回帰
第三章 悲劇の始まり、始まり
「かと言ってだ。お前も二つ目で終わらせるのは、賛成しただろ? 他にやる事もねーし。暇つぶしに丁度良い玩具貰ったんだったら遊ぼうぜ」
今日のログインボーナスは何故か、豪華な花火セット二つと煙草だけ。撮影後にやろうと恋司さんが言い出して今に至る。花火のセットに入っていた蝋燭に火を付け、消火用のバケツを用意し、庭園に設置されていた椅子を引っ張って来て準備は、万端。
だけど、僕は乗り気じゃない。
「—— その時間を改変に当てるべきでは?」
「インスピレーションってのは、時間を掛けて育むもんだ。焦ってたら大切なもんを見落とす。分かってる心算だ。ネモ。誰よりもお前が一番、焦ってるのは」
「っ!」
すっと胸に刃を刺し込まれた様な感覚。言ってしまえば、図星だ。
あっさりと燻る焦燥感を見透かされて僕は、言葉を見失う。
それ以上は何も言わず、呆然とする僕の肩を軽く叩く恋司さん。
悟られぬよう、顔にも態度にも言葉にも匂わせていなかった筈だ。
いや、知らぬ間にそんな雰囲気を垂れ流していたのかもしれない。
未熟な己を僕は、心の中で叱責する。
「そう言えば、若葉は?」
「……飲み物を取りに行くって言ってました」
「そうか」
「はい——」
益々、自分の不甲斐なさで情けなくなった。
図星を突かれ、勝手に思い悩んで空気を悪くしてしまっている。
茉白と玄香ならもっと取り繕えたに違いない。
偶然の産物で纏め役を任されているだけに過ぎず。
才覚の無い僕に一任されているのは、本当に妥当と言えるのだろうか。
僕がぐるぐると思考の迷宮をさまよっていると背後から足音が聞こえて来た。
「お待たせ、ネモ君。飲み物、サイダーで良かったよね?」
「有難うございます。若葉さん」
小さな宝箱と共に現れた若葉さん。若葉さんの抱えている宝箱の中には、缶ビールとジュース、それと冷却用の氷が詰め込まれていた。そんな使い方をして良い物だろうかと思ってしまうが。別の用途に使う事は、禁止されていないのでよしとしよう。
若葉さんから手渡されたサイダーを僕は笑顔で受け取った。
「若葉、俺のは?」
「……」
「無言で投げんなよ。中身が吹き出すだろ……」
「うっさい。持って来ただけありがたいと思いなさい」
ぶっきらぼうに恋司さんへビールを放り投げる若葉さん。
それから自分用のビールを取り出すとプルタブを開けて飲み始める。
「ネモ、俺なんかした?」
「まるで長年連れ添った夫婦の微笑ましい日常風景を見せつけられている気分……と言えば、恋司さんにも正確に伝わりますか?」
「伝わんねーよ」
「ネモ君?」
「はい、若葉さん。失言でした。謹んで訂正いたします。申し訳ございません」
若葉さんへ平伏す僕に恋司さんは、肩を竦める。
「マジで何なんだよ? そのワケ分からん上下関係は」
「長い物には巻かれよ。これは、僕の遺伝子に刻まれている先天的なプログラムです。特定の人物に対してではなく。過酷な生存競争を生き抜く為に与えられた性質です」
「アホか……まあ、何でも良い。花火だ、花火」
「はい」
「んっ」
ビールを片手に恋司さんは、僕と若葉さんにススキ花火をくれた。
花びら紙を千切って先端を蝋燭の火に当てると直ぐに火花が飛び出す。
軽やかな心地よい燃焼音が響く。
「こうやって手に持って眺めてると子供の頃を——」
時間の経過と共に色が変わる花火。
月明りの下で興じる花火は、洒落ていて風情がある。
「肝心な記憶がねーだろ」
「雰囲気が台無し」
「悪かった—— まあ、何故か懐かしさみたいなのはあるけどな」
若葉さんの冷めた瞳が珍しくキラキラと輝いていたのに恋司さんが台無しにした。
流石の恋司さんも自分が悪いと思ったのか、ばつの悪い顔で謝る。
「不思議なのは。過去の出来事を一切、覚えて無くても。これが花火だって分かってて用途も知っている事ですよね。しかも楽しいって言う感情由来の情報も備わってますし」
