路頭に迷う。
第一章 はじまり、はじまり
金髪女子と世界征服系黒髪女子はやっと目覚めてくれた。
僕の手握ったまま、大きく伸びをする兎の子と口元に手を当て欠伸を押さえる亀の子。そしてされるがまま、左右から引っ張られる僕。
「あの—— 起きて早々、申し訳ないのだけど。僕の手、放してくれない?」
「手? 手なんて……あたし、握って無いよ?」
「ふむ? どーゆうこと?」
ずっと閉じたままだった瞳が開かれる。金髪の前髪からは、青い瞳。黒髪の下からは、赤い瞳。焦点の合わない目で二人は、手元から伸びる腕を辿り、僕へ行き着いた。それから揃って不思議そうに首を傾げる。僕に出来る事と言えば、肩を竦めるくらい。
「っ! 御免なさいっ!」
「あれま、ほんとだ……」
亀の子は、慌ただしく。兎の子は、ゆっくりと照れ笑いをしながら僕の手を離してくれた。やっと戻って来た自分の手。二人も起きてくれたので晴れて自由の身となった訳だが。問題は、まだまだ山積している。此処からが本題だ。
「と言うか……何がどうしてこうなっての?」
「あと……此処は、何処?」
「その疑問は、僕も分からなくて……もしかしたら君達が知っているかもしれないと思って起こしてたんだ。どんなに揺すっても起きてくれなかったんだけど」
「残念ながらお役には立てないみたい」
「あたしも……」
両手を上げる兎の子と黙って首を横に振る亀の子。想像が現実になってしまった。
矢張り、先ずは辺りを探索して情報を集めなければならない。何か、この場だけでも知る事の出来る手掛かりは無いものか。腕を組んで考え込む僕。二人も足を動かしてアヒル座りになり、何かを考え始める。少しの間、静かな時間が流れた。
「ましろも何が何やら—— さっぱりだ」
「……」
「やっぱり……そうだよね」
三人揃って集められた理由もどうして此処まで来たのか。この場所が何処かさえも分からないのだから仕方が無い。仕組まれた意図が分からない以上、疑心暗鬼が頭の中にどうしてもちらついてしまう。第一、僕は二人の名前も知らないんだ。信用出来る根拠も皆無。疑いが過るのも時間の問題だった。この場にいる自分以外の二人が本当は全てを知っていて。嘘をついて騙しているのかもしれない。若しくは、二人の両方が黒幕の線もあり得る。悪い考えを振り払おうにも抗えない。だって信じられるのは自分だけだから。
「それにしてもだだっ広い草原。他は、なんもナシ」
「見覚え無い……」
兎の子が周囲を見渡しながらぽつりと呟くと亀の子が相槌を打つ。これも芝居の一つで心の中では、困惑する僕を嘲笑っているとしたら。葛藤する僕の気も知らず、兎の子が握り拳でもう片方の手を軽く叩いた。
「そもそもだよ? 君は、どこのどなた?」
「……あたしも聞こうと思った」
疑念では無く、純粋な疑問。二人は、僕とは違った。疑う事を知らない純真無垢な二対の瞳が僕に集中する。そうだ。僕は名乗りもしていなし、彼女達の名も聞いてもいない。疑念を持つ前に最低限の礼儀は通すべきだった。勝手に先走った事を心の中で恥じながら僕は、名乗ろうとしたのだけど。
「ごめんね。自己紹介がまだだった。僕は—— あれ? 僕の名前……」
一切の記憶が存在しない。戸惑った僕は、声が出せなかった。此処までどうやって来たのかだけではなく。それ以前の記憶さえも。一体、自分が何者なのか。分からない事だらけで頭が真っ白になった僕は。呆然と二人を見つめ続ける。
「どうしたの? だいじょーぶ?」
「体調不良?」
額に脂汗を浮かべ、動揺を隠せない僕。そんな僕に二人は、心配そうな表情を浮かべながら近寄って来た。明滅する思考。前後不覚に陥った僕は、左手を頭に当てながらか細い声で途切れ途切れの言葉を紡ぐ事しか出来ない。
「いや……そうじゃなくて。僕の。自分の名前が—— 思い出せない」
