ルールは、大事。
第二章 クランクイン
「少なくとも二人は、何処に出しても文句の付け所の無い最高の被写体だ。そこは、僕が保証するよ。取り敢えず、合否の判定を待とう」
「そうね……待ちましょう」
僕は咳払いを一つして肩を竦めながら玄香を宥める。
「二人共、そんな所で突っ立ってる場合じゃない。池の水、冷たくて気持ち良いよー」
「相変わらず、切り替えが早い……」
「まあ……モヤモヤしてても仕方が無いよね。後、歩いたから靴が暑苦しい」
「ほれー、しず。水がとっても澄んでるぞー」
確かに一休みが必要だ。茉白の手招きで玄香も池のほとりに座って靴を脱ぎ、澄んだ水面に足をそっと差し入れる。僕は、そんな二人を横目で見つつ、ドローンを注視する。
「はああああ—— 何だかすーっとする」
「でも—— ましろ達の足の所為で余計な成分が溶け込んじゃったかも」
「ヘンな所でリアルな想像するのは止めて……」
やっと落ち着いたかと思えば。少しも気が休まらない。
二人のやり取りに僕は苦笑いを浮かべる。
『合否結果—— 不合格』
少し間を置いてからドローンから下された通知。
やはり、一筋縄では行かない。
僕達は、少し肩を落とした。
最初から分かっていたとは、言え。
それでもやるせなさが心に宿る。
「だよねー」
「……何が駄目だったのかしら」
「ヒントも無い事には……見当もつかない」
勿論、合否結果だけで他には何もない。
ドローンは、無機質な機械音声で結果を伝えるのみ。
池の畔で唸る二人。そんな二人を尻目に。僕は、考えに耽る。
「ふーむ」
「会話に不自然さがあったから?」
「そう言えば、ましろもしずも。ちょっと棒読みになってたよね」
「それを直してもって感じはするけど……」
それ程離れている訳でも無いのに。二人の声がぼんやりとしか耳に入って来ない。
「ネモ君は、どう?」
「……」
「熟考モードだ。これは……」
「ちょっと時間が必要ね」
目は開いていても。僕の瞳には何も映っておらず。耳も外界の音を拾う事すら忘れていた。五感の全てをシャットダウンし、僕は持っている情報の中で解決策を組み立てようと奮闘した。全力を持って奮闘したんだ。でも。
「はあ——」
「おっ、ネモくん戻って来たね?」
「お疲れ様。早速で申し訳ないのだけど、何か思いついた?」
我に返って大きく息を吐き出す僕。すると二人が僕の帰還に気付いて池から足を抜いて近寄って来る。残念な結果を伝えるのが、心苦しい。
「それが……」
「だいじょーぶ。そんな感じはしてた」
「必死に考えてくれて答えが出ないのだもの。仕方が無い」
僕の浮かない表情を見て察してくれた二人は、やんわりと微笑みながら首を横に振る。
全く解決の糸口が見つからない。まだ、情報が欠けている。それが分かるまでは、手も足も出ない。それが僕の答え。
「なら……こうしよう。今日は、徹底的に基礎固めだ」
「それが良い。全力で申し分が無い完成品を目指す。それからじゃないと派生もへったくれもない。各自、気になった所を出して手直しよ」
「お昼までまだ時間があるからもう一回出来るね」
「申し訳ない……」
二人の気概に。僕は、救われた。少しでも手掛かりを掴む為。
今は、耐え忍んで挑み続けるしかないようだ。
*
昼食を挟んでの四回目。
「ありゃりゃ。また、ダメだったかー」
「会話も三回目より、感情を乗せてたんだけど」
「いや—— 二人の実力には脱帽だよ。すっかり物語の中の兎と亀になりきってた」
少しは、前に進んでいると思いたい。されど、凪の時間は続く。
二人の折れない心だけが唯一の救いだ。
「そりゃあ、気合い入れたもん」
「そう言っても所詮は、付け焼刃で誤魔化しているだけ……ってのが現状ね」
