寄る辺の無い夜
第四章 諦めが過った瞬間
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現状に不満は、無い。寧ろ、『兎と亀』よりも質は、格段に向上している。生き生きした主役を演じる二人。物語の構成も工夫を凝らしている。夜が明けない街と言う異質な環境すらも使いこなし。
現代と古典の対比も機能している。
日々の積み重ねを忘れず。より良き創作を目指し、取り組んでいる。創作物としての完成度も高いと自負もしていた。だから。この焦りは、違う所から来ている。欠落した重要事項。それが見当たらなくて焦っているのだ。唯一、それに関して言えば。前回の方が満ち溢れていた。
『兎と亀』にあって『ロミオとジュリエット』に無いもの。
恵まれた環境だからこそ、見失っている。
創作においてもっとも重要なパーツとは。
どちらにせよ。
肝心な所で僕は、胡坐を掻いていた訳だ。
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「さて、今日も恙なく終わらせるぞ」
「はいっ!」
「何か、気合いの入り過ぎで。すんごい暑苦しいんだけど」
静かな礼拝堂に僕と恋司さんの声が響く。
昨日よりも気合いが入っている僕と恋司さんに若葉さんが眉間に皺を寄せた。
「そりゃあ、今日が終われば。全行程の半分まで消化だからな」
「嫌でも気合いが入りますよ」
「あっそ……」
勿論、それだけではない。僕には、嫌でも気合いを入れねばならない理由がある。
そう、傍観していただけの昨日とは違うのだ。
「勿論、それだけじゃありません。今日もかなりの難所ですからね」
「そうだね……全くもって気が重い」
「何せ、婚姻と決闘だからな」
「そうです。後、僕の出番もあるので」
「そうだった。弟の活躍する日だ。姉の私がきちんとリードしないと」
「まだ、それ引き摺ります?」
「何とも感動的な姉弟愛だな。さあ、弟よ。お前の真価を見せてくれ」
「恋司さんまでっ」
どれだけからかわれても二人との会話が心地良い。
何故なら僕の緊張を解そうとしてくれているからだ。
頼れる兄貴分と姉貴分が脇を固めてくれるなら。
何でも出来る。僕は、本気でそう思っていた。
何度もリハーサルを繰り返し。納得が行くまで突き詰めて僕達は、撮影に挑む。
「開始」
僕の言葉が引き金となり、撮影開始。
『ジュリエットとの密会後。ロミオは礼拝堂へ赴き、ロレンス神父に婚姻の立ち合いを依頼した。そして、二人は隠れて礼拝堂で落ち合う』
【ネモ】婚姻成立の立ち合いはしますけど……僕が出来るのは、其処までです。
【恋司】ああ、構わない。ロレンス神父、無理を言って済まなかった。
【ネモ】ロミオさん。お気持ちは、理解出来ます。並々ならぬ熱意と決意に対しても出来るなら後押ししたいです。鮮烈な恋に。心焦がすのも致し方が無い。ですが……物事には、限度があります。過ぎたるは猶及ばざるがごとし。身を滅ぼします。でももう、いらっしゃったみたいなので—— これ以上のお節介は、無粋ですね。
薄暗い礼拝堂の壇上で向かい合う僕と恋司さんの下へ若葉さんが合流する。
『礼拝堂で会話をするロミオとロレンス神父の下へジュリエットが訪れる』
【若葉】来た……。ごきげんよう、神父様。
【恋司】待ってたぜ、お姫様。
【若葉】ほんとに何処までも自信家ね。
【恋司】俺からそれを取ったら何も無くなる。
【若葉】いっぺん、全部無くしてみたら?
【恋司】そんな俺がお好みかな?
