ルーム
第三章 悲劇の始まり、始まり
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翌日。僕達は、準備を整えて『ジュリエットの家』と向かった。
僕の前を歩く恋司さんと若葉さんは、フォーマルな衣装に身を包んでいる。
勿論、僕も同じくスーツを着用していた。
服には、違和感が無いけど。ピカピカに磨かれた窮屈な革靴だけは、性に合わない。
終日、履いていたら靴擦れと足に響く振動で足がボロボロになるだろう。
「恋司さんと若葉さんは、靴大丈夫ですか?」
「ヒールの高さは、気になるけど。歩けない程じゃない」
「言うが、さっきから石畳の隙間に持ってかれてんだろ?」
気丈に振舞う若葉さん。だが、現実は違う。恋司さんが若葉さんの手を取って誘導している。因みに僕も二、三度若葉さんのハイヒールの踵が石畳の隙間に挟まってつんのめっているのを目撃していた。足元が暗いのも相まって相当、苦戦している。だから今の恋司さんは、若葉さん専用の杖なのだ。
「訂正しよう。ネモ君。丈夫さだけが取り柄な杖があるからだいじょーぶ」
「俺を杖代わりに使ってんじゃねーよ」
「ネモ君、杖が文句言う。うるさいからネモ君が支えて」
「実は、地味に革靴と死闘を繰り広げておりまして……恋司さんが適任ですね。背丈も若葉さんとほぼ一緒なので。若葉さんが転んだら僕も一緒に尻餅をつきます」
「私が重いとな?」
「いや、そう言うワケでは……」
地雷を踏んでしまった。でも大丈夫。僕には、ここぞと言う場面で頼れる大人の人がいるのだ。目をぎゅっと瞑り、絶望する僕にすぐさま助け舟が寄越される。
「俺じゃねーとダメだ。体重は、関係無い。ネモより軽いんだろうが—— 重心が傾けば、上から引っ張り上げねーとキツいんだ。ある程度の身長差と筋力が必要。しかもネモも革靴に慣れてないから靴擦れで死に掛けている」
今は、大きな背中がとても頼もしく思える。酒さえ絡まなければ。
本当に勿体ない。
「新品だから固くて。靭帯の辺りが擦れてヒリヒリしてます……」
「無理すんなよ? 何時も履いてる靴は?」
「持って来てます」
「なら、履き替えろ。お前の出番は、三つ目だ。それまで温存しとけ」
「はい」
恋司さんからのありがたい助言に僕は従う。
「何かさ……恋司ってネモ君には、凄く優しいよね?」
しかしながらまだ、終わっていない。単に僕が標的から外されただけ。いや、この場合は。恋司さんが敢えて分かり易い憎まれ役を引き受けてくれたと言うべきか。
「ああ? ナヨナヨしてるが—— 気概だけはあっからな。積極性のある奴が俺は、好きだ。自分で立って歩こうとしてる奴に。上手く歩けようアドバイスするのは、当然だろ? 寧ろ、若葉。お前に関しては、最大限の譲歩をしている所だが?」
「……」
若葉さんの気持ちも。恋司さんの立場も分かっている。だから余計、言葉にし辛い。
不穏な空気が流れ、僕は焦る。
「何方かと言えば—— 言葉の問題ですかね?」
「そりゃあ、お互い様だろ」
「もう良い—— 一人で歩く」
若葉さんは、そう言うと僕らを置き去りにして足早に街路を進む。
庇ってくれた恋司さんには、申し訳ないのだけど。
この場は、若葉さんの思いを汲み取る方が二人の為だ。
「ほら—— 恋司さん」
「何がだ? 俺は、常識の範囲内でものを言ってる。何も間違ってねーだろ?」
「時には、気づかいも必要ですよ?」
「ヘンに甘やしてもつけ上がるだけだ。ほっとけ」
「……」
言っている事は、正しい。若葉さんと僕に対して平等に接してくれている恋司さんには、頭が上がらない。肝心な時に頼ってばかりで申し訳なく思う。でもこの状況を放置すれば。何れ、崩壊が始まる。だから言わざるを得なかった。
でも違ったんだ。