「一朝一夕で出来るもんじゃない。自信を持って良い。そしたら次は、動作とかも加えて見ようか……出来るだけ絵本の中に描かれている配置とかも似せて見たり」
「そうだね。会話のやり取りだけが全てじゃない」
三人で額を寄せながら絵本を取り囲む。
一頁、一頁。あれやこれやと意見が飛び交う。
額に流れる汗も忘れ。議論を重ねに重ね。
三人が納得の行くクォリティを目指す。
それから僕達は、夕暮れ時まで三回挑戦した。
けれども全て不合格。
予想はしていたのだけれど。初日は、惨憺たる結果で終わった。
そう。
これこそが僕達に与えられた最難関の試練。
穏やかな風景に横たわる冷たい現実だ。
努力をすれば、必ず報われる。
そんなものは、子供の世界にしか存在しない。
庇護下の世界を一歩飛び出せば。
実力以上の実力を問われ、質の高い結果を否応なしに求められる。
しかも周りの誰からも手掛かりは、与えられない。
自分で掴み取れと。
食うか、食われるかの厳しい生存競争へ強制参加を余儀なくされる。
それも成果と言うたった一滴の水を得る為。
本当に価値があるのだろうか。思わず自問自答をしてしまう。
「だけど……」
日が暮れるまであと少し。先を行く二人の小さな背中を見つめながら。
僕は、己の頬を叩く。
「此処で膝を折る訳はいかない」
何故なら僕は、二人の期待を背負っている。
全ては、僕の言葉から始まったゲームなのだから。
僕の言葉で幕引きをしなければ。
そして。
二人の笑顔を必ず勝ち取るのだ。
*
夜。全ての付箋が剥がされ、有耶無耶になって闇へと消えて行く。
僕は、浴衣姿でまた広縁のラウンジチェアに座っていた。
「——」
疲労と心に渦巻く複雑な感情に。僕は苛まれる。
何が駄目だったのだろうか。
手元の絵本に聞いても答えは返って来ない。
背凭れに寄り掛かり、目を瞑る。
もしも。仮にもしも。もっと年を取った僕が急に出て来て。
今の無様な僕を見たら嘲笑い、こう言うだろう。
『しょうもない事で躓いているな』と。
幾人もの人間を切り捨てて。出会いと別れを繰り返した揺るがない芯の通った信念を持ち、達観した僕なら直ぐに答えが出せるに違いない。もっと器用に熟せたら。そう願って止まない。そんな幻覚が過る程、僕は絶望に蝕まれつつあった。
そんな僕を癒してくれるのは、静寂に満ちた暗闇だけ。
そんな静けさと戯れていた最中。
「どうぞ?」
突然、部屋の扉をノックされ、僕は現実に引き戻される。
「ましろだけれども……入るね。ってネモくんっ! こんなまっくらやみで何してたのさ? 明かりぐらいつけなよ」
「ごめん。目を休めたくて」
「本を手に持ちながら? そんな誤魔化しがましろに通用するとでも?」
「あははっ—— いや、気付いたら手に持ってた。何か、手元に無いと落ち着かなくて」
僕の部屋を訪ねて来たのは、茉白だった。入って早々、真っ暗な部屋に驚く茉白。
窓辺から差し込む月明りを頼りに茉白は、僕の下へ歩いて来た。そして僕の手元にある絵本を見て眉間に皺を寄せる。どうにも僕は。彼女の前で嘘が付けない。
「明かり、つけても良い?」
「勿論。寧ろ、こんな暗がりに二人で居たら可笑しいもの」
「ましろは、意外とガードが堅い」
「分かってる。分かってる」
部屋に明りが灯ると僕は、その眩しさで目を細める。先程まで有耶無耶だった全てにまた、名前が付けられて行く。部屋の灯りに照らされた浴衣姿の茉白。流石に化粧は落としているので普段より幼く見える。
「で、どうしたの?」
「いやね。お疲れさまって。労いをしようと考え。今に至る」
「ありがと。とは言っても今日は、何もしてないんだけど……」
「ううん。そうじゃない。昨日も今日も。初めましてで他人のましろとしずの為に。ネモくんは、頑張ってくれてる」




