抜け無く、無難な完結。
第二章 クランクイン
程良く調整がされている事を嫌でも痛感させられる。
「それにしても—— 体操着は、貰えて良かったね。機能性抜群。最初の服のままだったら動きにくかっただろう?」
「それに関しては概ね、同意。だけどね……このしずかって如何にかならない?」
「ましろは、かあいいと思うぞ。しずって書いてあった方がもっと良きだったのにね」
「……」
僕は、心のモヤモヤをぐっと押し殺し、雑談へ舵を切る。年頃も相まって二人の体操着姿は、違和感が無い。強いて違和感を上げるのならば、玄香の言う通り。名前のゼッケンが平仮名で書かれているくらいだろう。
「僕も……似合ってると思うよ。意外な一面を垣間見ているみたいで新鮮だ」
「などと青二才が供述しており——」
「お世辞がお世辞になって無い。馬鹿にしてるでしょ?」
「そんな心算は……まあ、平仮名ってどうしても幼く見えるよね」
自分で話題を振っておきながらオチを付けないのも問題だが。些か、返答に困る。
外見だけで人を褒めるのは、あまり好きではない。それも単なる下心で動く男として見られたくない詰まらない意地でしかないのだけれども。何方かと言えば、二人をそんな目で見たくなかったと言うのが。僕の本音だ。
「因みにネモくん。ましろは?」
可愛らしく小首を傾げる茉白。
「……また、回答に困る質問を」
「だって……ネモくん、しずばっかり見てるから」
「可愛い—— と思う」
「っ——」
痛烈で鮮烈なその問いに。僕は終ぞ、勝てなかった。求められている回答を遠回しに表現何て出来ない。だから耳を赤くしながら呟いた僕の率直な感想に茉白は驚きで目を丸くする。漂う歯痒い空気で僕は居心地が悪くなる。
「さあ—— 息抜きはこれくらいにして。次に進みましょ」
「うん。そうしよう」
「ましろ、行くよ」
「はっ—— 待ってよっ。しず、ネモくん」
玄香の落ち着いた声で我に返った僕と茉白。大木へ歩き出す玄香の後後姿を僕と茉白追い掛けた。さり気なく横の茉白を見ると。背筋を伸ばしている割には、ぎくしゃくした挙動。頬を少しだけ赤く染め、前に居る玄香を只管、見つめ続けていた。
『兎は、丘の上の大木まで辿り着くと後ろを振り返ります』
「かめさん。まだ、あんなところをあるいてる。ならすこしくらいのんびりしてもだいじょーぶだね。こかげでひとやすみしちゃおう」
『そう言うと兎は、野原にごろんと横たわり、居眠りを始めます』
「まだ、たいぼくまでとおいなあ……」
『一方、亀はまだゆっくりと走っている途中。走り疲れて足は、棒。喉も乾いて息も途切れ途切れ。それでも亀は、諦めません』
大木に辿り着いてからも引き続き、この寸劇は続く。
ナレーションを入れながら僕は、思う。果たしてこの物語は、人にとって教訓になり得るのだろうかと。確かにこれは、努力の大切さを単純明快に伝える最適のツールだ。
けれども。それは本当に正しいのかと僕は、思う。
「ぼくは、あきらめないよ」
『亀は、やっとの思いで大木へと辿り着きました。そして、大木の下で眠りこける兎を一瞥すると丘を下ってお池へ向かいます』
玄香の台詞が何故か、重く突き刺さる。きっと、僕の中に隠された深層心理が刺激されているのだろう。しかしながら今は、それと向き合っている暇はない。
「停止」
ドローンに命令を出してから僕は、大きく伸びをした。
「恐ろしいほど、順調」
「ましろもそろそろ何か邪魔が入ると思ってた」
「何度も言うけど。相手は、狡猾だよ。あからさまな手は、使って来ない」
何処に抜けや落とし穴があるか分からない不安。
それが何処までも僕に付き纏っている。
「この不可思議な世界を維持しつつ、きっと僕達も黒幕にとって都合良く調整がされている。骨子を分からせた上でその先にある何かをやらせたい」