「そもそも記憶が失われていると自覚しているのも可笑しな話。だって今の自分が欠けている欠陥品で完品の自分が存在してると分かってるんだから」
「記憶喪失の程度も千差万別だからな。軽度から重度まで様々。一時的な健忘から最悪、幼児退行に近い状態もあり得る。にしてもほぼ同じの症状を訴える人間が集まる確率は、限りなく低い。つまり、意図的な記憶喪失を引き起こす技術を黒幕は、保持している」
意識レベルにまで影響を及ぼすなど、あり得ない。と思いたい。
でも僕達は、姿の見えない黒幕の玩具として弄ばれている。
現時点で開示されている事実もほぼ無いに等しい。
「でもこの話題に関しては、答えの出しようが無いですよね?」
「いや、そうでもないぞ? だってこの世界は——」
「れんじっ——」
「大丈夫ですかっ!」
喉を押さえて喘ぐ恋司さんにいち早く、若葉さんが駆け寄って背中を摩る。
恋司さんの反応。それは、僕も知っている。いや、実際に僕も体験している。
僕だけが知っていて他の誰も知らない秘密。
恋司さんもこの世界の理に触れていた。
「ああ……仔細ない。急に声が出なくなっただけだ」
「恋司さんにも?」
「何だ? ネモにもあるのか?」
「僕もとある話題に触れると喉が詰まった様になって声が出せなくなります。その話題は、ルールの中で恐らく一項目だけ。だからお二人に説明出来ない事項が……」
肩で息をする恋司さんに僕は、頷く。
「前、話す度にちょっと考えてる風に見えたのは。言葉を選んでるからだな?」
「さっきの恋司さんみたく急に発声が出来なくなるのもそうですし……本に纏わる事でお二人に伝わらない事もありますので」
「若葉は?」
「私には特にそんな違和感無い……」
消滅のルールだけではない。恋司さんと若葉さんに物語と言う概念が存在しない以上、例え話一つとっても首を傾げられてしまう。僕も効率を重視している。
同じ轍を踏まぬよう気をつけていたのだ。
「愈々、きな臭くなって来たな」
「それは、元からです……この詰まらない遊戯を僕達に強制している事自体」
「だね。まっこと腹立たしい」
気分転換で恋司さんが胸ポケットから煙草を取り出すと。
途端に若葉さんの眉間に皺が寄る。
「恋司、煙草は止めてって前から言ってるじゃん」
「んだよ。別に良いだろ。これくらい—— ああん? 前から?」
「えっ?」
若葉さんの言葉に目を丸くする僕と恋司さん。
僕達の異変に気付いた若葉さんは、首を傾げる。
「私、可笑しな事言った?」
「以前から煙草を止めろと言っていると。初対面な筈の恋司さんに」
「どういう事? それって私と恋司が記憶喪失前から——っ!」
若葉さんは、右手を額に当てながらよろめく。
すかさず、恋司さんが横から若葉さんを支えて椅子に座らせた。
「俺だけじゃねーな。これで確定だ」
「ですね……」
トリガー。記憶の断片が浮かび上がった瞬間だ。
記憶の奔流に飲まれ、狼狽える若葉さん。
僕と恋司さんは、互いに顔を見合わせて頷く。
「何で? 何なの? 意味が—— 分からない」
「落ち着け。若葉、安心しろ。何も可笑しな事は、起こって無い」
「頭の中に—— 見た事の無い景色が……後、恋司も」
「今は、見てるだけにしとけ—— 深く考えるな」
「—— うん」
恋司さんが若葉さんの頭をゆっくり撫でて宥めすかす。
花火と煙草が生んだ奇跡。
いや、違う。
予め、仕組まれていたトラップと言うべきだろう。
油断を誘い、完全に脱力しきったタイミングで更なる謎に僕達を突き落とす。
してやられた。
「ネモ、頼む。食堂から——」
「お水ですね。直ぐに」
「助かる」
その日。花火を切り上げて僕達は、それぞれ自室に戻った。
何を意味するのか。それは、分からないまま。
だけど。噛み合った歯車が動き出す音を。
確かに僕は、耳にした。




