朝食は、堅実さが大事!
第二章 クランクイン
「ジャンクフードまでカテゴライズされてる。ジャンクフードって主に洋食じゃない?」
「偏にジャンクフードって言っても幅が広いからね。ハンバーガーだけじゃないよ。カップ麺にピザ、揚げ物とか。後、アメリカの謎中国とかもあるじゃん?」
「確かに……」
怖いもの見たさで他のタブレットも見ると、細かな種類分けもされていた。
「でも—— これだけ種類が豊富だと。どれにしようか迷うね」
「正直に言うと……あたしもましろみたいに冒険してみれば良かったって後で思った。だから今日の朝食は、そのリベンジを兼ねてる」
「良いねっ。しず、燃えてるねっ。ましろも負けていられない」
僕だってこんなものを見せられれば、挑戦したくもなる。けれどもあまりにも食文化がかけ離れた国の料理も存在するのだから尻込みをしてしまう。
「頼むから—— 食べられるのにして。残したら折角の料理が勿体ない」
「其処は、自分の目利きが試されるの」
「ほぼほぼ賭けじゃない?」
「大丈夫。メニューは、全部絵付きなんだ。文字を押すと実写の画像が出て来る。だからある程度のリスクは避けられるよ」
「ほお——」
字面だけでは分からない正体不明の料理もそれならば、安心して選べる。
「流石のましろも虫の料理とか。ほんとにマニアックなのは、避けた」
「懸命だよ。蝗とか、蜂の子だって日本でも食べられてるけど」
「郷土料理で見慣れてる人じゃないとねー」
「あたしも興味本位で中国料理も覗いて見たんだけど、真っ赤な料理ばかりだったから……大人しく和食に逃げ帰ったの。辛いのは苦手じゃないんだけど……流石にね」
「きちんと選べば、大丈夫だろうけど……てんこ盛りの唐辛子でお腹を壊しそう」
昨夜は、様々な葛藤があったのだろう。茉白と玄香の言葉には重みがある。
「まあ……此処でごちゃごちゃ言ってても始まらないよ。ちゃっちゃと頼も」
そう言うと茉白は、昨日気になっていたに違いないタブレットを手に食事を選び始める。玄香も同じく躊躇した中国料理のタブレットと睨めっこ。僕は、手近にあるタブレットを一つ取ってゆっくりと眺める。五分間の激闘の末。結局、僕は無難な料理を選んだ。
トーストに半熟の目玉焼きとウインナー、それと野菜サラダ。後は、紅茶とデザート代わりのオレンジジュース。理想の朝食そのもの。受け渡しの台へ行くと既に頼んだものが揃っている。芳醇な香りを放つ琥珀色の紅茶。トーストの香ばしい匂い。ウインナーと目玉焼きから漂う謎の安らぎ。そして青々とした野菜と果肉入りのオレンジジュースが気を引き締めてくれる。清々しい朝の一瞬に酔いしれながら僕は、二人が待つ席に向かった。
「ネモくんは何にしたの?」
「僕? 僕は、これさ」
茉白から問い掛けられた僕は、洗練された朝食達を自慢する。
「……至って普通」
「王道の朝食ってカンジね。ネモ君らしいと言えばらしい」
これでもきっと二人は、言葉を選んでいる。態々、聞く必要もないのだが彼女達ともっと親交を深める為にも敢えて僕は、実直な感想を聞いてみた。
「本音は?」
「詰まらん」
「実は……大人しい性格に隠れた意外性とかを期待してた。本当に朝食の見本みたいなの持って来たから肩透かし食らってる」
辛辣な辛口のコメントに僕は、頭を抱える。勿論、見た事も聞いた事も無い料理を頼んでみようかと少しは考えた。だが、最初の食事くらい心穏やかに堪能したいと言う欲求に抗えなかったのが今回の敗因。そうなると逆にこの素晴らしい朝食を前にしても大口を叩く二人の朝食が俄然、気になって来る。
「はい、はい。詰まらない人間で御免よ。で、普通の僕とは違う個性的な茉白と玄香は……ほんとにそれ、全部食べるの?」
「あたりまえ」
「これでも抑えた」
