リアル兎と亀
第二章 クランクイン
「で、スタート地点が確認出来たら。今度は、台詞。つまり兎と亀の会話を君達に覚えて貰う。そんなに数は無いから直ぐに覚えられると思う」
「ふむ」
「そんで、そんで?」
「それから今日は一切、手を加えずにそのままの段取りで一度やってみよう。それで上手く言えば、今日で答えが出る。でも今の段階だと何かしらの要素が足らなくてすんなりとクリアにはならない可能性の方が高い……」
「まあ、やってみない事には始まらんね」
「失敗したら—— それぞれの案を出し合ってみるのもあり」
「僕もそれが良いと思う」
先ずは、堅実に。答えを急ぐよりも間違いを潰して行きたい。始めから正解ありきで思考を狭めてしまうと袋小路に行き当たる。
「それと今のうちに最悪の話をしておくけど……もし、これが無駄だったら——」
「そんな話は、いらぬ」
「きっと推測の角度は、高い筈。これだけ思わせ振りなヒント出しておいて全く関係ありませんでした—— は、在り得ないよ。必ず何かがある」
「そう言って貰えると肩の荷が軽くなる」
僕は、二人を焚きつけて来た。でもそもそもの想定が間違いであった場合も捨てきれない。醜い責任逃れ。弱い僕にそれでも二人は、向き合ってくれている。
「さて、食べ終わったし。いざ、戦場へ向かおうぞ」
「とっても満足」
「まさか……ほんとに完食するとは」
「だから言ったじゃん」
「食べ切れるって」
気が付けば、二人の目の前には空の皿しかない。僕も最後のオレンジジュースを飲み切って気合いを入れる。食堂を出て揃って宿の出入り口へと向かう。
『本日のろぐいんぼーなす』
「はてさて……何の事やら?」
「大きな葛籠と小さな葛籠が一つずつ」
「なるほど……『雀のお宿』ってそう言う事だったのか」
「そう言う事って?」
出入り口の前で大きな葛籠と小さな葛籠が鎮座していた。その前には小さな和風の看板があり、ご丁寧に分かり易い説明まで添えられている。
「又もや詳しい説明が出来ないのだけど……僕達は、この二つの内、どっちかを貰える。それが何の役に立つのかは分からないけど。きっと何かの役には立つ—— 筈」
「どっちかだけ?」
「どっちかだけ」
選べるのは、二つに一つ。宿の名に因んだ皮肉が利いているお助けアイテム。
弄ばれているとしか思えない。
勿論、今の僕達にはプライドが許さない何て口が裂けても言えない。
「悩むね。欲深な茉白は、大きい方を選びたい」
「あたしは……小さい方。大きいのが必ずしも良いとは限らない」
二者択一は、人の性格がストレートに反映される。
素直に選べる二人とは違い、僕は悩んでしまう。
「意見が分かれたから。ネモくん。さっさと選びたまえ」
「やっぱり僕か——」
「だって他に無いんだもの」
「だね」
僕は、小さな葛籠を指さす。
「今回は……謙虚に小さい方を選んでみよう」
「何だか複雑」
「次があったら大きい方にして見よう」
「物は試しよ。もしかしたら見た目だけでどっちも同じかもしれないし」
この選択で全てが決まる訳でも無い。
「体操服二着と運動靴が二足。それと——」
「カメラ付きのドローンと無線式のマイクが三つ?」
蓋を開けると中に入っていたのは、一貫性の無い物品ばかり。だが、関連性は深い。
「やっぱり本に書いてある通りの競争をしろ—— って事?」
玄香の口から漏れ出て来た言葉に僕達は、無言で頷く。
「後は、このドローンだけど……」
「っ!」
「勝手に動き出したっ!」
「……」
僕達が操作をしなくとも勝手に動き出すドローン。
唸るプロペラの音と急な挙動にびっくりした二人が僕の後ろへ素早く隠れる。
「……下に紙があるね」
「どれどれ——」
操作方法。
・開始と言えば、録画が開始されます。
・停止と言えば、録画が一時停止されます。
・終了と言えば、録画作業を終了。内容を送信します。
