特別な拘り?
第二章 酒盛りは、仕事の後で
「余計な質問しちゃった……ごめんね?」
「いえ、改めて気を引き締められました。有難うございます。若葉さん」
「ほんとに真面目で良い子だよね。ネモ君は。アレにも見習って欲しい」
「まあ、恋司さんは恋司さんで考えがありますよ。きっと。だって抜け目が無い……いいえ、違いますね。言葉にもブレがありませんし、考え方も筋が通っていますから」
「手と足は、ブレブレだけどね」
「酒にだらしが無ければ—— 僕も大いに見習いたいのですが」
「まあ、無理だよ。昨日も言ったけど、アレの性質だから」
大なり小なり欠点があっても。
肝心な時に見せる恋司さんの気丈さを僕は、見習いたい。
でもそれは、言わないでおく。
きっと、若葉さんも知っているに違いない。
そんな会話を重ねて行く内に気が付けば、目的地の近くまで来ていた。
「さて、最初の目的地ですが……見えて来ましたね」
「ごめん、何処に向かうか聞いてなかった」
「先ずは、全ての始まりとなった場所。ジュリエットの家ですね」
「それが正式な名称なの?」
「モデルとなった十三世紀からある邸宅ですから。特に正式な邸宅の名称は無いんですよ。ほら、『ぐぬぬポイント』にも書いてあります」
「ほんとだ。亀の子がぐぬぬしてる」
篝火に照らされた古い街並みの一角に聳え立つ豪奢な五階建ての邸宅。
其処こそが最初の目的地。『ジュリエットの家』だ。
僕がガイドブックを開きながら簡単に説明すると。
一緒に覗き込んでいた若葉さんも納得して頷く。
「早速、中庭へ向かいましょう。例のバルコニーがある筈です」
「うん」
門を潜り、僕達は中庭へ向かうと目当てのバルコニーが見えた。
レンガ造りの邸宅から少し突き出たバルコニー。
物語では、其処でジュリエットが中庭にいるロミオと愛を囁き合ったのだ。
だが、歴史的な観点からみれば、話は少し違う。バルコニーは当時、存在していなかった。後の世になってから目の前にあるバルコニーは、設置されている筈なのだ。
言ってしまえば、これはレプリカ。
当時の風景をそのまま、再現しているように見えて内情は、違う。
無論、『ぐぬぬポイント』にも記載がされてあって茉白がぐぬぬしている。
「此処がそうなのか——」
「意外とこじんまりとしていますね」
「まあ、あんまり目立つ派手なとこだと密会何て出来ない」
「確かに」
眉間に皺を寄せる二人は、単なるマスコット的な要素で加えられているのではなく。
実は、この世界が孕む矛盾に対してぐぬぬしているのかもしれない。
「夜会は、確かこの邸宅内で開かれたよね?」
「はい。そうです」
「なら、内見もしないとだ」
「ええ。後は、バルコニーも行きましょう」
「だね」
二階から見える下の景色を眺めた後、上階の大広間へ向かう僕と若葉さん。
「会場は、当時のままを再現されていますね」
「誰がどうやって管理してるのかなあ」
「仕組みは、分かりませんが。宿と同じと考えた方が」
「拘っても仕方が無いか……そうだね。此処で躓いてる暇はない」
絢爛華麗に飾り付けられた無人の大広間を前に僕達は、立ち竦む。上流階級の世界を垣間見た平民の子と例えれば、今の僕達の心境を理解して貰えるかもしれない。
食卓に並ぶ空の皿。その他にも雅な調度品がセンス良く並べられてある。そして奥のスペースには、奏者のいない楽器達が陣取っていた。楽器が気になり、近寄って見るとその内の一つに紙が挟まっていた。その紙を見て僕は、ほっと胸を撫で下ろす。
一方、若葉さんは調度品を品定めするかの様に見つめていた。
「大体、見て回ったね」
「ええ、ばっちりです」
「なら、次に行こう。次」
最早、探検しに此処へ訪れたと言っても過言では無い。一通り、邸宅を見て回り、満足した僕達は、また無人の街路へと飛び出す。
「次は、出来るだけ時系列通りに回りたいので—— 次は、ロミオとジュリエットが婚姻を上げた修道院とロミオとティボルトが決闘をした広場ですね。修道院は、目的地が決まってますが。問題は、広場です……」
「広場何ていっぱいあるから特定出来ないよね」
「そうなんですよ。まあ—— 人目も憚らず。民衆の集まる中、派手にやってますので。それらしい所をと言いたいのですが……」
「私達しかいないから再現が出来ない」
「はい。ですから僕は人気の無い適当な路地裏で撮ろうと考えてます」
こればかりは、どうしようも出来ない。だから僕は、この苦境を逆手に取る。
「それなら恋司とネモ君だけで何とかなるね」
「多少、改変は必要ですけど。親友のマキューシオを殺されたロミオが一対一の果し合いを申し出た事にすれば、違和感なく進められます」
「なるほど。後からロミオの果たし状と共にティボルトの死体が発見された事にすれば、疑いの余地は無い。上手く繋がるね」
この改変に至った理由は、他にもある。それは、他ならぬ僕と恋司さんにあった。
無論、それをこの場で説明しても仕方が無いので敢えて割愛する。
「なので最悪、果し合いの場は宿の近くで見つければ良いので後回しでも構いません」
「なら修道院は、必ずだね」
「そうですね。最後の霊廟も修道院地下にあるので。参りましょう」
この下見は、情報収集だけに留まらない。
僕自身が考えた筋書きの答え合わせの意味合いも兼ねている。
現段階で何処まで僕の考えた稚拙な策が通じるか。
先読みした上で何重にも策を巡らせる。
これが器用貧乏な僕に出来る精一杯だった。
*
「着いたは良いけど……夜に来るもんじゃないね」
「古めかしい外観と薄暗さも相まって。まるでお化け屋敷です」
「だよね……ほんとに入るの?」
「中を確認しない事には、始まりませんから」
邸宅とは対照的な暗がりの中に聳え立つ修道院。
何も無いと分かっているとは言え。足を踏み入れるには少し勇気がいる。
「ヤバいね—— 何か出て来そう」
そう言いながら苦笑いを浮かべる若葉さん。
「大丈夫ですよ。『ぐぬぬポイント』に彷徨う亡霊は、出て来ないと明記されてます」
今度は、玄香が眉間に皺を寄せている。その意味はきっと、この地下に埋葬されている死者が本来は、存在しない事を指し示しているに違いない。
「ピンポイント過ぎて逆に怖いよ。このガイドブック」
「もしかして若葉さん、こう言うのあまり得意じゃなかったり?」
「得意、不得意の基準が分からないけど……驚かされるのは好きじゃない」
「僕が先行しますので大丈夫ですよ。頼りにして下さい」
「頼もしい限りだよ。ネモ君」




