Rising Sun
第五章 非情な選択
「今なら分かります——」
「ありがと。だから君の問い掛けに私達は、答えを持ってなかった。だって綺麗に終わらせる事しか考えて無かったから。一から百には出来ても。零から一は、作り出せないの」
「……」
背中越しに。赤裸々に語られる若葉さんと恋司さんの本心。
僕も自分の要求を突きつける前に。
理解を深める努力をするべきだったのだ。
恋司さんだけが責められるべきではない。
だが、今となっては恋司さんに何と言えば良いか分からない。
「此処から先は、言えるでしょ? 恋司」
「……悪かった。若葉」
「そうやって素直に間違いを認められる所は好きだよ。恋司」
へたり込む僕の前で恋司さんが屈んでそっと肩に手を置く。
「ネモ。俺が言いたかった事は、単純だ。先に俺—— いや、俺達の意思表示をすべきだったな。別にお前を突き放したかった訳じゃない。本当に言いたかった事は、俺達を犠牲にするんじゃなくて……踏み台にしろって言いたかったんだ。お前が目指す高みに。あのキャピュレット家の大きな壁を乗り越えたいってお前が言うなら俺達は、お前が登れる様に助力する。だからお前は、登り切って壁のてっぺんから俺達を引き上げろ。犠牲と踏み台とは、似て非なるもんだ。お前が渇望する景色を見せて欲しい。それが俺達の真意だ」
「最初からそう言えよ。まどろっこしい」
鋭い若葉さんのツッコミに恋司さんは、ばつが悪い顔をする。
「恋司さん、すみま——」
「謝るな。俺とお前、どっちも正しかった。そうだろ? だから譲り合えないものがあった。お前が謝るなら俺も謝るべきだ。だが、それで問題が解決した訳じゃない。好い加減、前へ進もうぜ。そんでもってこの鬱陶しい夜の街から抜け出すぞ」
「はいっ!」
微笑みかけてくれる恋司さんに。僕は、精一杯の返事を返す。
「ほんとに男ってのはガキだなあ—— 私が居ないとダメだね」
「うるせー」
煙草をふかしながら恋司さんは、文句を言う。
「若葉さん……本当に有難うございます」
単なる釦の掛け違いで終わらせる事が出来た。
非情な決断と言っても。
所詮は、僕の子供じみた意地に過ぎない。
道を間違えずに済んで本当に良かった。
「でだ。ポンコツの二人。何か忘れている事は無いか?」
「いや—— 何も無い筈だ。明日で撮影は終了するし」
「他に何かありましたっけ?」
「肝心なものを忘れているよね? 昨日もそうだったけど。貰えるもん貰ってない」
「ログインボーナス……すっかり、忘れてましたっ」
「もう、佳境に差し掛かってたからな。不要だと思ってたわ」
だから昨日、若葉さんは勢いづく僕達に怪訝な表情を浮かべていたのか。
若葉さんからしてみれば、折角のチャンスを不意にした馬鹿二人なのだ。
「使えるものは、何でも使う。それがSDGs」
「ちょっと意味が違うような……」
「分かった、分かった。宿に戻って宝箱開けようぜ」
「いいや、もう私が選んで持って来てる。重いから小さな方選んだ。ほれ」
「あははは——」
「ほんとに自由なヤツだよ。お前は」
其処まで先読みされていたとは。
恥ずかしくて仕方が無い。二人揃って面目丸潰れだ。
若葉さんは、持って来ていた宝箱を長椅子に置く。
「開けろよ。ネモ」
「ネモ君、開けて」
「はい」
二人から催促され、僕はゆっくりと宝箱を開ける。
中身は、そんなに入っていなかった。
「ペアリングと写真—— だけですね」
「リングに私と恋司の名前が彫ってある」
「薄々、勘付いていたがな——」
「写真は……僕と恋司さんと若葉さんが写ってます」
中に入っていたのは、恋司さんと若葉さんの所有物と思われるお揃いのペアリング。
それと三人揃って浴衣姿で花火をしている写真だった。
「何の写真だよ? 旅先か?」
「分からぬ。でも三人共楽しそうに笑っておる」
写真を見つめながら若葉さんは、微笑んだ。
「何方にせよだ。これで一つ確実に分かった事がある。俺達は—— この遊戯が始まるずっと前から繋がっていた。そうだろ? ネモ」
恋司さんが吸い終わった煙草を地面に落とし、靴で燃え滓を消す。
「ですね」
「なら、三人でゴールしないとだ」
「頑張ります」
まだ、やり直しが効く。僕が答えを編み出しさえすれば。
その可能性を与えてくれたのは。
他でも無い目の前にいる心強い先達達。
「そうじゃねえよ。俺達三人で頑張るんだ」
「はいっ!」
まだだ。
諦めるには、まだ早い。
このギリギリまで追い詰められた最悪の状況下でも。
全てを引っ繰り返せる手立ては残されている。
こんな詰まらない結末を僕は、認めない。
確証がある訳では無い。
でも無限の可能性は秘めている。
避けられぬ悲劇を喜劇に変える最強の手立てを。
恋司さんと若葉さんに最高のハッピーエンドを届ける。
それが僕の最後にして唯一の出来る事なんだ。
ヴェローナの夜明けは近い。




