利害の一致ではなく。
第二章 酒盛りは、仕事の後で
褒められるのは、素直に嬉しい。若葉さんとの下見を踏まえつつ。
僕は、物語再現の原案を恋司さんへ披露する。
「僕の構想では、最初は夜会から始めようと考えています。冒頭の小競り合いは、単なる良家のいざこざを意識づけする為のものですから解説だけで十分かと。その解説を僕が読み、①ロミオとジュリエットの出会い、それと②バルコニーでの逢瀬を撮ります」
「良いな。それから?」
「次は、③二人の婚姻。④ロミオとティボルトの決闘を。婚姻での修道士ロレンスと決闘の相手ティボルトは、僕がやります。そして、⑤ロミオの追放と⑥ジュリエットの縁談とその縁談を破談にする為の一計も撮りましょう」
「其処までは、順調だな。そうなると後は——」
この『ロミオとジュリエット』の枠からはみ出さず。
三人と言う圧倒的に少ない人員で最後まで描く最短の道筋。
前回の成功体験があったからこそ、確実な一手を選べる。
だから僕は、自信を持って答えを出せるのだ。
「はい。⑦霊廟でのパリス伯爵との死闘と最後の自死で完結です」
「なるほど、七つの工程か。パリスもお前がやるのか?」
「その心算です。本来ならロレンスもティボルトもパリスも。屈強な体格の大人がやるべきなのですが……逆にロミオが恋司さんでないと若葉さんと釣り合いが取れません」
パリスも年齢の設定は、高め。ティボルトに至っては、剣技に長けた武人なのだ。
僕のヒョロヒョロな体格では到底、務まらない配役である。
其処まで拘るならがっしりとした体格の恋司さんにお願いしたい。
けれども逆に僕が若葉さんに釣り合うかと言えば、そう言う訳でも無い。
つまり、苦肉の策だ。
「まあ、それは誤差の範囲内だろ。お前が血の気の多いマセガキになりきって飄々とした俺に食って掛かる構図でもアリだわな?」
「本物に近づける必要はありますけど、それだけが本質ではありませんから。多少の改変は、許容範囲内だと僕も考えてます。寧ろ、僕もそっちの方がやりやすいです」
この『ロミオとジュリエット』も。シェイクスピアが他の長編詩から影響を受けた作品だ。独自の改変と昇華を経て世に生み出されている。著者自身もやっている事なのだから後発の僕達がより良き作品を目指しているなら多少、キャラクターの改変をしても二つ目のルール、『原作者の趣向、趣旨を生かす事』には抵触しない筈だ。
「言われれば。お前なら何でも出来そうだからなあ……」
「器用貧乏ですから」
それが僕の本質だ。
望まれれば。
帳尻合わせは、幾らでも受け持つ。
覚悟を胸に秘め、笑う僕に恋司さんは、少し寂しげな表情を浮かべた。
「ほんとにそう言う所は、へそ曲がりだな」
「誉め言葉として受け取っておきますね」
「食えない奴だよ。お前って奴は」
恋司さんからも了承を得られた。
後は、文章を紡ぐだけ。
徐にパソコンにインストールされている文章作成ソフトを開く恋司さん。
「そしたら本から文章を落とし込んで再構築だ。おっ……旧型だと思ったら音声入力出来るな。と言うか、貰えたのは良いけど。気になるのが。何で今更、こんな旧式の——」
不意に恋司さんが口にした些細な疑問。その疑問が思わぬ引き金となった。
苦痛で歪む恋司さんの顔。震える手を額に当てながら恋司さんは、姿勢を保とうと全身に力を入れていた。突然の異変に僕は動揺する。
「大丈夫ですかっ! 恋司さんっ」
「っ! 何でもない。急に……眩暈と頭痛がしたんだ」
「遂に無茶な飲酒の反動が——」
「ふざけてるんじゃねーよ。ガチのガチだ」
二日酔いなら最初からその症状が出ていた筈。
僕と若葉さんが外出している間も寝ていたから酒も大分、抜けているだろう。
「頭をガツンと何かでぶっ叩かれた様な……」
