足りないものばかり
第四章 諦めが過った瞬間
「これが今回の中で一番……厄介です」
「刀剣は、模造品で軽い。しかしながらなあ——」
恋司さんの言う通り。用意された刀剣の類は、どれも軽い素材で模造刀。
少し長い殺陣になっても演じ切れる。問題は、殺陣の質。何故なら。
「恋司とネモ君、武道にからっきしだからね。使う人間側が問題だ」
「ぬかせ。それは、俺達が一番、分かってんだ。ネモ、ギリギリまで練習すっぞ」
「はい——」
どれだけお膳立てされていようと素人による付け焼き刃の演技だけは如何にもならない。昨日、台本作成の片手間で若葉さん監修による殺陣の構築はしている。
刺突剣の扱い方が特殊過ぎるので最初の打ち合いを何度か繰り返し、後は殴り合いに持ち込む。撮影場所が薄暗い路地裏なのでこれで誤魔化せるだろう。
だが、僕に限って言えば。障害はそれだけじゃない。
演技と台詞だけでなく、ナレーションの仕事も請け負っているからだ。先程の修道士ロレンスなら台詞が少なく二人が演目の主軸だったので誤魔化せた。
今回は、僕と恋司さんが演目の主軸なのでそうも行かない。若葉さんに代打を頼む事も考えた。けれどもこれまで全て僕がナレーションを請け負っているので其処だけ若葉さんに依頼するのも可笑しな話だ。だから演技と台詞、ナレーションを両立する為の秘策を僕は、考えた。ヒントは、何度も通った酒場にあったんだ。
酒場の壁に掛けられていたとある物品。
今日は、それも拝借している。
僕が求めた最強のお助けアイテム。
それは。何の変哲もないフード付き外套だった。
短い台詞だけなら僕も暗記は、出来る。だが、長いナレーションは別だ。
流石に覚えきれない。これまでの全ての演目もカンペに頼っていた。外套を羽織れば、袖の下にカンペを仕込める。これならば、演技をしながらでも読めるし、ナレーションを読んでいる間も外套のフードが僕の顔を隠してくれるので違和感も生まれない。
目的地の路地裏へ辿り着き。限られた時間の中で僕と恋司さんは、稽古に打ち込む。
「開始」
外套を纏い、僕の準備は万端。恋司さんと若葉さんに合図をして撮影開始。
『ロミオとジュリエットが契りを結んだ喜ばしい日に。悲劇があった。ロミオの親友マキューシオが凶刃に倒れたのだ。親友の命を奪ったのは、ジュリエットの従兄、ティボルトである。きっかけは、些細な小競り合い。それが二人の闘争心に火を付けた。熾烈な攻防戦の末、ティボルトによる最後の一突きで胸を射抜かれたマキューシオ。後になってその事の顛末を耳にしたロミオは、二度と目を覚ます事の無い親友の前で復讐を誓う』
予定調和と言えば、聞こえが良い。
簡潔に例えるなら。今の僕達がやっている事は、計算し尽くされた工業製品に近い。
確かに完成度は、高いと思う。
だけど、これを美術品として提出するのであれば。話は、違って来る。
魂の籠っていない作品なのだから。きっと、評価を受けるに値しない。
【恋司】必ずだ。親友。彼奴に血で償わせてやる。弔い合戦だ。
『ロミオは、殺人の罰から逃れる為に雲隠れしたティボルトがキャピュレット家に匿われていると推測し、敢えて果たし状を送り付けた。勿論、たった一枚の紙切れでティボルトが姿を現すとは思っていない。だからこそ、ロミオは自らを囮にした。真夜中に一対一の決闘。モンタギューの一人息子であるロミオを片付けられれば、キャピュレットにとっては、好都合。ティボルトは、必ず姿を現すだろうと踏んでいた』
【恋司】ジュリエットの従兄であろうと……筋は、通させる。例え、この命を失ったとしても。ダチの無念を晴らしてやらん事には、気が済まん。
『闇夜の中。果し合いに指定した薄暗い路地裏で。ロミオは復讐の炎を胸に秘め、佇む。憎い敵が訪れるのを静かに待った』