・音声は、マイクで録音が可能です。
・マイクのオンオフは、録画と連動しております。
・使用後は、宿の入り口でご返却下さい。
結果の通知。
・録画内容を精査した後、合否を判定いたします。
「なるほど……このドローンで実践した内容を録画して何処かの誰かに判定して貰えと。これでネモ君の推測に対する完全な裏付けがされたみたいね」
「何だい。そっこーで答えでちゃったじゃん。ヌルゲーかよ」
喜びたいのは山々だが、僕は素直に喜べない。
問題は、その得体の知れない黒幕に合否が判定されてしまう事だ。
「喜ぶべきか……悲しむべきか。複雑だね」
「何でさ? ネモくんが正しかったんだよ?」
「始める前からからくりの全容を自ら詳らかにして来た。それが何を意味するか」
「それだけこれを仕組んだ相手に余裕があるって事ね……嫌だ、嫌だ」
しかも黒幕が敢えて僕達に対して協力的な姿勢を見せている。
「一筋縄ではいかない隠し要素があるってこと?」
「そうね。それが出て来るまでトライ&エラー。検証の繰り返し」
「なかなかにエグいね……」
「なかなかに気が重いよ」
肩を竦める僕に二人は、苦笑いを浮かべる。だが、文句を言っても始まらない。
踏み出す最初の一歩が肝心なのだから。
*
『むかし、むかし。あるところに自由奔放な兎と生真面目な亀がおりました』
「かめさん、かめさん」
「なんだい? うさぎさん」
「かめさんは、なんでそんなにあしがおそいの?」
「そんなことはないよ。ぼくだってはやくはしれるよ」
『道を歩いていた亀に兎が問うと亀は、怒りました』
「ほんとかい? ならぼくときょうそうをしようじゃないか」
「ああ、よいとも」
「ここからあのおおきなたいぼくのはんたいがわにあるいけまできょうそうだ」
「のぞむところさ」
『始まりの合図で走り出す兎と亀。兎はあっという間に草原を風の様に駆け抜け、小高い丘にある大木まで一直線。一方、亀はのっそりのっそりと歩みを進めます』
スタートと書かれたバックボードの下で。
僕は、ナレーションを終えてドローンへ命令した。
「停止」
小さな溜息を一つ吐いてから僕は、まだ大木に向かって走り続けている暴走兎とその暴走兎に呆れて立ち尽くす生真面目な亀の下へ歩き出す。
「初めてにしては、上出来だったよ」
「……褒めて貰えるのは有難いのだけど。アレ、止めて」
玄香の隣まで辿り着くとすぐさま有難いお小言を頂いた。
台詞の読み合わせの際、三部構成にすると。僕は、事前に説明した筈なのだけど。
「まあ、元気があるのは良い事……」
「誤魔化さない。保護者でしょ?」
「何時から僕が保護者になったのさ」
「最初からよ」
「左様ですか」
途中で立ち止まり、満面の笑みを浮かべながら手を振る茉白に僕は、手を振り返す。
「どうだった? ネモくん」
「うん。上出来、上出来」
「やったぜ」
戻って来た茉白がウインクをしながらピースサインを決める。
そう。僕達は今、この訳の分からないゲームの攻略に取り掛かっている。
「で、次はましろが木の下でお昼寝タイム?」
「うん」
「こうやって工程を簡潔にすると思っていた程、難しく無いのね」
「そうだね。元々、そんなにややこしいものじゃないから」
「だからこそよ。ましろ達が丹精込めて魂をこめにゃあならん」
「ましろは、暴走し過ぎよ」
「逆にしずが落ち着き過ぎてるんだってば」
「喧嘩しない」
相反する二人の姿勢。それも考え方の違いによるものであってモチベーションの温度差から来るものではない。だから僕は、やんわりと仲裁した。
「……」
「……」
不満げな表情で見上げて来る二人に僕は苦笑いを浮かべる。
それにしても。スムーズに進む。やはり、この『兎と亀』は。構成が単純明快で場面の切り替わりも早いから他の寓話に比べて製作しやすい。目に見える区切りが達成感を生む。演劇に精通して居ないものであっても手が出しやすい。




