小さな一歩
第二章 酒盛りは、仕事の後で
無音の空間。高い天井とシンプルな内装。正面にある祭壇は、知識の無い僕でも圧倒されてしまう程、作り込まれている。幾つかの蝋燭に照らされた堂内は、ホラーとは無縁のものだった。神聖な不可侵領域と言えば、良いだろうか。
「外観と違って。内装は、とても綺麗ですね」
「確かに……これならそんなに怖くないかも」
「あまりくっつかれると動きにくいのですが……」
「何かあったらどうするの? 責任取ってくれる? 万が一、傷物になったらネモ君が最後まで私の面倒を見るんだよ?」
「恋司さんにお任せします……」
「寧ろ、こっちが面倒を見ないといけないでしょ」
「確かに」
僕の両肩に食い込む若葉さんの指。背後で辺りを不安げに見渡す若葉さん。
されど、口から出て来る皮肉。これでは、余裕があるのか、無いのか分からない。
「大体、此方も確認出来ましたね」
「うん」
此処も舞台として申し分ない。想像と現実が結びついて行く実感。
僕の構成も次第に研ぎ澄まされて行く。
「後は、地下の霊廟だけですね」
「こうもとんとん拍子で進むと変に勘ぐっちゃうね」
「まあ、遭遇してくれる生き物が存在しないのですが。でも何か、トンデモナイものに遭遇しても。それは、それで問題でしょう?」
「逆にこうも殺風景だと。私達で熱烈歓迎しないといけないね」
「お墓でどんちゃん騒ぎ何て—— 寝ていらっしゃる方々に迷惑ですから止めて下さい」
「こんな冗談一つでも言わないと気が気でないんだ」
「ヘンな強がりを……」
冗談は言えても依然として僕の肩には、若葉さんの五指が食い込んでいる。
「流石に地下のお墓は、寒気がする」
「ひんやりしてますね。心地が良いです」
「ネモ君って。何があっても動じなそう」
「僕まで怖がってたらお話になりませんから」
「二人して尻込みしてたら入るまで時間が掛かってたもんね……」
燭台を拝借し、足音を響かせながら地下へと続く階段と廊下を歩き。
目指すは最後の地。
「おっと、お墓が見えて来たよ」
「立派な石棺ですね」
石造りの壁に囲まれ、部屋の中央に鎮座した荒削りの石棺。
「此処が最後の場所か……何だか、物悲しいね」
「言ってもホントに永眠する場所ですから。寧ろ、これだけ静かな方が落ち着きます。騒がしい所に放って置かれてもそれは、それで困ります」
「その冷静な所感が一番、怖い」
「まあ、僕達が訪れるにはまだ早い場所です。此処も僕達の居場所ではありません。通過点でしかありません。さあ、全て確認が出来たので戻りましょうか」
棺が確認出来れば、もう此処に用は無い。勿論、外に出ても暗闇が待って居るのには変わりがないけど。それでもこの息の詰まる窮屈な地下室に比べれば、幾分かはマシだ。
僕の提案に若葉さんも頷く。
「うん。そうしよう。何だか、あったかい物が飲みたい気分」
「緑茶と和菓子何てどうでしょう?」
「さては、朝ご飯のメニューを引き摺ってるな? 別に私は、和食だけが好みってワケじゃないよ? 朝の始まりは、和食って決めてるだけ」
「左様ですか——」
和食や和菓子が好みだと思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
階段を上がりながら指を振る若葉さんに僕は、苦笑いを一つ。
「因みに今は、お紅茶とおケーキの気分」
「何でも『お』を付ければ、上品になるものではなく……」
「イタリアだとおティラミスか——」
「全力で押し通すその姿勢……尊敬しますよ」
「褒めても何も出ないよ?」
「期待はしてませんよ」
コロコロと鈴虫が鳴く様に笑う若葉さん。
その横顔を見てしまうと、どうしても心が揺り動かされてしまう。
「でもさあ、これって一回で撮り続けないといけないわけでそ?」
修道院の門を潜り、街路へ出ると若葉さんから不意に質問が飛んできた。
