若さ故の過ち
第三章 悲劇の始まり、始まり
【若葉】くっさ……。
【恋司】何とでも言え。これが俺だ。ロミオだ。
【若葉】でも良いね—— 私は、そんな風に自分を割り切れない。中途半端。
【恋司】それが良いんだろ? 俺は、俺に足りていないものをジュリエット、お前に見出した。だからお前に視界を奪われたんだ。夜会に退屈して—— こっそりと抜け出して。夜空を見上げてるお前に。俺がお前だったら出来ない。そんな勇気、俺には無い。実際、こんな態度と言葉遣いも。外面気にして表には出して無いんだ。お前の前だけ。
とことん相手をよいしょして自分を卑下する。女たらしの常套句だ。
【若葉】格好つけの見栄っ張りか—— サイコーにダサい。
【恋司】そりゃあ、惚れた女の前で格好つけて見栄張るのは、当たり前だろ。男の性だ。
【若葉】それならさ……。
【恋司】何だよ?
【若葉】私を此処から連れ出してよ……そんなに言うなら。
【恋司】出来ない—— と言いたいのは、山々だが。仕方が無い。やってやらあ。
【若葉】うそつき。
『ロミオは立ち上がり、ジュリエットへ腕を伸ばす』
【恋司】嘘から出た実って言葉もあるだろ? 瓢箪から駒と一緒だ。
【若葉】出来もしない癖に。
【恋司】やり方なら幾らでも考えられる。親父とお袋に頼み込んでも無駄ってのは、分かってる。なら、爺様と婆様に頼めば良い。何せ、孫にはとことん甘い。
【若葉】駄目って言われるかも。
【恋司】もうお互いがいがみ合う理由何て皆、忘れてる。残ってるのは、形骸化した慣習だけ。ちょっくら俺とお前でそれをひっくり返そうぜ。
【若葉】……。
それが出来たのならどれだけ良かっただろう。もし、それが可能だったら。
原作のロミオとジュリエットもちっぽけな幸せを手に入れられた。
【恋司】俺一人なら出来ない。でもお前と二人なら出来る。一緒に一歩、踏み出そうぜ。
【若葉】此処から一歩踏み出したら真っ逆さまに落ちる。
【恋司】笑わせんな。なら、俺が受け止めてやるよ。
『不敵に笑うロミオ。そんなロミオに思わず、ジュリエットの口元も緩んでしまう』
【若葉】なら、明日——。
【恋司】明日? 明日が何だ?
【若葉】明日、私と契りを結んで頂戴。
【恋司】一気に重たい女になったなあ。まあ、俺にはそれくらいが丁度良い。
【若葉】本当に—— 大口叩くのだけは、達者ね。
【恋司】褒めて貰えて光栄だ。
『束の間の甘いひと時も。直ぐに邪魔が入ってしまう』
こんな合いの手で本当に良いのだろうか。
月並みな僕の台詞が。二人の演じる逢瀬を汚していないだろうか。
不安になる。
【若葉】誰かが私を捜しに来たみたい。逃げて。明日、使いを寄越すから。
【恋司】おうよ。明日だな? 明日だぞ。必ずだ。
【若葉】ええ、必ず。おやすみなさい、ロミオ。
【恋司】おやすみ、ジュリエット。
『惹かれ合う二人の心。互いの手に触れるまで。そう時間は、掛からなかった』
僕の言葉で二つ目の演目は、締め括りを迎える。
「停止」
録画が終わり、恋司さんが大きく伸びをする。
「お疲れさまでしたっ」
「—— 割と疲れんな。これ」
「体力よりも気力を持ってかれるっ!」
目頭を押さえる恋司さんとバルコニーから叫ぶ若葉さんに僕は、苦笑いを一つ。
疲れるのは、当たり前だ。
寧ろ、疲れたと言う一言で終わらせられる二人の方が可笑しい。
「どうしましょう? 三つ目、行きますか?」
正直に言えば。初日にしては、上出来だ。恐ろしい程、順調に進んでいる。
僕は、もう少してこずると思っていた。
「もう、お昼は過ぎてるよねっ!」
「練習も含めての過密なスケジュールだからなっ! 時間も食うっ!」
「確か—— 次は、短いんだっけ?」
「二つ目よりは……ですが、練習の時間も含めると」
場面の都合で三人共、大声で会話をしているのは実に滑稽だ。
でも笑っている場合じゃない。
