ、と突いてくる。
「えへへー実はそうなんだー」
鋭い佐野に見抜かれるだろうとは思っていたので。俺はにまにま笑った。
「にしても土日月の三日でかよ。なに、合コンとか出たの? いや、お前土曜は『ホムンクルス』のオフ会って……」
そう言ってからふと佐野は言葉を切るので俺は首を傾げた。
どうしたのだろう。
「なぁ夏川……お前の恋人ってまさか……」
恐る恐ると言った様子で訊いてくるので俺はにっかり笑って頷いた。
「魔王様と恋人になったぞ!」
「マジかよ! 魔王って野郎だろ⁉」
「おい、なに盗み聞きしてるんだ」
「ちげーよ、いまきたとこ。邪魔しちゃいけねぇと思ったの!」
佐野の代わりに驚愕の声を上げたのは林だ。
一気ににぎやかになった、まだ客のいない店内。店長が生ぬるい眼を寄越してくる。
これはアレだ、若いっていいねって奴だ。
俺は恋人を自慢するってこんな感じなんだーと思いながら二人に突かれるまま、開店準備をこなしながら答えた。
とはいえ恋人の魔王様は有名人だ。
佐野と林はこう見えて口が堅いし、ちゃんと口止めをすれば黙っていてくれるけれど。万が一がないように、俺はツカサさんの本名なんかは伏せてきちんと答えた。
「……で、お前には二十七歳の彼氏さんができて……お前が十八でここで働き始めた頃から惚れられてて……オフ会でいい感じになって……そのまま会いたいからって深夜に自宅に招いて……そのまま朝まで一緒に居た、と。で、それがゲームそのままそっくりな、超美形な……お前を飼うとか言った魔王様、と……」
「なんかのネタみたいな話だ。直哉が言うんじゃなけりゃ嘘だと信じられたのに、直哉の言うことだからなぁ……」
一通りの情報を離した結果。何故か佐野は額を覆ってしまった。
普段口が悪くノリがかるい林まで、何か言葉を探している眼をしている。
「すべて本当だぞ! そもそもの発端は俺が魔王様を介抱したことだからな、この二年の間、この店にも何度か来ていたんだって。でも俺は欠片も気づいていなかった!」
そう言いながら、俺は『眼鏡の常連さん』の顔を思い出そうとしてみるけれど。何故か思い出せなかった。
艶やかな黒髪と眼鏡に意識が向きすぎていて顔をちゃんと見たことがなかったせいかもしれないと思った。
今日、仕事が早く終わったら来てくれるらしいのでふたりに紹介することはないけれど眺めてニヤニヤしてみたいと思う。
「……で、お前。朝まで一緒ってことは……ヤッたの? 綺麗な魔王様抱いたの? それか綺麗な魔王様に掘られた?」
そんな気持ちで居たので林にぶっこまれた俺は鼻が肩に尽きそうなほど強く首を振った。
「キスだけ……ていうかヤれないだろう、男同士だぞ!」
「おいやめろ林。夏川は俺達ほど爛れてないんだ……夏川は、そのままの夏川でいてくれ」
佐野が持っていたメニュー表でニヤニヤしている林の頭をべしんとはたくが。林はへこたれた様子もなく俺にニヤニヤと笑いかけてくる。
「お前は直哉の母ちゃんかよ。なぁ直哉。お前、『まだ』だとしてもそういうのしたいと思うだろ。お前はどっち? 魔王様を抱きたい? それか魔王様に抱かれたい?」
どっち、と訊かれて俺は首を傾げた。
抱くも抱かれるも抱き合うことが一番気持ちいいと思う。
強いて言うなら自分が抱き着きに行く方が多いが、ツカサさんにぎゅっと強く抱きしめてもらえるのも気持ちいいのでどちらも捨てがたい。
いや、林の言い方だと男女の性行為のように違うようだ。
つまり、男役としてリードするか、女役としてついていくかの差だろうか。
自分には経験がないが、ツカサさんはモテただろうからきっとそういうことになったらリードしてくれる気がするけれど……自分も男なので受け身ばかりなのは格好がつかない気がする。
「あー……なんかごめんな。詳細は魔王様に訊いてくれ」
考え込んでいると興が冷めたのだろうか。
林がそんなことを言ってくるので。俺は首を傾げながら、店長にどやされる前に開店準備に励んだ。
斯くして俺は楽しくバイトに励み。本当に来てくれた、カウンターに腰かける黒髪眼鏡の常連客さんを盗み見てはニヤニヤ、目が合ってはニマニマした結果、呆気なく佐野と林にバレついでに店長にもバレ……バイトが終わった後に男同士云々について調べた結果、夏風邪のような症状に見舞われたのだった。
「症状は治まってるみたいだね、よかった」
水曜日の夜。
うつしたら大変だと言ったけれどツカサさんが家に来てくれた。
家に来てくれたのにくっついたりできないのが残念だと思う自分と、俺が発熱に見舞われた理由を知らないツカサさんに何も知られたくないと思うけれど。俺は隠し事に向いてない。
現に、風邪を引いたと知り数日籠れるセットを持って昼前に来てくれた佐野と林にはあっさり理由を見抜かれて爆笑された。
男同士の性行為について調べ、そのまま寝落ちして寝冷えしたのか起きると発熱と頭痛があったのだ。