「はい。そうですね。一区切りずつ撮ります。本来なら効率を重視して同じ場所で違う場面も撮りたい所なのですが、それだとごちゃごちゃになってしまうので毎回、移動です」
ドローンの録画は、一回きりで編集の機能や機材も備わっていない。
前回の『兎と亀』と同様に始まったら最後まで通しで撮り続けなければならないのだ。
「なるほど——」
「だからこの『ロミオとジュリエット』は二、三日に分けて撮って行こうと考えてます」
「流石に一日で行ったり来たりして完成は、難しいもんね」
「はい。一日に全て詰め込んでしまうとこんがらがってしまいますし、焦りで何か仕損じる事も。何よりも疲労で最後まで体力が持ちません」
「まあ、私は動けない事も無いんだけど……恋司は、無理だね」
「僕も自信がありません」
ペースを早めたい欲はある。
けれども台本も出来ていない現段階でそれは、無理がある。
他にも小道具の説明にも時間を費やしたい。
だから必要最低限の日数で乗り切ると最初から決めていた。
僕達は、本物の『ロミオとジュリエット』では無い。
この街に訪れてから無理に五日で全てを終わらせようとすれば。
必ず後でトンデモナイしっぺ返しを食らうだろう。
それこそ、物語の結末と同じ末路を辿ってしまいかねないほど。
僕達は、思った以上に危うい橋を渡っている。
「仕方が無い。気長にやってこ」
「はい。特別、制限はありませんから。何よりも完成度が重要です」
「よし。では、退散」
「はい」
若葉さんの号令ともに僕は、宿へと戻った。
*
「さあ、ネモ。午後からは、俺と猥談タイムだ。心して掛かれ」
「止めて下さい……そんな気、さらさら無いでしょうに」
「男二人揃ったら話題なんざ、そんなもんだろ。他にあるか?」
「僕は、一刻も早く仕事に取り掛かりたいのですが……」
決して修学旅行の夜では無い。まあ、夜である事には間違いないけど。
若葉さんとの昼食後。恋司さんの使っている客室で。僕と恋司さんは、パソコンの画面の光に照らされながら台本の作成に取り掛かろうとしていた。
「そう言うとこだぞ、ネモ。男は、何時までも女の尻を追っかけるのが性だ。お前には、一番大事な熱意と言うもんが欠けている」
「はあああ——」
訳の分からない説教に苛まれながら僕は、頭を抱える。失敗すれば、全てが台無しになる重要な工程なのだから。もっと真面目に取り組んで貰いたいものだ。僕の気苦労など、気にも留めず。恋司さんは、机に置かれたパソコンを顎でしゃくりながらにやりと笑う。
「それにしてもあれだなあ。パソコンも貰えたのは、ラッキーだ」
「紙とペンで格闘してたら本当に何日も掛かりますからね……」
「要点を纏めるだけでもかなり時間を要する。しかもあれこれ書いて……散らばった紙の中から必要な情報を探すのは、骨が折れるぞ」
「これならファイル毎に分けられますから探す手間も省けますし、殴り書きの判読不明な文字もありません。会話文の作成が難関ですね……」
作業の面では、効率化が進んでいる。しかしながらそれが、本題では無い。
勿論、恋司さんもそれは分かっている。
「其処が一番の問題だ。だからお前が必要だった。単なる参考文献の要約だけなら俺でも事足りたが……今回は、違う。俺達の都合に合わせた内容の改変だ。そうなると精通しているお前の知識がどうしても肝心だ。男だけにな。若葉じゃあ、話にならん」
「……若葉さんが居たら確実にスリッパで頭を叩かれてますよ?」
「居ないから好き勝手言えるんだろうが」
「はあああ……」
胸を張って誇らしげに笑う恋司さん。
僕の心労は、限界を迎えそうだ。
「余興はこれくらいにして本題に入るが—— ネモ、大体の段取りは考えてるな?」
「はい、大枠は。今は、それを文章にして土台固めをしたいです」
「流石だな。その頭の回転の良さは、俺も頼りにしている」
「有難うございます」




