その心は
第四章 諦めが過った瞬間
「駄目だったら忠実に再現すれば良い」
「ですね」
全てのシナリオが一本に繋がった。これで基礎固めは、終わったと言っても過言では無い。僕が気掛かりになっている三つ目のルールについて深く追求しても建設的な議論が出来る。話を切り出すなら今しかない。僕は、大きく深呼吸をした。
「因みにお二人共……この本について何か思う事はありますか?」
「急に何だよ? ネモ」
「思う事って言われても……特にないよ」
「同じく。あるとすれば、佳境に入って気が抜けないくらいか?」
「他には? 全くこの本に対してちょっとも感情揺さぶられたり、憤りませんでした?」
揃って肩を竦める恋司さんと若葉さんを前に僕は、動揺する。
思った以上に事態は、深刻かもしれない。僕は、そっと唇を噛み締める。
「どうした? ネモ。お前らしく無いぞ? 訳を話せ」
「最後のルール……演者の意思と思考を尊重すると言う部分が弱いのではないかと」
一休みでビールを一気に飲み干す恋司さんに僕は問う。
それでも状況は好転しない。
「今の所、俺達の個性満載だろ? アピールとしては最適解の筈だ」
「撮影に関しても工夫を凝らしてそれっぽく見せてるし」
「それは、人員不足の制約や撮影の手法が限られている為で。所謂、外的要因から来る改変が多いです。会話に関しても長大で名前を呼び合うだけの部分を割愛したり、決闘の正当性を高めるものであったり。確かに恋司さんと若葉さんらしさは、散りばめられていますが……それだけでは足りないんです。二人の思いをこの撮影に込めて貰いたいです」
「……」
「……」
心の中で燻っていた疑念を僕は包み隠さず、二人にぶつける。今のままでは、回数を重ねても無意味だ。それが少しでも伝わって欲しいと願いを込めて。
「簡単なものでも構いません。例えば、ロミオとジュリエットの結末が気に入らないとか。こうは、思いませんか? 家の都合で命を奪われる若き男女が可哀そうとか。修道士ロレンスの企みが上手く行って二人が街を脱出する未来もあった筈。命の奪い合いがなければ、二人も両親を説得して皆に認められて華々しい結婚が出来たかもしれないとか」
もっと物語の芯に踏み込んだ改変が欲しい。僕の願いは、それだけ。
恋司さんと若葉さんにもそれぞれの配役に思い入れがあると思い込んでいた。
茉白と玄香みたく。
でも現実は、違った。
「唐突な話ですみません。ですが、この街を脱出するには——」
「……この期に及んで? 完成間際に?」
「ごめんなさい……もっと、早くに気付いていれば。違和感は、ありました……でも確証が無かったので。だから今しかないと—— 思って」
眉間に皺を寄せる若葉さんに僕は、謝る事しか出来なかった。
それでも僕には、立場がある。指揮者としての立場が。
『418 I’m a teapot』
僕と若葉さんの間に漂う険悪な雰囲気の中。恋司さんは、唐突にパソコンへ文字を打ち込み始める。台本の最後に綴られていたのは、意味が分からない一文だった。
「何ですか? これ?」
「読んで字のごとくだ。ネモ」
「意味が……分かりません」
僕へ振り向きもせず、恋司さんはじっとパソコンの画面を見つめている。真意を読み取れと言われても己がティーポットであると言う一文から何も伝わって来ない。
「教えてやる……『404 Not Found』ってのは、流石に知ってるだろ。所謂、エラーコードだな。これは、その派生で生まれた古いジョークコードの一つ。これの意味するものは、つまり俺がティーポットであって珈琲は、淹れられないと言う事。分かるか?」
「……」
やっと恋司さんに意図が少し理解出来た。
その答えは、僕に対する拒絶そのものであり。
僕の根底にある全てを覆した。
「勿論、若葉もそうだ。俺達は、与えられたタスクをやり遂げる事しか考えていないし、出来ない。其処から先の事は、俺達の仕事じゃない」
「恋司。その言い方は、あんまりじゃあ——」
「止めるな。若葉。コイツは、分かって無い。俺達は、この本の出来事に思い入れなんて一つもない。所詮は、他人の身に起こった不幸だ。俺達には、関係無い。だからこの本に何も特別な情は、湧かない。しかも本の通りに終わった所で俺達が死なないのは、明白だ。俺達は、俺達のまま。何も変わらん。逆に下手な改変を加えて全てが台無しになったらこれまでの労力が無駄になる。次に活かせない。得られる確実なデータが減るからな。何処までが正しく、何処から修正を掛けないといけないのか。その検証が出来ない」
そんな悠長に事を構えている程、僕に余裕は無い。分かり切っている。
恋司さんの検証に付き合っていたら終わりは見えて来ない。
「実際にやってみて分かった事だが……この課題は、奥が深い。認める—— 舐めてたわ。突き詰める箇所は、探し出せば、幾らでも湧いて出て来る。もし、今回が駄目ならまた細部の調整から始めれば良い。最悪、何十回、何百回と試行回数を増やせば、自ずと答えも見えて来るだろう」
「でも——」
僕の持っているメソッドを活かして欲しい。願いは、それだけだ。確かに搦め手なのは認める。だが、僕達に求められているのは独創性だ。それが欠けていたら検証どころの騒ぎではない。延々とこの街で同じ事を繰り返すだけの操り人形になる未来が待って居る。
真っ白になった頭の中で言葉を捻り出そうとしても無駄だった。
狼狽える僕に恋司さんの鋭い視線が突き刺さり、言葉を見失う。
「でももへったくれも無い。お前の考えている事も分からんでも無い。だが、成功回数が一回だけで確証が無いのなら。俺は、お前から求められても差し出すものは何も無い」
「……」
「俺達に甘えるな。お前が何か可笑しいと感じたのなら。お前が考えろ。お前に正しさがあるなら俺達を説得してみせろ。自分の言葉に責任を持て。筋を通せ。今のお前の言葉は、単なる所感でしかない。それじゃあ、人は動かない」
僕の創作が混ざってしまえば。二人の意向、意思が消えてしまう。
それでは、三つ目のルールをクリア出来ない。
気が付けば、僕は両手を握りしめていた。
僕は。
本気で怒っていた。
「恋司っ!」
「うるせーな。ガキの我儘に付き合ってられる程、俺だって暇じゃねーよ」
「もっと言い方があるっ! ネモ君だって悪気があって——」
「なら、コイツの言い草に。お前は、心から納得してるのか? 完全に感化されたか? 実際、お前だってついさっきまで怒ってただろう。少し冷静になっただけで此奴の意見を受け入れた訳じゃない。違うか?」
「……」
「ほれ、見ろ。言葉を選んでたら正確に伝わんねーよ。変な誤解を助長させるだけだ」
恋司さんの強い口調に気圧されて黙り込む若葉さん。
「ネモ。お前は一回、頭冷やせ。熱くなり過ぎてる」
一度、冷静になれと言われても。
僕は、冷静なんだ。
きちんと状況を理解している。
だから悔しさが込み上げて仕方が無い。
どうして僕の考えを理解して貰えないのか。
理解に苦しむ。
僕だって意地を張っているのではない。
これは、紛れもない正論なんだ。
でも。
でも僕は、恋司さんに言い返す言葉が見つからなくて。
子供みたいに俯いて歯を食い縛る事しか出来なかったんだ。