勝手に俯瞰して。勝手に達観して。勝手に傍観して。
思い上がっていた愚かな僕は。この時、本当に何も分かっていなかった。
些細な出来事だったけど。これが最初の釦の掛け違いで間違いない。
「さて、此処が最初の撮影場所か……」
「そうです」
「結構、デカいな」
「そりゃあ、街を二分する名家の片方ですから」
「確かにな。邸宅も権威を象徴するもんでねーと」
そんな言い争いを経て僕達は、『ジュリエットの家』に辿り着く。
大きな邸宅を見上げながら呟く恋司さん。下見をしていない恋司さんにとっては、初めての来訪。率直な感想が出て来るのも致し方無い。
「で……ネモ君。どうするの?」
二人で屋敷を見上げていたら若葉さんからこれからの予定を催促される。
「はい。段取りですが—— お二人は、バルコニーのある部屋で待機。僕は、大広間へ」
「詳細は?」
「最初に大広間で良家の諍いについて僕が説明する所を撮影します。説明をしながら僕は、ドローンを持ってバルコニーの部屋へ向かいます。僕とドローンが部屋に入った瞬間からロミオとジュリエットの出会いをお二人に再現して貰い、お二人のやり取りが終わってから最後に僕が補足説明を加える手筈ですが—— 如何でしょう?」
「ああ、それで良い」
「異論なし」
予め、昨日の時点で完成している場面の台本は、恋司さんと若葉さんに目を通して貰っている。パズルみたく。後は、バラバラな小片を外側から枠に一つずつ嵌め込んで『ロミオとジュリエット』と言う名の一枚絵を作り上げるだけだ。
「音楽に関しては、大広間の楽器が自動で演奏してくれるみたいなのでそれを使います。大広間とバルコニーの部屋の窓を全開にすれば、会話を潰さない良い塩梅で音が届きます。微かな音色に沿ってお二人は、踊りながら会話を交わして下さい。これなら外野が存在しない夜会であっても違和感がありません」
人員が足りぬなら。それを必要としない場面に作り替えれば良い。その為のお膳立ても揃っている。昨日、楽器に挟まっていた紙に書いてあったのは、自動演奏の説明書きだった。ドローンも同じ。今回は、室内の撮影が多いので。予め、空撮以外に固定撮影の切り替え機能がある事も確認しておいた。どれも下調べたからこそ、得られた貴重な情報だ。
「流石に一度、似た様な事やってれば。上手く誤魔化す案を考えるなんてお手の物か」
「目から鱗……ネモ君。昨日の今日でそんな事まで考え付いてたの?」
だからこそ、僕は主役を演じられない。
物語の破綻が起きないよう。
徹底した管理が必要だ。
「計画を考えるのは、得意です。ですが、がっつりとこの内容に関わるロミオ、又はジュリエットを引き受けてしまうとその会話と動作も覚えないといけないので……」
僕の使命は、何事もなく二人を霊廟まで送り届ける事。
露払い。僕がこの場に存在する理由は、それに尽きる。
「まあ、てんてこ舞いになるわな」
「猶更、私達が適任って事だね」
「何も言わず、二つ返事で引き受けて下さったから此処まで構築出来ました」
二人の尽力を一つも無駄には出来ない。責任感が僕を突き動かす。
「僕は、読み上げる説明の練習。お二人は、会話とダンスの練習を」
「合点承知」
「ある程度、完成したらネモの説明と俺達の会話をお互い、見せ合う感じだな?」
「はい。それで問題なさそうであれば。実際の撮影へ移りましょう」
完成度。とは言ってもそれは、未知数。僕は、映像に写らないので前口上の読み上げだけ。前回の『兎と亀』を経験しているのである程度なら物語の雰囲気に沿える。
問題は、主役を演じる恋司さんと若葉さんだ。何処まで『ロミオとジュリエット』を踏襲しつつ、アレンジした台詞を自然に表現出来るか。演劇である以上、きっと一定の質も求められているだろう。だからこそ、僕は不安で仕方が無い。




