向き合うよ。
第六章 僕が考えた最高のハッピーエンド
*
実を言えば。最初から案は、考えていた。でもそれは、僕の編み出した解決策であって恋司さんと若葉さんが生み出した策では無かったから。胸の中で眠らせていた。
でも二人が望むのなら。僕は、僕が見たい景色を生み出さなければならない。
少し二人が思っているものとは違うかもしれないけれど。
でも僕は。
記憶を失っても尚、二人が想い合っているのを知って。
二人の関係が悲しい別れで終わるなんて嫌だったんだ。
勿論、この物語の所為で二人の関係が変わる事なんて在り得無いのだけど。
でもどんな時でも二人には手を取り合って生きていて欲しいと願ってる。
だから僕は、僕だけの物語改変を創り出す。
多分。
きっと。
これがこの物語の答えなんだ。
*
「お前が大浴場で風呂なんて珍しいな。何時も部屋のシャワー使ってただろ?」
「気合いを入れたい時は。此処に来ると決めてるんです」
「そうか——」
これが最後になるよう。
気合いを入れる為に。
自分を追い詰める為に。
僕は、宿の大浴場へ向かった。
すると大浴場には、先客がいたんだ。
体と頭を洗ってから。
広々とした湯船につかる恋司さんの横に僕は座る。
「顔つき、変ったな……」
「そうですかね?」
「今は、少し頼もしく感じるぞ」
「ありがとうございます」
他愛のない会話。
だけど、恋司さんの言葉の節々からきづかいが伝わって来た。
肩に軽く拳をぶつけられ、僕の体が少し揺れる。
「だが、やっぱり体格がな。ヒョロガリが台無しにしてる。鍛えとけ」
「確かに……恋司さんみたいな体格には憧れます」
「ゴツい方が何かと便利だ。舐められないからな」
「ですね」
「後、モテる」
「そう言うもんですかね?」
「ああ、そう言うもんだ」
撮影と関係ない話題に興じ、暫くしてから揃って大浴場を出てラウンジへ向かった。
「来たね?」
ラウンジでは、既に準備万端な若葉さんが僕達を待って居た。
「ああ、目覚めはばっちりだ。冴えてるぜ」
「同じく」
「じゃあ、行こっか」
笑い合い、思いを一つに束ねる。
「ああ」
「はい」
準備は、整っている。
後は、最後まで走り切るだけだ。
目指す地は、礼拝堂地下の霊廟。
辿り着いてからは早速、リハーサル。
もう身も心にも慣れ親しんだルーティンになりつつある。
「開始」
やる事は、やった。後は、全てをぶつけるだけ。
僕の合図でフィナーレが始まる。
『ジュリエットの死偽装する所までは、計画通りだったが。肝心な企みのあらましがロミオへ伝わらず。もたらされた情報は、ジュリエットの婚姻と死去のみ。ロミオは、ジュリエットの後を追うべく。マントヴァの薬屋で手に入れた毒薬を携えてヴェローナへ舞い戻り、礼拝堂地下に敷設されたジュリエットの眠る納骨堂へ向かった』
【恋司】何でこんな事になっちまったんだろなあ—— こんな筈じゃなかったのに。
『花束を片手にジュリエットの眠る墓まで歩み寄るロミオ』
【ネモ】追放された筈のモンタギュー。何故。お前が此処に居る? もしや、ジュリエットの墓を発いて更なる悪事に手を染める心算か?
今回も外套が大活躍。姿の見えない敵ことパリスがロミオの前に立ちはだかる。
【恋司】何処のどいつか知らんが—— 去れ。俺は、愛する者と添い遂げる為に此処へ訪れた。邪魔をするな。これ以上、俺は罪を増やしたくない。
【ネモ】世迷言を。お前を重罪人としてひっ捕らえる。大人しく投降しろ。
【恋司】怒らせるなと言った筈だが?
【ネモ】戯言を。力で分からせてやるっ!
『示し合せたかの様にするりと腰に携えた鞘から剣を抜く二人。ロミオと正体不明の男は、互いに命を賭して剣を交えた。軽い金属音と足音だけが狭い霊廟に響く』
【ネモ】っ!
【恋司】最後だ。お前は、パリスか—— 頼むから去れ。無用な殺し合いは避けたい。
【ネモ】覚えていろっ! モンタギューのロミオ。この雪辱は、何時か晴らすっ!