【ネモ】本当だったとは……驚いたよ。ロミオ君。
【恋司】やっと、来たな。待ち合わせには、遅れて来るタイプか? モテないな。
【ネモ】自分の立場が分かって無いなあ。勘違いも甚だしい。
【恋司】人殺しのお尋ね者が何言ってんだ? 捕まるのが怖くて。地べたを這う鼠みたく惨めに逃げ隠れした癖に。口だけは、達者だな。
【ネモ】ボンクラ坊やを一人、この世から退場させただけ。寧ろ、ヴェローナの未来を考えるなら正しい事をしたんだ。アレが街の統治に関わる要職に就いたらお先真っ暗だ。
【恋司】確かに。常識も弁えない馬鹿だったかもしない。でもそれが彼奴の命を奪って良い理由にはならない。彼奴にだって可能性はあった。もしかすると街の趨勢を左右する立派な偉人になっていたかもしれない。彼奴は、自分の中に正しさを持っていた。少なくとも逆の立場だったとしたら。自分の悪行を見苦しく肯定せず、自ら裁きの場へ赴いたさ。それがお前と彼奴の決定的な違いだ。
【ネモ】言うね。君の態度によっては、手心を加えようと思ったけど—— 残念だ。 現実を思い知らせてやる。どれだけ言葉を並べ立てようと実力が伴わなきゃ無意味。勉強になったね。その蛮勇が命を脅かす。学びの代償として命を落とすのは、皮肉だけど。
【恋司】抜かせ。これは、弔い合戦だ。例え、刺し違えてもお前だけは殺す。
【ネモ】なら、さっさと始めよう。僕も朝までに帰って叔父上に君の首を献上しないと。
言葉はもう、要らない。相容れない相手であれば、目の前から消し去るしかないのだ。薄暗い路地裏で風切り音と軽い金属音が響く。互いの剣を躱し、いなし。相手を攻め立てるロミオとティボルト。狭い地形もあり、戦況が拮抗している描写も生きている。一進一退の攻防戦。次第に集中が切れ、体力も消耗している雰囲気も忘れず。
多少のぎこちなさはあったけど。問題ない。イケる。
【恋司】しぶといなっ。
【ネモ】お前こそっ。
『息を切らし、大きく肩で息をするロミオとティボルト。愈々、戦いも終盤を迎える』
【恋司】っ!
互いの一閃による反動で二振りの剣は、手から零れ落ちる。最後は、優雅な決闘からかけ離れた拳を相手に叩きつけ合う醜い泥試合。ロミオは、ティボルトの攻勢を耐え凌ぎ、待った。その時を。大振りな頭部への打撃をするりと躱し、逆に空いているティボルトの顎へ己の拳を全力で叩き込む。一瞬にして意識を刈り取られたティボルトは、よろめいて地面に尻から崩れ落ちる。好機を逃さず。ロミオは、腰に下げていた短剣を抜いてティボルトの胸を深々と突き刺した。ティボルトは、マキューシオと同じ個所をロミオに刺され、呆気ない死を迎えてしまう。
よし。これで最後まで走り抜ければ、終わりだ。
【恋司】かたき討ちは、終わったぞ。安らかに眠れ。友よ。
『辞世の句を述べる暇もなく、死したティボルト。そんなティボルトをロミオは一瞥し、立ち去る。これでロミオもお尋ね者の仲間入りだ。友の無念は、晴らせてもその代償は、大きい。己の望む未来から遠のいて行くロミオ。波乱に満ちた二人の恋の行方は如何に』
冷たい石畳に横たわりながらナレーションを読むのも滑稽だが。
何とか、この地味な難所を僕は切り抜けた。
「停止」
寝転がっていた僕に手を差し出してくれる恋司さんと若葉さん。
差し出された二人の手を取り、僕は立ち上がる。
「上々だな……怖いくらいだぜ」
「ネモ君、流石だね。後、説明の読み上げと会話の両立は、見事だった」
「いやはや、思ったよりもかなりギリギリでした」
「いきなり外套がどうのこうのと言い出したから何事かと思ったが。お前の見立て通りになったな。上手い事やりやがって。褒めてやんよ」




