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「おい、お前大丈夫だったのかよ?」
土曜日の午後五時。
バイト先で林に昨夜のことを訊かれた俺はにっこり笑って親指を立てた。
「あぁ! 気づけば魔王様の部屋の前でさ。なんでか知らないけど魔王様に飼われることになった」
まだお店は開いていない。
俺と林は店内の掃除をしていて。気になる話題だったからだろう、割りばしのストックや醤油のストックを確認していた佐野もこちらに顔を向けてくる。
「はぁ?」
ふたりの声が重なる。
そりゃ驚くのも不思議じゃないよな。
「ヴァ……ヴォ……魔王様と友達になったってこと! ただ、しばらく一緒に居てほしいって言われてさ。自力で魔王城を出れるようになるまでしばらく一緒には遊べないんだ……誘ってくれたのにごめんなぁ」
そう言いながら、昨夜のツカサさんとの『散歩』のことを思い出す。
魔王城最深部と言ってもいいほどの場所だったので出てくるモンスターも桁外れに強かった。
強化魔法をかけても攻撃を受けたら体力が半分削られてしまうので。初めて回避にステを割り振った。
それでも実りが多い散歩だったのはツカサさんと一緒だったからだ。
ツカサさんは魔王様なので当然のように強く。怪我をしたらすぐに全回復させてくれたし、身体強化の魔法もかけてくれた。
その魔法がすごすぎてずっとフレンドで居てほしいなんてちらっと思ってしまったけれど流石に分は弁えている。
そんなこんなでありついた宝箱に入っていたのはタンク職用の装備で。俺はめちゃくちゃ幸せだった。
そんな話をツカサさんの名前は伏せてふたりに伝えるとふたりは何とも言えない顔をしていた。
「いや……」
「いやいやいやいや」
話し終えるとサラウンドで二人が首を振っていた。
「ヤバいだろ。普通に他プレイヤー囲ってんじゃん」
「魔王城ではワープができない仕様を悪用されてるよ、夏川!」
「いや、でも魔王城だしそういう設定にこだわってるだけなんじゃ……それに魔王様、いい人だったし……タンク用の装備、見つけたし……」
「それは羨ましいけど……絶対なんかあるだろ、気をつけろよ、お前」
「うん、気を付けて、夏川。個人情報とか話しちゃだめだし、会おうって言われても会っちゃ駄目だからな」
心配性のふたりに口々に諭されたところで。
「もう開店させるよー。ポチ、タマ、ゴン」
店長に声を掛けられて三人とも返事をし、会話はそこまでとなった。
「や、ポチ君」
ビールを運んでいるとカウンターに座っている真鍋さんに声を掛けられる。
真鍋さんは店長のお友達らしく、月に三回ほど店を訪れる常連さんだ。
「『ホムンクルス』進んでる?」
ビールを席に届けて戻ってくると真鍋さんは身を乗り出して訊いてくる。
真鍋さんはゲーマーで俺達三人を招待制の『ホムンクルス』に誘ってくれた人だ。
彼は当然やり込んでいて賢者というレアなジョブで当然強いので、いっぱいいるフレンドから引っ張り蛸だ。
だから俺達と一緒に遊んだことはあまりないけれど。ネットにも載っていない攻略方法なんかを教えてくれる。
「はい! ヴォ……ヴァ……えっと、お勧めしていただいた魔王城まで行きましたよ!」
バイト中なのもあってやり取りは短くなる。
あまり雑談していると厨房に居る店長が真鍋さんを咎めに来るからだ。
「ヴォルハヴァクスさんのとこかー、どうだった?」
「なんでか魔王様の前に飛ばされちゃってしばらくそこから動けない感じなんですけど、魔王様が一緒に散歩してくれてタンク装備、手に入ったんです!」
「ぶっ」
喜び勇んで昨日の出来事を語るとなんでか真鍋さんは笑った。
「こいつ落ちてるパワーアップ拾って罠に嵌ったんです」
通りすがりの林が告げ口をするように言ってくる。
「いや、パワーアップ落ちてたら拾うだろ」
「あははは! ほんとポチ君は面白いなぁ」
思わず反論すると店長に睨まれる。
ヘラっと笑って店長から中ジョッキをよっつ受け取った俺は早足で指定された席に向かった。
「そういえばヴォルハヴァクスさんが魔王になったのは二ヶ月前なんだよ。前から強くて有名なプレイヤーだったんだけどさ。急に魔王になるって話になってみんな驚いた記憶があるよ」
「魔王様、いい人でした!」
カウンターの向こうで皿洗いを始めると真鍋さんがツカサさんのことを教えてくれる。
本人が居ないところで本人の話をするというのは良くない気がしたけれど。ツカサさんがどこの誰かもわからないし、真鍋さんが知っているツカサさんのことを知ることができるのはありがたかったので耳を傾ける。
「そうだね。それで魔王として作ったダンジョンがものすごくプレイヤーに優しいダンジョンだから攻略サイトにも載ってるし……でもなんでか魔王城はとんでもない難易度なんだよ」
「確かに! 身体強化使ってても体力半分持っていく敵とかいました!」
そんな敵をツカサさんは杖でワンパンしていたのだけど。
そうだ、そういえば杖だった。
ツカサさんのキャラが細身の男キャラだったから、なんとなく魔王って勝手に魔法使いの究極進化みたいなものを想像していたけれど。物理攻撃も最強なのはすごい。
「ツ……魔王様って元々はなんのジョブだったんですか?」
興味をそそられて訊くと真鍋さんが魔法使いだよ、と事も無げに返してきた。
その返答に俺は唸ってしまった。
魔法使いであんな物理攻撃が出せるのなら今からでも魔法使いに転身すべきだろうか。
しかし適性的に厳しいだろうか。
「多分、あの人の場合は武器が最上級だったのと魔族特攻とかついてたんじゃないかな、魔王だし」
何故か思っていることがバレたようで真鍋さんがまた笑いながら教えてくれる。
「俺も魔王になろうかな!」
「種族が人間でもゲームの仕様で魔王を倒せば魔王にはなれるけど……道のりは険しいよー……まぁ、ヴォルハヴァクスさんが仲良くしてくれるうちに装備とか充実させたら魔王になれるかはともかく、大抵のモンスターは狩れるようになると思うよ」
「確かに! 明日が待ち遠しいです」
今日のバイトは夜十一時まで。
ツカサさんはいつでも声を掛けて、と言ってくれたけれど家に帰って風呂に入って、としていたら日付が変わってしまうだろうと思ったので明日遊ぶことになっている。
鼻歌交じりに皿を洗っているとカウンターの端に座っているお客さんと目が合った。
「ご注文ですか?」
店長に教えられた通りに声を掛けるとお客さんは半分残っているビールを飲みほしてチューハイを頼んできた。
注文を受けて酒を用意して、漸くそのお客さんも常連さんだということに気づく。
真鍋さんと違ってあまり話をしないので名前は知らないけれど、たまに来る人だ。
普段スーツなので気づかなかった。
「土曜日、珍しいですね」
にっこり笑いながらグラスを置くと、思いもよらないことを言われたというような顔をしてその人は眼鏡の奥の眼を見開いていた。
「はい、気分で……」
その反応を見てちょっと失敗したかもしれないと思った。
世の中には店員に常連だと把握されたくない人も居るらしい、ということを思い出したのだ。
「楽しんでくださいね!」
なので俺はにっこり笑って引っ込んだ。
把握してないです、気づいたのは偶然ですという顔ができているだろうか。




