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 ログインしたら当然のようにツカサさんが居た。


 ちなみに『ホムンクルス』はログインした時、前回セーブした場所から始めることになる。


 基本的に一度訪れたセーブポイントにファストトラベルすることができるが、例外的に魔王城だけはファストトラベルができない。


 故に魔王城で積むプレイヤーが多く、一応魔王城から脱出するアイテムもあるが課金アイテムだ。


 ちなみに例の大きな扉の内側にセーブポイントがあって。

 俺がログインした時、ツカサさんはゆったりとした仕草で玉座に座っていた。


 リアルタイムで時間が経つので、窓の外は明るく、白い光が帯のように差し込んでいる。


 そういえば玉座がある部屋を謁見室、というのだったか。

 それを思い出してからこの部屋を見ると確かに神秘的で美しい造りだと思った。


「おはよう」


 今日もツカサさんは綺麗だ。

 考える限り、とても整った顔をしているけれど女性的というわけではなく自分が見てもちゃんと男性だと感じられる顔だ。


 話をするにツカサさんは社会人で働いているようなのでそういう美意識が育ちやすい仕事に就いているのかもしれないと思った。


「おはようございます!」


 ボイスチャットで挨拶する。

 ぶんっと腕を振り上げるとツカサさんが笑う。


「今日はどうする? お散歩する?」

「お散歩! したいです!」


 飼う、という言葉を使っていたから、そういう言い回しをしているのだろう。

 実際飼われているわけではないし、自分は種族人間でタンク職の厳つい男キャラで賢さが初期値のままだけれど……魔王の飼い犬、というとなんだか賢そうな感じがしてちょっとふふっとなる。


 そんなテンションのまま二度目の散歩に出かける。


 ちなみに前衛の俺が前を歩いて後衛もできるツカサさんは右斜め後ろを歩く。


 ツカサさんの作りあげた魔王城の最深部は無限かと思うほどに広い迷路で。当然のように手ごわいモンスターがうようよいる。


 けれどずっと廊下のような場所かというとそういうわけでもなく。

 ふっと画廊のような場所に出たり厨房に繋がっていたりするから歩いているだけでもとても楽しい。


「わぁ、庭園!」


 そして今日辿り着いた場所は庭園だった。

 花が咲き乱れ、蝶が飛び交う様は現実離れした美しさで。俺は思わずその場所がゲームの中の、ツカサさんが作り出した場所であることを忘れて見惚れていた。


「直哉君!」


 だから。

 急に緊迫した声で呼ばれた時、ここがただの美しい庭園ではなく……魔王城の最深部であることを忘れて、対応が遅れた。


 気づけば俺の視界は逆さになっていて。

 体に巻き付いた蔓の感覚が不完全に体に伝わってきて焦った。


 思わず暴れるとダメージの入った音がして。視界が緑に明滅する。

 どうやら毒を受けたようだ。

 そしてどうやら強い毒だ。動きが鈍るし体力が半分を切った音がする。


 急激に暗くなる視界を持て余しながら俺は敵の本体を探した。


 けれど既に吊り下げられていて、地面は遥か遠く、霞む視界の中では蔓の根元なんて見えない。


 それでも思い切り身体を曲げ、上方へ向かって力任せに剣を振るうと手ごたえがあって、自分を吊るしていた蔓が何本か断ち切れたのだろう。


 ぐ、ぐ、と下へ下がる感覚の後、ぶつん、と音がして内臓が宙を漂うような浮遊感が襲ってきた。


 あ、まずい。このままだと頭から落ちる。


 レベルが許す限り物理耐性は付けているが身体強化をしていない状態での落下ダメージは割合だ。


 つまり……死、ぬ……


 ずっと回復魔法も使える魔法使いの佐野と一緒に行動していたので実はまだこのゲームで死んだことはない。


 これはVRで、ゲームだとわかっていても遠ざかる空の映像に、本能的な恐怖が湧き上がる。


 そんな最中、爪先の向こうに居る植物が球体の、蒼白い炎に焼かれるのが見えて。それがツカサさんの魔法だと知る。


 綺麗、なんて思っていると身体がふわりと浮いて。気づいた時には俺は、綺麗な石畳の上に大の字になって転がっていた。


「死んでないね、よかった」


 そして覗き込んでいるのはツカサさん。

 魔法のことはわからないけれど球体の、蒼白い炎を使うプレイヤーなんて見たことがないし、自分を浮かせる魔法は上級で他人を浮かせる魔法は最上級と確か佐野が言っていたことがあった。


 ツカサさんは俺がヘマをした結果、恐らくは最上級の魔法を一瞬でふたつ、惜しみなく使ってくれたわけで。この時になって初めてツカサさんを付き合わせている気がして恥ずかしいような、悲しいような、言いようのない気持ちになった。