個性溢れる料理で驚く前にその圧倒的な質量に対して僕は、驚愕した。僕の場所だけは、辛うじて確保されているも四人席の食卓を埋め尽くす皿の数々。二人の体型から僕は、小食で間違いないと勝手に想像していた。しかしながら現実は違う。
闘志満々な二人のフードファイターを前にして。僕は、恐怖に慄く。
「さあ、そんな所で突っ立ってないで座った。座った」
「……」
赤と青の瞳を輝かせる二人。折角の数少ない楽しみを奪うのは、僕も本意ではない。
揃って朝食の挨拶を済ませ、食べ始める。
「これから結構、運動するんだけど……動ける?」
「だいじょーぶ。もんだいなす」
「寧ろ、これくらい食べないと動けない」
とんでもなく燃費の悪い身体の構造をしているのか。それとも食道から先が異次元の空間に繋がっているのか。何方にせよ、茉白と玄香は、黙々と空の皿を食卓に積み上げて行く。一番の驚きは、食べるスピードが速いにも関わらず、上品に料理を楽しんでいる事だ。ナイフとフォークを使い、顔くらいの大きさがあるステーキに挑む茉白。一方、玄香は蟹の姿蒸しと水餃子、フカヒレスープを順繰りに食べ進めている。
「うんまー」
「幾らでも食べられる」
肉を口いっぱい頬張って喜ぶ茉白と頬に手を当てて料理の味に感激する玄香。
僕もトーストを一口齧ってみる。サクッとした食感とバターの濃厚な味わいが僕を幸福に誘う。卵とウインナーも焼き加減が絶妙だ。二人が夢中になるのも頷ける。
「美味しい——」
「そうでしょ? ネモ君、これも美味しいよ」
「ステーキも食べて」
時々、二人からのお裾分けを貰いつつ。暫くの間、食の世界にどっぷりと肩まで浸かった。生を感じる瞬間とは。正にこの事を言うのだろう。
「さて……うくっ。ねもくん」
「なんだい?」
「ましろ達は、どうすれば良い?」
「大体の算段は付いてる。先ずは、確認からだね」
「確認?」
焦る必要は無い。昨夜、僕は段取りを考えるだけでなく、状況の整理もしていた。確かに僕達が失敗すれば、即座に一つ目の罰則が発動する。失敗とはつまり。物語を完成させられない事だろう。今回の場合。時間も制限も無く、再現の試行回数も上限が定められてない。つまり、僕達は、何度でも試す事が出来る。当面の問題は。諦観だ。恐らく、僕と茉白、玄香が同時に諦めの言葉を漏らした瞬間。このゲームは、終了する。
「昨日、概要は話したけど—— スタートとゴールが肝心だ。それが無いと始まらない」
「何処にあるのだね?」
「ゴール地点は、見つけた。後はスタート地点だけ」
「どこ?」
ゲームの概要も二人に説明出来ない以上。僕の課題は、二人のモチベーションの維持。二人へ常に希望のある未来を提示しつつ、完走を目指す。勿論、僕が諦めなければ、ゲームは終了しないだろう。だが、二人の協力を得られなければ。この『兎と亀』と言う寓話から永遠に出られない。一見すると穏やかに見える世界の水面下で繰り広げられる静かな戦い。得てして現実味を帯びた未曽有の危機とはそんなもの。例え、ゾンビウイルスのパンデミックみたいな恐ろしい事案が無くても突然変異の風邪如きで滅亡の危機に陥る程、人は脆い。現実を直視する僕の戦場は、其処にある。
「ゴールは、この宿の近くにあったんだ。後で案内する。それでスタート地点だけど……僕の予想が正しいならゴールから初めて目を覚ました大木を挟んだ反対側にある筈」
「なるへそ」
「あの大木が兎の眠った地点と言う訳ね」
「そういう事。察しが早くて助かるよ」
指揮者としての立ち回りとは。今の僕の立場は、演出家でも脚本家でも監督でも無い。黒幕にとっては都合の良い探偵役として立ち回り。二人の前では、僕を含めた共通の目的を達成する為のネゴシエーターとしての立ち回りに徹する。考えれば、考える程つくづく損な役回りだ。それでも器用貧乏な僕には、適役なのかもしれない。




