恋司と若葉
第四章 諦めが過った瞬間
「ティボルトをお尋ね者として改変しましたし。雰囲気が出て一石二鳥です」
急場しのぎの策だったけど。手放しで褒められれば、やっぱり嬉しい。
フードの下で達成感を噛み締める僕。でも全てが上手く行っていた訳ではない。
懸念事項が思った以上に懸念事項だったんだ。
「でも一個だけ言いたいのは——」
「うるせー、わあってるよ」
「はい……思った以上にチャンバラでしたね」
「精進せよ。軟弱者共め」
「……」
「……」
若葉さんの小言に僕と恋司さんは、意気消沈する。
きっと若葉さんなら僕よりも上手く出来ただろう。だけど、若葉さんにティボルトの代役をお願いしてしまえば、恋司さんが浮いてしまうので二人共素人の方がまだマシだ。
「取り敢えず、今日は此処まで。明日で⑤ロミオの追放と⑥ジュリエットの縁談とその縁談を破談にする為の一計を終わらせよう」
モチベーションへの不安は、今日の出来で払拭出来た。勢いは、止まらない。
明日も同じクオリティが期待出来る。
「そんで明後日に⑦霊廟でのパリス伯爵との死闘と最後の自死だな」
「内容の改変も今日で最後です」
「愈々だな」
「ええ」
「うん」
宿へ帰る道すがら。僕は、先を行く二人の背中を見つめる。
二人の燃え滾る熱意とは裏腹に。
僕だけは、冷めきっていた。
今日の台本作りが最後のチャンスだ。
二人へ思いの丈をぶつけねばならない。
そう考えると気が重い。
果たして僕の思いは。伝わるだろうか。
*
自室でシャワーを浴び、僕は戦場へと赴く。
何と聞けば良いだろうか。自問自答は尽きない。
話を切り出すタイミングも重要だ。
事と次第によっては。全ての努力が無に帰すのだから。
考えれば、考える程。答えが遠のいている様な気がする。
不安は。尽きない。
しかしながら逆に恋司さんと若葉さんならすんなりと僕の意見を採用してくれるかもしれない。そんな甘い捕らぬ狸の皮算用が僕の脳裏にちらつく。人っ子一人いない廊下を歩き、僕はラウンジに辿り着いた。今日は、此処で台本作りの約束をしていたんだ。
「お二人共、早いですね」
「まあな……お前の言った通り大詰めだ。自然と体が動く」
「右に同じ」
ラウンジでは、既に浴衣姿の恋司さんと若葉さんが缶ビール片手に待機していた。
既に二、三本転がっている空のビール缶が二人の複雑な心境を物語っている。
肩に力が入り過ぎて少し緩める為に酒が必要だったのだろう。
熱意が籠っている何よりの証拠だ。
このやる気を維持したまま、僕の思惑を正確に伝えねばならない。
もし、僕の意図しない理解をされてしまえば。
本当の終焉が待って居る。
「さあ、始めっぞ」
「よしきた」
「はい」
今回は、今までとは違い、恋司さんが台本作成を名乗り出てくれた。
勿論、僕はその申し出を素直に受け入れる。
偶には、隣で傍観するのも悪くは無い。
僕と若葉さんで恋司さんの脇を固め、作業を開始する。
「決闘は、そんなに悩む必要が無いな。ティボルトをそのまま踏襲すれば」
「そうですね。逆に手を加える所が少ないですし」
「また、あの見るに堪えない子供チャンバラも見せつけられるのか……むず痒くなって居ても立っても居られないよ。我慢出来るかな? 私、死体なのに」
「念のため、あの薬もっとくか?」
「……そうですね」
「悪かったよ。ごめんって」
恋司さんの言っている薬とは、最初のログインボーナスで貰った小道具の一つだ。
明日の撮影にも使う重要なキーアイテムである。
それは、修道士ロレンスがジュリエットの為に用意した仮死の薬だ。肝心な最終局面で台無しにされては困る。僕も恋司さんの提案に頷いてしまう。若葉さんが真剣に悩み始めた僕達を見るなり、即座に両手を上げて降参のポーズを取る。
「因みに効能の説明書を見たけど、一粒で五分間。身体が動かなくなるんだよね」