「ありがとうございます」


 ごめんなさい、と言いたい気持ちを押し殺してお礼を言うとそんな気持ちまで伝わったのだろうか。ツカサさんが気遣わしげな顔をする。


「そんな顔をしないで」


 そんな言葉と共に頬を撫でられて。肩を支えられて抱き起される。

 そして、解毒の魔法をかけてくれているのだろう。

 白い光が杖から散って視界の明滅が治まる。


 持ち物には解毒薬があった。

 魔法を使ってもらう必要なんてなかったのに、自分が呆然と倒れているせいでツカサさんに余計な魔法を使わせてしまった。

 そう思うと腹の奥がちくちくと痛いような、苦しいような気持ちになる。それは罪悪感、だろうか。


「これ以上迷惑かけたくないんで、俺、脱出の護符買いますね」


 思うまま言葉にして、もっと早くにそうすればよかった、と思った。


 課金アイテムだから、ツカサさんが優しいから、強い魔法をかけてもらって暴れるのが楽しかったから、タンク装備が手に入ったから……判断を間違えてしまった。


 やっぱりゲームを始めてたった二ヶ月の自分が年単位で遊んでいて、ほとんどすべてのプレイヤーが知っていてお近づきになりたい魔王様と仲良くできるわけがなかったのだ。


 何故、初めて会った時にこうなることが予想できなかったのだろう、と忸怩(じくじ)たる思いを持て余しながらそう告げると肩をきつく掴まれた。


 ただ、掴むだけではない。

 骨を掴むような強さに思わず目を上げると真剣な顔をしたツカサさんと目が合う。


 強張った目元、引き結ばれた唇。

 そんな余裕のない表情をしていても綺麗で……作り物のような違和感がなくて。


 もしかするとキャラメイクを頑張ったのではなく、ツカサさんも自分と同じように自らの顔を参考にしてキャラを作ったのかもしれないと思った。


「駄目……といってもこれはゲームだから、僕は君に強制することなんてできない。だからお願いするしかない。僕は君が好きで、君を助けられることが嬉しいんだよ。僕、君の事飼うって言ったよね」


 真顔のツカサさんは綺麗で、怖い。

 けれど言っている言葉は、際限なく優しい。


 相変わらず飼う、というのがよくわからないけれど。

 もしかするとそれがツカサさんのこのゲームの遊び方なのかもしれない。


 弱いプレイヤーを捕まえて飼って、強くする。

 それがいろいろと極めてるっぽいツカサさんのゲームの楽しみ方、なのだろうか。


「わかりました……俺、強くなります!」


 ならば自分の成すべきことはただ一つだ。

 戦って、レベルを上げて、最強のタンクを目指す。


 ツカサさんが満足いくまでだから道のりはかなり遠いかもしれないけれど。ツカサさんがそうしたいなら自分が途中で投げ出すわけにはいかないと思った。


 それでいつか……ツカサさんがそんな状況に陥るとは思えないけれど、いつかツカサさんが危ない時に自分が頑張って守るのだ。


「えっと……うん、そう……よかった」


 そんな決意と共にツカサさんを見つめているとツカサさんはちょっと止まった後、微苦笑を浮かべる。

 何か、変なことを言っただろうか、と思いながらも。ツカサさんが安堵したように、楽しそうに笑ってくれているのでひとまずは余計なことは考えずに強くなることだけを考えることにした。


「俺、タンク適性100%だったんで、タンクの素質はあるはずなんで、いつかツカサさんを護れるくらい強くなりますね!」


 決意を表明するようにツカサさんの手を握ると予想外の行動だったのだろうか。ツカサさんは『え』と『あ』が混ざったような声を上げて……それでも嬉しそうに、あの、しょうがないなぁというような顔で笑ってくれたので。俺は密かに安心した。


 ゲームに誘ってくれた佐野や林と遊べないのはすこし気が進まないけれど。ツカサさんの傍にいる方が強くなれるという確信があったし。いつか最強のタンクになってツカサさんのところから巣立った時に、ふたりと遊んだらきっとふたりは驚くだろうし、自分は以前より役に立つことができるだろう。




 そんな気持ちを新たに、俺はアルバイトや大学の勉強やサークルに差し障りのない範囲で強くなろうとした。


 勿論ゲームにログインしたし、以前はパワーに全振りだったステータスやスキルを調べてよりタンクとして強くなる振り分けを考えるなんてこともした。


 そのお蔭でツカサさんが居ない時に魔王城最深部のモンスターを一頭、調子がよければ二頭単独で狩ることもできるようになった。


 社会人なのでいつも一緒に居られないと心底悲しそうに言ったツカサさんは代わりに、と魔王特権で手に入るという復活の腕輪を貸してくれた。


 その腕輪は優れもので死ぬようなダメージを受けると戦う前の状態でセーブポイントに戻れるという優れものだ。


 そのお蔭で俺は失敗を恐れずにひとりでも戦うことができた。


 そんな楽しくも忙しい生活を送っているうちにツカサさんと会ってからあっという間に二ヶ月が過ぎていた。


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