知恵熱、と林には揶揄われたけれど。知恵熱はちいさな子が罹るもので、自分が罹るはずがない……と思いたい。
「はい、念のためなので」
俺はベッドの上でタオルケットに包まり、顔を半分隠したままもごもごと答えた。
もう頭痛も熱もほぼない。
体は怠いけれど、それは消耗の名残のようなもので、ツカサさんまで差し入れを買ってきてくれて少し申し訳ない気分だ。
「大丈夫、最近夜に僕に会おうとして無理してない?」
そんなことを考えているとツカサさんがなでなでと頭を撫でてくれる。
ちいさな子にされるような労わりが嬉しいけれどちょっと不満で。俺は首を振った。
「それはツカサさんこそ」
不満が伝わったのだろう。
そして、うつるようなものではないとなんとなくわかったのかもしれない。
そっと身体を折ったツカサさんが覆いかぶさるように額にキスをしてくれるので。俺は自分でもチョロいと思いながらも嬉しくて、えへへ、と笑った。
「タマ君とゴン君に突かれて……いろいろ先の事、考えちゃったの?」
「うぇっ? な、なんで⁉」
だから。急にそんなことを訊かれて俺は慌てた。
佐野と林が俺の不調の理由に見当がつくのはなんとなくわかる。
けれどその辺りにまったく関わっていないツカサさんは何故わかったのだろう。
やっぱりツカサさんはすごく頭がいい。
そう思って俺は今しがたがばりと剥いでしまったタオルケットに逃げ込んだ。
男同士の性行為のことについて調べて熱を出すなんてあまりにも恋人として情けなさ過ぎると思ったせいだ。
もうバレているのでいま取り繕っても意味がないかもしれないが、やっぱり格好がつかないのはいやだし、何より恥ずかしかった。
「調べてみてどう? 勿論、最後までしない人たちも多いからするかどうかは自由だけど」
そんな俺の反応なんて知っているだろうに、ツカサさんはさらりとそんなことを訊いてくる。
「直哉君は最後までしたい?」
低められた声に、ぞくりとして思わずタオルケットに包まれた明るい闇の中できゅうっと目を瞑る。
見えなくてもツカサさんがベッドの上に転がったタオルケットの隆起を見ているのがわかった。
そんな感覚に襲われてから、俺はタオルケットに逃げ込んだのは悪手だと思ったし、いまツカサさんがどんな顔をしているのか知りたくなって、こそこそと顔を出した。
絨毯に座り、ベッドに肘をついて此方を見下ろすツカサさんは、やっぱりとても綺麗だった。
それに天井からの明かりが長い睫毛をなぞるように照らしていて、目元と口元が少し影になっているせいだろう。なんだか……色っぽかった。
顔をのぞかせた俺にツカサさんが笑みを深め、答えを促すように首を傾げる。
質問の答えがすっぽ抜けていた俺は真っ白になったままの頭で考えて、羞恥に負けそうになりながらもどうにかツカサさんを見つめ返した。
「俺、ツカサさんと最後までしたいです……ツカサさんは、俺としたいですか?」
言いながら頬が熱くなる。
こんなの、自分ばかりが恥ずかしい。
ツカサさんは経験があるだろうに意地悪だな、と思った矢先。ツカサさんの頬がぱっと染まるのでなんだか嬉しくなる。
ほんのついさっきまで余裕たっぷりに俺をからかっているように見えたのにその顔が可愛くて、好きで、どうしようかと思う。
本当にうつしてしまう風邪かもしれないのに今すぐベッドの上にひきずりこんでいちゃいちゃしたい。
そう思った俺はツカサさんの手首を引っ張るけれど。ツカサさんは真っ赤な顔のまま首を振る。
「あのね、直哉君。話の流れ考えて。というか……駄目だよ本当に、そういうことしちゃ……」
「なんでですか? 俺もツカサさんも『したい』んですよ。そりゃ、準備とかあるので今日は無理ですけど……あ、どっちがどっちか決めてないですね?」
「直哉君……僕はね、ずっと直哉君を抱きたいんだよ」
そんな言葉と共にごろりと風景が回って、視界が天井と、ツカサさんの顔でいっぱいになる。
頬に赤みが残っているけれど、真剣できれいな顔に見惚れているとキスをされた。
今日はしてもらえると思っていなくて、余計に嬉しい気持ちがぱっと湧き上がるから。息継ぎが必要なキスの合間に漏れる声はどうしても甘ったるくなる。
「っあ……」
ツカサさんは今しがた俺を抱きたいって言った。
だから……ツカサさんがいま何を想像して体を熱くしているのかわかってしまって……タオルケットから出てきた時よりも恥ずかしい気持ちになって、俺は口を噤んだ。
「だから、あんまり煽らないで」
「はい……でも、ツカサさん、俺も、ツカサさんに抱かれたいみたいです」
ちゃんと伝えないといけないと思って気持ちを声にしたけれど。流石に恥ずかしくて、声は自然と小さくなる。
「うん……ゆっくり、恋人になろうね」
何故かツカサさんも俺の言葉に頬を赤くしたままぽつりと言葉を零して黙り込んでしまうから。
お互い少しの間、目を逸らし合った。
少し気まずかったけれど、なんだか幸せな時間だった。
ツカサさんもそうだといいな。




