変だと思っても信じるしかないのだ。
第一章 はじまり、はじまり
もし、このシナリオを考えた人間が居たとしたら。そいつは、人の心理ってヤツを的確に理解している。焦らしに焦らして当人達が心の底から求めるものを最高のタイミングで目の前にぶら下げて来るのだから。
「できたてのごはん」
「源泉掛け流しの温泉」
「あったかいふとん」
「歩き回って汗臭いから出来れば、服の洗濯も……」
茉白も玄香も豊かな想像力を働かせて必死に己の警戒心を解こうと躍起になっている。
こういう場合は、僕もその片棒を担ぐのが礼儀だろう。
「絶景が見える広縁」
「ネモくん—— やっぱり、ちょっと変わってるよね」
「景色を楽しめる余裕は……あたし達に無い」
賛同して貰えるかと思えば、そうでは無かった。先に衣も食も布団も取られてしまっているので後は、住しか残っていないのだから連想出来るものも限られている。不本意で不名誉な不思議っこのレッテルを貼り付けられた僕は、溜息を一つ吐く。
「こうなったら—— 多数決だっ」
「それじゃあ、答えが出てるようなもんじゃない。全員賛成で可決。この際よ。罠でも何でも良い。さっさと行きましょ」
「おお—— 諦めたって言ってたけど。結局、しずが一番無理だったのね」
どれだけ気丈に振舞っても本心は、隠せない。とは言ってもだ。端から僕達は、野宿を受け入れていた訳では無い。玄香の強がりは、不遇な状況下であっても皆の士気を下げないよう配慮した自己暗示と言うのが正解だろう。
「当り前じゃない。あれは……現実逃避よ」
「なら……しずの枕は、ましろが貰うね」
「まだ、それを引き摺るの? 絶対に枕は、渡さない」
「まだ、確実に宿があると決まった訳じゃないのに……話が早い」
「もうあるって予定なのっ。と言うか、決定事項っ」
「駄目だよ、ネモくん。人参を目の前にぶら下げられたお馬さんに余計な事を言っちゃあ。それは、無粋ってもんさ。ごめん、間違えた。お馬さんじゃなくて亀さんだったか」
「やかましいっ」
結局、僕達は看板に従って森の奥へと続く小道へ足を踏み出した。先を歩く二人を見守りながら僕は、不意に後ろが気になって振り向く。すると僕の視界に看板とは別のものが映った。それは。この物語再現に関する重要なもので。僕の推測に対して新たな確証を与えるものだった。見つけたものを前に僕は、ぐっと拳を握りしめ、覚悟を決める。
されど、今はその時ではない。先ずは、今日の宿へ辿り着くのが優先だ。
二人に話すのは、明日の朝でも遅くは無い。
こうして僕達は、闇夜に包まれた森の中へと飲み込まれた。