だから僕は、焦っている。この何も変化の無い凪ぎの時間が。一番、動き辛い。
「あんまり考えても仕方が無い。時には、力業の総当たり戦も必要よ」
「時間が掛かるけどね」
「でも確実。例えば—— そうね。四色問題って知ってる?」
「全く」
「ましろに分かるのは。字面だけなら簡単そうだけど、クソめんどくさそうって事だけ」
聞き慣れない玄香の言葉に僕と茉白は、揃って首を傾げる。
「そう。平面に描かれた地図ならどんなものでも隣り合う国同士が違う色で塗り分けられる最小の色が四色で十分って提唱から始まった問題。聞くだけなら簡単でしょ?」
「聞くだけならね」
「ふむ」
「それだけでどうしてややこしくなるかって言うと要は、パズルの問題。どれだけ複雑な地形であってもそれが証明されるのかって事よ」
「考えるだけで頭が痛い……」
「で、どうやって解決したの?」
僕らが示した反応に対して得意げに胸を張る玄香。
「パソコンでちょちょいのちょい……と言っても計算には千二百時間も掛かった」
「なるほど、総当たりってそう言う事」
「でもこの問題の解決方法は、一部の人から美しくないって言われてる。数学の美学から外れてるって。人のアイデアとか論理で構築されたものでないし、シンプルで本質的な答えがある訳じゃないだとか。でもその解決方法自体も人間が編み出したものなんだから一緒って言えば、一緒よね。まあ、気持ちは分からなくもないけど」
言いたい事は、分かる。しかもこれは、僕の放った言葉と同じ。
トライ&エラーと言う言葉を甘く考えていた。
それだけの事。
「だから時には、訳が分からなくても。限りなく可能性が低くても全部やってみようって話。きっと泥臭くてもそれなりの答えが出る筈だわ」
「やる気だけはあるぜ」
「その二人のやる気に。僕は、一番期待しているよ。さあ、最後の山場が待ってる。さっさと終わらせて一息つこう」
「うん」
「わかた」
きっとこのゲームで。僕は、答えが出せない。己の直感がそう叫んでいる。答えを出せるのは、目の前に居る二人なのだ。だから僕は、二人に問い続けねばならない。
何れ、境地に達すれば。自ずと答えが自分からやって来る。今は、そう信じたい。
『丘を下り。亀は、お池まであと少しの所まで辿り着きました』
「しまったっ! ねすごしたっ!」
『昼寝をしていた兎が飛び起きて辺りを見渡すと亀は、お池の目前』
「まだまにあう」
『兎は、一目散に駆け出してもの凄い速さで亀を追い掛けます』
「かめさんには、まけられないっ」
「ぼくもうさぎさんにはまけられない」
『最初にお池へ辿り着いたのは亀でした』
「やったっ! ぼくは、がんばったよ。かったー」
『勝った亀は、嬉しくなって飛び跳ねます』
「はあ……まけちゃった」
『負けた兎は、がっかりして肩を落としました』
飛び跳ねて喜ぶ亀と肩を落とし、落ち込む兎。物語は最高潮を迎える。
「でもうさぎさん。いっしょにかけっこができてたのしかった。またやろうね」
「こんどは、まけないぞ」
『兎と亀は、笑って握手をし、互いの健闘を称え合います。おしまい』
共に手を取り、微笑む。そんな景色が堪らなく愛おしい。
僕は、自分にそう言い聞かせて最後の台詞を放つ。
「終了」
これにて、完結。一先ず、最後までやり切った僕達。
緊張で忘れていた疲労感がどっと押し寄せて来る。
「終わったー」
「意外と緊張した……」
「本当にお疲れ様。まあ、記録されて誰かに見られるって考えると緊張するよね」
「止めてよ……考えない様にしてるんだから」
「あられもないましろとしずの姿が……」
「言い方っ!」
にやりと笑う茉白の前で顔を真っ赤にする玄香と額に手を当てる僕。
こうも場を掻き乱されると本当にお手上げだ。