「僕、叩いてませんからね?」
「わあってる。例えるならって話だ。因みに俺は、至って健康だ。持病は無い」
「単なる体調不良で無いのなら……もしかして?」
持病の線も考えたが。それなら出会った当初から今に至るまで何かしら兆候があり、事前の対策も出来た。ならば、恋司さんの異変の原因は一つしか無い。
「断片だが、頭の中に映像みたいなのが流れ込んで来た。これりゃあ、俺が記憶喪失前の記憶か? ……くっそ! まだ、頭の中がぼんやりしてやがる」
「無理しないで下さい。一度、休憩を挟みましょう。内容の出力だけなら僕でも出来ますから恋司さんは、横になって下さい」
恋司さんの手を掴み、僕は体を支える。
「助かる……目が回って作業も出来ね」
僕は、恋司さんを静かに床へ横たわらせる。
致し方が無い。確かに人手は、減った。
恋司さんには、気の毒な話だけど。
それは、同時に事態の進展でもあるのだ。
記憶の復活を皮切りに。物語再現の手掛かりが増えるかもしれない。
想定していたよりも早い事が唯一の気掛かりなのだが。
「役に立ってなくてすまない——」
「いえ、話し相手がいるだけで有難いです。こんな風に議論を重ねないと僕も考えが上手く纏まりませんから。お気になさらず」
恋司さんを刺激しないよう僕は、本を広げながらキーボードで台詞をパソコンに打ち込む。暫くの間、キーボードの小さな打鍵音だけが室内に響いた。
「因みに……何かはっきりと思い出せた事、ありました?」
「いや—— これと言って今の状況に関する事は何も無し。ただな——」
「何か?」
矢張り、玄香と茉白の時と同じ。最後の二人には、報酬として記憶の復元がなされていた。この遊戯をクリアし、正式な報酬としての記憶復元でなければ。突発的に思い出したものも朧気で。強い感情に由来する当人の情念しか出て来ないのだろう。
「よく分からんが……若葉の顔だけが幾つもはっきりと見えてる」
「そうですか……」
少しでも手掛かりがあればと恋司さんに問いかけてみれば。
思わぬ、答えが返って来た。
『矢張り、この遊戯には。それぞれ何かしら関係性の深い人間が呼び出されている』
ならば、僕も恋司さんと若葉さんに纏わる何かが存在しているに違いない。
それもこの遊戯をクリアすれば、詳らかになるのだろう。
「泣いてる顔、怒ってる顔、じっとり睨み付けて来る顔」
「何だか、酷い所ばかりですね」
「後は、笑ってる顔」
「ふっ—— 掘り起こせば、もっと素敵な瞬間が出て来るかも」
「やめろ、やめろ。俺にそんな繊細さは、備わってねーよ」
僕が聞いてもいないのにポツリ、ポツリと恋司さんが呟く。
腕の下から見える恋司さんの口元は、自然と緩んでいた。
猶更、僕は二人の間に挟まるワケには行かない。
「文章起こしたら教えてくれ—— そっからは、俺も仕事する」
「この会話通りにやれば良いのでは?」
「それじゃあ、駄目だ。三つ目のルールが死ぬ。少なくとも会話に俺と若葉の雰囲気を滲ませねーと。ネモは、俺達に合わせるだけで良い。あくまでも主題は。『ロミオとジュリエット』だからな。その二人を生かすか、殺すかで俺達の命運が決まる」
「なるほど……流石です。恋司さん」
僕の役割は、決まっている。二人の考え方を最大限に生かす事だ。裏方として。また、指揮を執る者として進むべき道を切り開けるなら。与えられた役割を全うしている。
無理に僕が個性を出す必要は皆無だ。
「舐めるなよ? 後……あんまりにも会話が長いと若葉が覚えられねーからな」
「そんな懸念まで——」
今は、触れない。
その言葉は、記憶と繋がったから自然と恋司さんの口から出て来る思いだから。
思いを秘めて僕は只管、目の前のパソコンと向き合った。