『何度も剣を重ね合わせた末、殺す事無く相手を打ち倒し、正体不明の男の首に剣を突き付けるロミオ。深く被っていたフードの下から現れたのは、パリス伯爵本人。命拾いしたパリスは、よろめきながら情けなく霊廟を去る。その背をロミオは、最後まで見届けた』
出口に向かいながらギリギリの間で僕は、ナレーションに繋げる。
【恋司】ジュリエット。これで俺とお前の二人きりだ。
『ロミオが墓を開けると冷たくなったジュリエットが底で横たわって居た。ロミオは、ジュリエットを抱き起し、そっと胸に抱いて髪を撫でる』
【恋司】あ、これっきりだ。顔を見せてくれ。キス一つで目を覚ますって奇跡が起きてくれたら嬉しいのだが……現実は、そんなに甘くはない。
『ロミオは、ジュリエットの額に口づけを一つ落とす』
【恋司】これで思い残す事は無い。お姫様の下へ逝く時間だ。二日も待たせたからな。これ以上、待たせたら……怒られるに違いない。
『ロミオは、懐から毒薬を取り出して一気に飲み込む。最後の生。息が途切れるその一瞬まで静かに苦痛と向き合い。失意のうちにその儚く短い人生の幕を降ろした』
【若葉】目覚めたのはよいのだけど。此処は……神父さまの言う通り、霊廟だわ。
『ロミオと入れ替わりで眠り姫が目を覚ます。先程まで真っ青だった顔色に朱色が差し、身体にも熱が籠る。心の蔵が動き出し、固く閉ざされていた瞳が今一度、開かれた』
【若葉】神父さま不在。ロミオは、来てる—— でも可笑しい。何故か、ぐったりとして動かない。愛する妻の目覚めだぞ? 起きろ、この大馬鹿。
『横たわって居た墓から上体を起こし、事切れたロミオの肩を揺するジュリエット。ロミオの体は、力無く地面に横たわる。天井を見上げるだけで焦点の合わない大きな瞳を見てジュリエットは、全てを悟る』
【若葉】ほんとにせっかちなヤツ……神父さまの伝達が上手く行かなかったのかしら? 私の後追いで毒薬を飲み、永久の眠りについたのね。どうしてこうも上手く行かないのかしら? 私達は、何も悪い事なんてしていないのに。
『涙一つ流さずに。ジュリエットは、ロミオの頬を優しく撫でて微笑む。それからロミオが手にしていた毒の小瓶をジュリエットは手に取った』
【若葉】まだ、残ってる。これで私も貴方の下へ逝ける。もし、次があったら今度こそ、一緒になれる未来があったら良いなあ……お休みなさい。愛しい人。
予め、計算はしていた。事前に二人には仮死の薬の使用をお願いしている。恋司さんには、二つ。若葉さんには、一つ。個数の差には、首を傾げられたけど。其処は、僕の台詞が終わるまで完璧に死体を演じて欲しいのでと体の良い言い訳をして誤魔化した。
『ジュリエットもロミオの後を追って毒薬を飲み、隣に横たわる。こうして二人の恋は、死を持って成就された。この悲しき顛末によりモンタギューとキャピュレットの諍いは終わりを迎え、街は穏やかな平和を受け入れる——』
三人で作成した本来の台本は、此処で終わり。
だけど僕は、二人に秘密で手を加えた。
二人の描いた最高の物語を台無しにする為に。
僕の願うハッピーエンドを。
最高の終わりを迎える為に。
機械仕掛けの神に。
全てを託す。
【ネモ】すっかり、遅くなってしまったぞ。さてさて、そうは問屋が卸さない。残念だが、こんな綺麗事でこの物語を終わらせる心算はない。神父ロレンスは、世を忍ぶ仮の姿。我が真の名は、妖精王オーベロン。この悲恋を正すべく参った。おお、ロミオとジュリエット! 死んでしまうとは情けない。お前達に死などと言う生温い安寧は、許されない。全てを忘れ、ロミオは、恋司。ジュリエットは、若葉と言う名で生き返り、この現世と言う生き地獄で番となって子を成し、寿命を全うするまで二人揃って苦しみ抜くのだ。




