続きを求めて。
第五章 非情な選択
*
迷っている暇は無い。
僕にだって目的がある。
明確な目的が。
時には、大儀の前の小事として切り捨てなければならない。
世の中、そんなものばかりだ。
義なんて仰々しい建前を掲げるけれど。
実際は、違う。
情が移っても利害の一致が大前提。
僕達は、シビアな関係でなければならない。
難しく考える必要は無い。
もっと簡単な例えがある。
偶々、同じ電車に乗り合わせた乗客同士だったと。
それぞれに目的地があり、終点の途中で下車して行く有り触れた光景。
それと何ら変わりない。
だから恋司さんと若葉さんには、申し訳ないのだけど。
僕は、途中でこの『ロミオとジュリエット』と言う電車から降ろさせて貰う。
だって僕には、目的があるのだもの。
「おはよう。ネモ君」
「ちっとは、目が覚めたか?」
「おはようございます。若葉さん。恋司さん、昨日はすみませんでした。ちょっと熱くなり過ぎたみたいです。次からは、気を付けます」
翌日、僕はラウンジで待ち合わせをしていた二人と落ち合った。まるで正気を取り戻したかの様に。僕は、深々と二人の前で頭を下げる。
「お前——」
「ネモ君は、大人だねー。どっかの馬鹿とは、大違いだ。偉い、偉い」
座っていた恋司さんが立ち上がろうとした瞬間、若葉さん恋司さんの両肩を掴んで椅子へと押し戻す。気に食わないと言わんばかりに僕を睨み付けて来る恋司さん。そんな恋司さんを見て僕は、委縮したフリをする。何でも良い。この場を耐え凌げば。それで。
「恋司—— 好い加減にしな?」
「うるせー」
微笑みながら恋司さんへ釘を刺す若葉さん。若葉さんのフォローは、有難い。
此処で昨日の一件を蒸し返されてしまえば、撮影どころの騒ぎでは無くなってしまう。
「早速ですが、撮影を。今日も力を合わせて頑張りましょう」
「うん」
「……」
兎にも角にも撮影だ。撮影で空気を和ませるしかない。仮初であっても達成感さえあれば、二人は満足してくれる。不満も蟠りも全て。忘却の彼方へ追いやってくれるだろう。
着替えを済ませてから三人で礼拝堂へ向かい、いつも通りリハーサルを重ね。
「開始」
僕と恋司さんが礼拝堂の長椅子に座っている状況から撮影を開始する。ロミオとジュリエットの婚姻と同じく僕を真正面から写さない事でナレーション対策も万全だ。
『決闘の翌朝。ロミオはロレンス神父を頼り、礼拝堂で身を隠していた』
【恋司】後悔はしてない。俺は、友の無念を晴らしただけだ。
【ネモ】ですが……ロミオさん。これでは、折角の婚姻が水の泡です。
【恋司】分かってる……よりにもよって夫が従兄を手に掛けた。前代未聞だな。
【ネモ】如何なる理由があったとしても……人の命を奪う事は、重罪です。
『礼拝堂の椅子に座って天井を見上げるロミオの肩にロレンス神父が手を添える』
【恋司】ああ、その通りだ。大公の申し渡しは?
【ネモ】寛大な大公様は、貴方の処罰を決めました。街からの追放です。
【恋司】辛うじて首の皮一枚、繋がったって所だな。
『状況は、芳しくない。大公の気が変われば。ロミオの命は、簡単に尽きてしまう』
【ネモ】情状酌量の余地が在りとご判断なされました。両家の諍いから端を発した刃傷沙汰。そもそもティボルトくん自身も罪人である以上、相応の罰が下される筈でした。
【恋司】俺がその時期を少し早めただけの話だ。
【ネモ】ですが、我々には法があり。その裁きによって断罪されるべきなのです。個人が手を下せば、諍いは絶えません。
【恋司】しかしながらロレンス神父。ヤツは、その罪から逃れられる術を持っていた。きっと、キャピュレット家総出で街からの脱出を手引きしただろう?
【ネモ】可能性は、否定しません。ですが。それは、憶測に過ぎず。
【恋司】確かにな——
【ネモ】何方にせよ、もう後には引き下がれません。今は、これからの事を考えて下さい。
【恋司】とは、言ってもだ。どんなに頑張ってもジュリエットの下には戻れない。ヴェローナからの追放。永遠に引き裂かれた。
『ヴェローナ追放。それは、ロミオにとって苦痛以外の何物でもない。やっと心を通わせられる伴侶を見つけられたと言うのに。確かに両家のいがみ合いで添い遂げられる可能栄は、低かったかもしれない。だが、街に居さえすれば、勝機はあった。その勝機を根底から断たれてしまえば、手も足も出ない』
【ネモ】まだ、手立てはあります。一緒に考えましょう。
【恋司】ロレンス神父、お気持ちは有難い。けれども俺は、半ば諦めてる。人殺し、しかも身内を殺した仇をあの女が愛せるか? 抱こうにもこの手は、血で汚れ過ぎている。
【ネモ】それは、分かりません。だからこそ、話をするべきでは?
【恋司】話? 話なんてする必要もない。俺は、罪人だぞ?
【ネモ】はあああ……。
【恋司】何でこうなっちまったんだろうな—— もっと普通の恋をして。もっと普通に結ばれて。もっと普通の人生も送れた筈なのに。間違えちまった。
『友の為とは言え。代償は、あまりにも大きかった。自分の短慮が招いた結末だ。甘んじて受け入れるしか他にない。たった一人の好いた乙女が今は、星よりも遠い場所に居る。それがロミオには堪らなく辛かった』
【ネモ】貴方は、まだ生きている。生きていれば、別の道も見えて来ます。
【恋司】今更だ。この世で他に俺の視線を奪える女なんかいない。
【ネモ】ならば、是が非でも。貴方は、立ち向かわねばなりません。運命に抗うのです。
【恋司】抗う?
『されど、そんな愚かな若者へ差し伸べる手もある。ロレンス神父は、諦めていない』
【ネモ】ええ、先ずはジュリエットさんの下へ行き、思いを確かめるのです。確かめ終わったら街を出るのです。マントゥヴァで暫く身を潜めて下さい。頃合いを見計らって僕がロミオさんとジュリエットさんの婚姻を公にして大公様に赦しを求めます。全てが成功した暁には、街への凱旋が待って居ますよ。
【恋司】そう上手く行くものかね?
【ネモ】やってみなければ、分かりません。さあ、お早く。
【恋司】恩に着る。ロレンス神父。
【ネモ】それは、全てが成功してからお聞かせ下さい。
『小柄な神父が誰よりも頼もしい。ロミオの瞳に今一度、活力が漲る。まだ、諦めるにはまだ早い。一縷の望みだが。それは、どんな星々よりも輝いていた』
まるで蜘蛛の糸に縋る様な。名誉挽回を画策する場面だ。一度、不幸のどん底へ落とされてから。また、ロミオがヴェローナへ這い上がって未来も在り得る観客へ希望を見出させる大切な場面。文句の付け所も無い。
だが、やはり物足りない。この物語を続ける意味を見出せない。
このまま、進めても結果は目に見えている。
例え、改善点を洗い出しても。何度、挑戦しても。正解には届かない。
だから僕は、諦めた。この課題をクリアする事を。
諦めれば、全てが片付く。僕の答えは、それだ。




