今は、まだ眠い。
第一章 はじまり、はじまり
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一番初めに目を覚ましたのは、僕だった。心地良い風が肌を撫でる感触、香しい花々の香り鼻を擽り、そして揺れる影と日の光が瞼を通して僕に覚醒を促す。ぼんやりとした意識が次第にはっきりとして行く。頭にへばりついた眠気を振り払って目を開く。
目の前に広がっていたのは、開けた緑の草原とその先に広がる青々とした森。
僕が居る場所は、その草原に一本だけ生えた大木の下。
見上げると凭れ掛かっている大木の枝葉が揺れている。
だから影と光がちらついて見えたのだ。
目の焦点があって視界が徐々にはっきりしてくると、僕は違和感を覚えた。
ぼんやりとした形容の出来ないそれに対して無性に煩わしさを感じる。
しかしながらそんな些細な事へ気を取られている場合ではないんだ。
僕にはやり遂げねばならない事がある。
出所の分からない謎の使命感が僕の心を急き立てた。
それには先ず、もっと僕の置かれた状況を詳しく把握しなければならない。
手と足の感覚も精細さを取り戻し、指先を試しに動かして見ると即座に頭の指令を受けて微かに動く。立ち上がって辺りを見回して見よう。
僕は腕に力を入れて上体を前へ傾けようとしたのだけど。
両足が何かにがっちりと固定されて身動きが取れない。
もっと言うと。今まで何故、気付かなかったのか分からないのだけれども。太腿に重たい何かがのしかかっていた。正面の目に映る情報ばかりに気を取られて下まで気を回せていなかった。耳を澄ませば、風音の合間に微かな息遣いが二つ聞こえて来る。
この時点で僕の足にのしかっているのはものではないと気が付く。
僕以外に何か生き物がいる。
果たしてそれは人なのか。それとも人ではない動物か。
得体の知れない何かの所為で穏やかな景色に似合わない緊迫感に僕は苛まれる。
今この瞬間にも僕は、その何かに危害を加えられてもおかしくはない。
僕は恐ろしさでぎゅっと目を瞑った。
暫く恐怖に慄いて体を微かに震わせているとその振動で太腿にいる何かが身じろぐ。
その瞬間、僕は自分の最後を悟った。もう終わりだ。諦めるしかない。
恐怖に屈し、自分が襲われる情景を瞼の下で思い浮かべながら最後の時を待つ。
そんな風に僕は、潔く間近に迫る死と向き合っていた訳だけど。
一向に何も起きない。
背中を伝う冷や汗、胸の鼓動も早い。悪戯に時間を引き延ばされているだけで命を脅かされている状況は変わらず。座して死を待つくらいなら最後くらい自分らしからぬ選択をしても良いかもしれない。そう考えた僕は。正体を暴いてみようと思った。
恐る恐る、足元へ視線を向けると金髪ショートヘアに兎の耳を付けた女の子と亀の甲羅の様な格子模様のベレー帽を被ったゆるめのパーマをかけた黒髪の女の子が僕の太腿を枕にして横たわって居た。兎の子は、黒のへそ出しトップスにタイトなデニム。亀の子は、紺色のノースリーブのニットと白いロングスカート。今どきの服装は、分からないけど、それぞれ自分の特徴に似合った着こなしをしている。
同じ人間だと確認が取れ、死の恐怖から解放されて思わず、安堵で体の力が一気に抜けて行く。如何やら僕は、命拾いをしたらしい。本当に生きた心地がしなかった。湿り気を帯びた手を何度も握っては開き、まだ自分が生きている事実を噛み締める。それと同時に僕の頭の中で疑問が浮かび上がった。
人であるのは分かったのだけれども。何故、兎の耳を付けた人間と格子模様のベレー帽を被った女の子二人とこの地に居るのだろうか。一貫性の無さもさることながら目の前に広がる景色との関連性も無い。危難は去っても不条理さは相も変わらず、居座っている。