【若葉】ほんと、素直じゃない。
『顔を合わせれば、互いに皮肉ばかり。だが。しっかりと二人は、互いの手を取り合っている。例え、その先に待ち受けるのが荊の道であっても。二人の未来は、輝いていた』
此処から先は、ロレンスの台詞は無い。でも僕の役割は、劇中の登場人物だけではない。ナレーションもあるんだ。さり気なく、僕は後ろを向いてナレーターに徹する。
順調に進む撮影と共に比例して僕の胸の中で湧き上がる疑念。
違和感は、最初からあったんだ。それを僕が言語化出来ていないだけで。
僕の抱いている違和感とは。二人がこの『ロミオとジュリエット』に順応し過ぎている事にある。茉白と玄香は、違った。二人は、『兎と亀』の根底にある教訓に対して疑問を投げ掛け、正面から物語と向き合っていた。そして、意見が食い違って仲違いになっても己の意思を貫き続けた。それが恋司さんと若葉さんにはない。
それをひた隠しにして修道士と言う役へ僕は、没頭する。
言ってしまえば。
これまでの僕は、現実逃避をしていた。
【若葉】私でほんとに良いの? 後悔しない? こんな不愛想な女で?
【恋司】それが良いって言ってんだろ? 今更、何言ってんだ? お前が見たい景色を俺も見て見たい。いや、違うな……俺が見せてやる。
【若葉】あっそ……。
『見つめ合う瞳。燃え上がる恋を前にするとロレンス神父も流石にお手上げだった』
大人だから。と言えば、確かに納得せざるを得ない。この『ロミオとジュリエット』を実際に演じたからと言って死ぬ訳でもないからだ。でもそれでは、この課題をクリア出来ない。作風に二人らしさは、のっているのだけど。それは、二人の意思では無い。
物語と二人の間は、目に見えない壁で隔てられている。冷静な思考と言う目に見えない壁が。何かしらこの物語に求めて欲しい。根本的な改変を。僕ですら葛藤がある。違和感を二人にも持って欲しい。しかしながらそれを願ったとしても。恐らく。
【恋司】お前の全てを俺に寄越せ。そしたら俺もお前に俺の全てをやる。
【若葉】その俺様気質、如何にかならない?
【恋司】そんな俺がお好みなんだろ?
『悪戯に微笑むロミオは、ジュリエットの唇を奪う』
【若葉】最低……ね。
【恋司】ああ、お前の為ならどんな罪でも背負おう。
【若葉】なら……私も何処までも貴方について行く。
『お返しと言わんばかりにジュリエットは、ロミオの唇へ長い口づけをする』
文句の付け所が無い綺麗な劇だ。全てが筋書き通りに進んでいる。
でも求められているものはきっと。もっと泥臭い何か。このままでは、確実な失敗が待ち受けている。そして、何度続けても結果が同じだと言う結末も。だから今日の最後の台本作りで二人に投げ掛けなければ。まだ、間に合う。それでも駄目だったのなら僕も考え方を変えなければならない。時には、非情な選択も選ばねばならないのだ。
【ネモ】其処までです。お二人のお気持ちは、僕もすっかり理解しました。ですが、此処でナニをおっぱじめられても困ります。先ずは、永遠の誓いが先です。
最後のナレーションを読み上げて僕は、ドローンに向かって振り返る。
【恋司】神父様、優等生だからな。これ以上の熱烈な情事は、情操教育によろしくない。
【若葉】人に見せつけるのも悪くは無いけど。神父様が言うなら仕方が無い。
【ネモ】喧しい。ほら、始めますよ? 本当に生きた心地がしない。お二人を神が祝福するに至るまで導くのが僕の仕事です。さあ、僕に仕事をさせて下さい。
もし。
もし、叶うなら。
ずっと頼りない若輩者の修道士ロレンスで居続けたかった。
だって恋司さんと若葉さんとの関係を壊したくなかったから。
「停止」
一拍置いてから僕は、撮影を止める。
それまで厳かな雰囲気を漂わせていた礼拝堂の空気が一気に緩む。
「よしっ、これで三つ目もクリアだな」
「この調子で四つ目も終わらせたいもんだね」
先程まで口づけを交わしていたにも関わらず。
恥じる様子もなく。恋司さんと若葉さんは、落ち着いていた。
「次は、決闘だ。外出るぞ」
「よし、来た」
二人に悟られぬよう。僕は、顔に笑顔を貼り付けて必死に平静を装う。
間髪入れず。僕達は、礼拝堂を後にして宿付近の裏路地へと向かった。