「そうですね。二粒飲めば、十分。個数に応じて五分加算された仮死状態が続きます」
若葉さんの言う通りだ。仮死の薬は、意識を保ったまま一時的なマヒ状態を引き起こし、身体の自由を奪うだけ。服用後、直ぐに効能が現れ、時間通りに硬直状態は解ける。
後遺症も無く、安全な薬だ。そもそもそんな効果を持つ薬が安全かどうかは、別の話だけど。事を有利に進める道具である事に間違いは無い。
「ネモ、何でお前そんなに詳しいんだよ?」
「まさか——」
「流石に明日の撮影前に試すのも大変なので。昨日、試しに飲んでみました」
少しでも危険性があれば、事前に排除しておきたい。
だから僕は二人に黙って花火の後に薬をこっそり試していた。
「駄目だよっ! そんな無茶したらっ!」
「若葉さんにもしもの事があれば、僕が恋司さんに顔向け出来ませんよ」
「っ!」
珍しく怒った口調で僕を嗜める若葉さん。我ながら無茶をしたと思っているけど。
背に腹は代えられない。何より、二人を危険にさらすくらいなら僕がそのリスクを負うべきだ。それが指揮者としての責任でもあると僕は思っている。
「……お前なりに先の先を考えたのは認める。だがな、物事には限度ってもんがある。分かるな? お前にもしもの事があったらどっちにしろ破綻するんだ」
「……」
「次から気になった事があったら先ずは、俺と若葉に相談しろ。独断専行は許さん」
「はい—— すみませんでした」
最善の策だと思ったけど。やっぱり、怒られた。
誰が欠けても結果が同じなのだから仕方が無い。
「でも実際に死んでいる様に見せる為にも仮死の薬は必要だよね?」
「まあな……些細なアクシデントで体が動いたら全てが台無しだ」
「後で私もどんな感じか試しとこ」
「俺達の見てる前でな」
「分かってるよ」
僕で試したからと言って確実性が担保されている訳でも無く。
恋司さんが若葉さんをじろりと睨む。
若葉さんは、肩を竦めながら恋司さんの提案を了承する。
「ちょっと、話が脱線してしまいましたね。続きに戻りましょう」
「誰の所為だと思ってる? 誰の」
「きちんと反省しなさい」
「すみません……」
椅子の上で小さくなる僕に恋司さんと若葉さんは、溜息を一つ吐く。
「まあ、そしたら最後の心中だな。毒薬は——」
「愈々、毒薬と書かれたラベルが貼ってある空っぽの小瓶の出番ですね。恋司さんが飲んだフリをして倒れれば、問題ない筈です」
「それか、リアルさを重視するなら。予め、仮死の薬を空瓶入れておいて飲めば良い」
「確かに。それはあり」
「小道具を他で転用してはいけないと言うルールもありませんし。問題無いかと」
あくまでも物語を改変する主導権は、僕達にある。
だから小道具を使いまわしても問題は無いだろう。
恋司さんの手元から小さな打鍵音が鳴りやまない。
僕達と話をしている間も恋司さんは、着実に台本を作り上げていた。
「後は、ジュリエットが短剣で自害だけど……」
「出血が厳しいな……」
「最悪、霊廟が暗いのでこれも胸を刺すフリをして棺桶に若葉さんが倒れ込めば」
「若しくは、ロミオの持っていた毒薬が残っていてそれを飲んだ事にすれば良い」
「全部、仮死の薬に頼るのもあれだけど……一番、無難だもんね」
「一度練習してから決めましょう」
「だね」
余計な改変も問題だが、此方は演技に関して全くの素人集団だ。これまでは、日常動作の範囲内で済んだから良かった。されど最終局面においては、死を演じなければならない。短剣で胸を一突きし、のたうち回る白々しい演技よりも潔く薬で呆気なく命を落とす方がリアリティもあるし、懸念事項も少ない。
「出来れば、内容通りに終わらせたい所だが—— 生憎、俺達にはそんな綺麗事言ってる余裕が無い。使えるものは、何でも使わせて貰う」