「確実に次の五つ目と六つ目の改変が遅れるな……」
「やはり、止めておきましょうっ! 順調な滑り出しを台無しにしたくないので」
「でも……今、勢いがあるからっ!」
「とは言ってもお前の足も限界だろ? さっきから小鹿の様に震えてるぞっ」
「とても自然なやり取りでしたっ! あの本の内容をそのままやるよりも素晴らしかったですっ! きっと、今の感覚と手応えがあれば……次も素晴らしいものが出来上がるでしょう。でも今日、三つ目を撮り終えても。まだ、残り四つが控えてますっ!」
「お前の考えてる事は、手に取る様に分かるっ! 俺も集中力が研ぎ澄まされて最高の状態だ。だが、長くは、持たん。これで一区切りつけるのも長期戦を見据えた英断だ」
「うん……」
欲張れるなら欲張りたい。されど、後半の撮影に響く致命的な問題は避けたい。
大きな怪我に繋がれば、撮影が遅れる。それでは、本末転倒だ。好い加減、大声で話すのにも疲れたので一先ず、僕と恋司さんは、バルコニーの部屋へ向かった。
「よし。そしたら帰って小休止。そんでもって俺とネモは、改変作業。若葉は、小道具の準備。準備が終わったら俺達を手伝え」
「小道具の準備は、良いけど—— 何で手伝い? それは、恋司の担当でしょ?」
「仲間外れは……よくないと思ったんだ。いいか? これは、決して道連れなんかじゃない。仲良く三人で苦楽を共にする。つまり俺なりの粋な計らいだ」
「そんなもん要るか」
恋司さんの提案は、至極ごもっともだ。作成の段階から携わっていれば、情報の共有も早い。前日に台本を渡す工程が何度も続けば、若葉さんの負担になってしまう。
「遠慮すんな。楽しいぞ。後は、終わった後の疲労感で酒が最高に旨い」
「……」
「折角ですから。僕も若葉さんのアイデアとか、アドバイスを頂きたいです」
「ネモ君が言うなら——」
若葉さんの考えもこの『ロミオとジュリエット』に反映させたい。恋司さんと僕だけでは限界がある。それに共同の作業を重ねれば、一体感も生まれる。
幸い、僕の最後の一押しで若葉さんは、折れてくれた。
「決まりだな。よっこらしょっと」
「ちょっと! 何すんのっ——」
「もう歩けねーだろ? 俺が宿まで運んでやる」
「余計なお世話だっ。この馬鹿野郎っ」
今後の予定が決まると恋司さんが若葉さんをおんぶした。
いきなりの出来事に慌てふためく若葉さん。
「まあまあ。若葉さん、落ち着いて」
「ネモ君っ。この馬鹿、止めてっ」
「恥ずかしがんなよ。ほんと、素直じゃねーな」
「……思う所は、あるかもしれませんが。僕も若葉さんの体調を優先すべきだと」
「っ!」
もし、恋司さんの立場だったら僕も同じ事をしただろう。
無理をさせる訳には行かない。
一方で恋司さんの負担も懸念しなければならないのだが。
当の本人は、けろっとした顔で若葉さんを背負っている。
「人一人背中に背負って連れて行くのもかなりの労力です。幾ら、若葉さんが軽いとは言えども……恋司さん、無理しないで下さい」
「男は、意地張ってナンボだ。こんなもん、瘦せ我慢の内にも入らねー」
「左様ですか」
「——」
快活な笑みを浮かべる恋司さんとむすっとした顔の若葉さん。
二人の関係性は、謎が深まるばかり。
階段を降りる恋司さんと若葉さんの背中を見つめながら。
僕は、無言で肩を竦める事しか出来なかった。
*
一仕事を終えた夕食後。僕と恋司さんは、旅館の中庭にいた。
「今日のログインボーナス……やっぱり可笑しいです」
「そう言うなよ。もしかすっとこれも因果関係があるかもしれん」
「一体、何の役に……」
僕と恋司さんが中庭に居る理由は、単純明快だ。
庭園の片隅で僕達は、ちょっとした催しの準備をしていた。
「花火、良いだろ。花火。後、煙草貰えたのもラッキーだ。マジで吸いたかった」
「気分転換には、ぴったりですけど……あまり悠長な事をやっている暇は」