「ええ——」
「一大事じゃん……もしかして記憶喪失ってやつ?」
「かも……しれない。名前だけじゃなくて。すっかり全部、抜け落ちてる。僕が何者で何処から来たかも……これまで何をしていたのかさえ—— 分からないんだ」
「落ち着いて。大丈夫。単に気になったから聞いただけだよ」
「うん。ゆっくり思い出してから教えて。こんな事で焦る事ない」
焦りが更なる焦りを呼ぶ。情けなさで視界が歪む。全てを失った心細さで今にも目から何かが零れ落ちそうになる。負の連鎖に陥り、僕が捻り出した言葉は、たった一言。
「ごめん……」
「謝る必要なんてないっ。寧ろ、君を困らせちゃったのはましろだし。こっちこそ、ごめんなさいだよ」
「知らなかったとは言え、あたしも同罪。ごめんなさい」
「いや、君達が謝る必要は無い。だって当たり前の事を答えられない僕の方が——」
「だめ—— そんな顔しないで……何でか……知らないけど。あたしまで悲しくなる」
卑屈になり、俯く僕。そんな僕の顔を誰かの両手が優しく包み込んだ。確かに感じる手の温もり。そして、その温もりに何故か懐かしさを覚える。すっかり僕は、その熱に縋り切ってしまう。暫くして落ち着きを取り戻した僕が見上げるとやんわりと微笑む亀の子がいた。その微笑みのお陰で気負っていた僕の心は、軽くなる。
「やめい、やめい。ならこうしよう。この中で悪い人は、誰も居ない。仕方がなかった。それで良いでそ? 君も無暗矢鱈と自分を追い詰めないで? 困ってるのは、この場に居る三人共なんだからさ。少なくとも此処が何処で.どうして集められたか。それが分かるまでは、助け合いが大事。いわゆるそうごふじょってヤツだ」
そう言ったのは、亀の子の後ろで眉間に皺を寄せて少し不機嫌そうな兎の子。言っている事は、ごもっとも。一先ず、自分の事は片隅に置いて。状況の打破が最優先だ。
「だね。良い事、言うじゃない?」
「むふっ—— カワイ子ちゃんに褒められるのも悪い気はしないなあ……」
「止めてよ。何か、褒めたのに損した気分……」
「愛い奴じゃ、近こう寄れ、近こう寄れ。愛でて進ぜよう」
「うざっ!」
後ろから亀の子に覆い被さって抱き着く兎の子。
されるがまま、少し照れた様子でそっぽを向く亀の子。
「ははっ」
まるでコントの様な掛け合いだ。思わず、笑いが込み上げて来る。
「やっと、ちょーし取り戻したね? そのちょーし、そのちょーし」
「うん。しかめっ面何て似合わない。笑てる方が似合う」
「—— ありがと」
笑う僕を見てそっと胸を撫で下ろす二人。
「気を取り直して—— そしたらましろ達が自己紹介をしよう」
「そうね。じゃあ、言い出しっぺからどーぞ」
「いいの? 後の方が期待度上がっちゃうゾ?」
「んなっ!」
唐突に立ち上がり、胸を張る兎の子。役立たずの僕からしてみれば、有難い。これで少しだけでも事態が進展する。どんな些細な事でも良い。言わば、この三人は無作為に集められた烏合の衆。情報の共有と共通認識を構築する事で意思の疎通もスムーズになるし、それ自体がこの出来事を解明する糸口にも成り得る。僕が僅かな展望を見出している横で二人は、呑気にじゃれ合いを続けていた。
「まあ、最初の掴みがバッチリだったからね……よゆーがあるのもとーぜんか。何て言ったって世界征服の夢を見てるんだから—— おもしれー女じゃん?」
「世界征服? 夢? いったい何の事?」
飽きもせず、小悪魔な兎の子は、生真面目な亀の子をからかう。涼しげな青い瞳を細め、顎に指を掛けながらにやりと笑う兎の子に亀の子は、困惑している。
「起き抜けに『後少しで世界を手に入れられる』とか言ってたの忘れた?」
「確かに……言ってたね」
「ほえ? ほんとっ? 見てた夢の内容も思い出せないし。言った事も覚えて無い……」