勿論、考えた所で情報が少な過ぎるから結論には辿り着ける訳も無く。
「ぬっ——」
「むぐっ——」
僕が思考の迷路で立ち往生していると下から間の抜けた寝言が聞こえて来た。二人は、意識を失っているのではなく、呑気に眠りこけている。観察したと言うよりも見た瞬間、一目瞭然なのだけど。寝相からそれぞれの性格が滲み出ている。
金髪の女の子は腕と足を投げ出して仰向け。黒髪の女の子は小さく丸まって横向き。
大胆で警戒心の無い金髪の女の子の顔つきは幼く、逆に慎重で小心者な黒髪の女の子は大人びている。共通しているのは、寝顔が穏やかで安心しきっている所くらいだ。
少しの間、二人の寝顔に視線を奪われてしまったのだけれどもぼんやりとしている場合ではない。先ずは、二人を起こして少しでも情報の収集をしなければならない。
もしかすると二人は、この場所が何処で何故、この場に三人が集められたのかを知っているかもしれないのだ。
「寝てるところ……申し訳ないのだけど。起きて貰っても良いかな?」
声を掛けながら二人の肩に手を当てて軽く揺すってみたのだけれども。
「起きるの苦手……後、一時間—— まだ、眠い」
「昨日。とっても頑張ったの……もう少し、寝かせて」
思っていた以上の突っ込み所が満載な回答がそれぞれから返って来た。朝起きるのが苦手と言うのなら分かるのだけど、起きるのが苦手なら普段の生活にも支障が出る筈。絶対に嘘だ。そもそも一時間も待って居られない。そんな見た目通り自由奔放な兎の子とは正反対の生真面目そうな亀の子は、眉間に皺を寄せながら疲れが滲む声で唸った。きっと昨日は、本当に忙しかったのだろう。同情するけど。この置かれている状況では、その言い分を聞いてあげられる余裕は無い。
「ごめんね。本当は、君達の気が済むまで思う存分、寝かして上げたいのだけど……如何やらそう言うワケにも行かないんだ。頼むから……目だけでも開けて」
「……うるちゃい」
「しずかに——」
もう一度、肩を揺らして起こしてみるも二人は身を捩ってしぶとく抵抗して来る。諦めずに肩を揺すり続けるも諦めの悪い二人は両手で僕の手を包み込んで完全に動きを封じて来た。足と手を取られた僕にもう出来る事は何もない。
「どうしたものか……」
こうなってしまっては、二人が自然に目覚めるまで待つしかない。尤も冷静に考えてみれば、二人が目覚めて話が出来たとしても全ての謎が明かされる確実な根拠は、何処にも無い。結果として残るのは、体の自由を取り戻せるくらいだ。それで何が出来るのかと言えば、この広い平原を当ても無く歩き回って探索して終わり。始まる前から結末が見えていた。一人だけ先に目覚めた所為で待ちぼうけ。僕は、途方に暮れた。
愈々、考えが煮詰まって頭上の大木をぼんやりと眺めていると。不意に穏やかな風が流れ、そっと二人の前髪を撫でた。
「しつこいっ」
「後少しって言ったじゃん……」
その微風が引き金となって二人がもぞもぞと体を動かして起き上がる。これまでの僕の努力は一体何だったのだろう。まるで北風と太陽の例え話みたいだ。何方にせよ、これでやっと話が始まる。僕は、期待と不安を胸に二人の反応を待つ。
「っく—— 全く何て日だあ。今日は、寝て曜日の筈だったのに——」
「後少しで。セカイの全てを手に入れられる所だったのに……」
もっと素直な寝覚めの言葉が欲しい。どうして一々、言葉の返しに困る事ばかり二人は言うのだろうか。まあ、寝て曜日に関しては幾分かマシな方だ。夢の中での恐ろしい出来事に関しては、心の中に闇を抱えているのでは無いかと変に勘ぐってしまう。




