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第一章 朝が来ない街
あっさりと快諾して貰えるとは思っていなかった。
「……引き受けて貰えるんですか?」
「だって此処を出る為には、仕方が無いもの。別に誰がやろうと一緒だからね」
「そんな事ぐらいでぶつくさ文句を言う程、子供じゃねーよ」
「助かります」
再度、僕が確認を取ると味噌汁を啜りながら頷く若葉さん。ほぼ同時に『ロミオとジュリエット』を流し見する恋司さんからも気の無い返事が返って来る。
「そうとなれば、さっさと終わらせちまおう。先ずは、下準備と段取りの組み立てだな」
「下準備って何するのさ?」
「若葉、お前。此処には、三人しかいないんだぞ?」
「登場人物が多いので本の要点を抜粋した会話と進行を組み立てないといけません」
「その他にもやる事は盛り沢山。もし、この街が本と完全に同期しているなら出来事が起きた場所も抑えとかねーとならねーし。後は、必要な物資もかき集めないとならねえ」
「なるほど……手分けして取り組まないと日が暮れる所騒ぎじゃなくなるのね?」
「暮れてくれる日が無いんだがな……ぼんやりしてたら何日も。いや、下手をすると一カ月は、此処に幽閉されちまう。幾らタダ酒が飲めてもそれは、御免だ」
「兵は、神速を貴ぶもの。さっさと終わらせて美しい朝日を拝もうじゃないか」
この場にいる三人の利害は、最初から一致している。確固たる指針があれば、了承を得られるのも早い。後は、実際に動き出すだけ。
「それでは、先に下準備の役割分担から」
「俺は、抜粋を担当しよう」
「私は、下見を」
「僕は……何をしましょう?」
主だった仕事を取られ、僕は困惑する。
「ネモは、あれだ。俺と一緒に抜粋だ。流石に俺一人だとちと骨が折れる」
「いいや。ネモ君は、私と下見に行くんだ。英語読めないから心細い」
「あはははっ——」
「お前は、大丈夫だろ? 迷っても死なねーよ。こっちは、プロジェクトの根幹を担う重要な要素だ。コイツの知識がねーと話が進まねー」
「下見だって同じく重要だよ。ちゃんとした場所見つけないとどれだけ立派なモノが出来ても無意味だね。書き物なら一人でも出来るだろう。さては、さびしんぼうなのかな?」
えげつない意地の張り合いを仲裁すべく、僕は二人に提案する。
「恋司さん、若葉さん。落ち着いて下さい。ならこうしましょう。完了するまで午前中は、僕と若葉さんで街の下見。午後は、恋司さんと抜粋。これなら問題ないでしょう?」
「ネモがそう言うなら。午前と午後に関しては、敢えて目を瞑ってやる」
「私は、構わないけど。無理は、禁物だよ?」
何方も重要なファクターとなる。僕が携わらねば、主軸から外れて思わぬ障害を生みかねない。今回は、物語を知るオブザーバーとしての役割と二人の意思を統合するネゴシエーターの役割が求められている。相変わらず、立ち回りが難しい損な役だ。
「大丈夫です。お二人に重要な役割をお願いしているのですから。僕もそれくらいしないとダメです。そうなると後は、物資の調達ですが……」
「この宿でこれと言って使えるもんは、無いな。町中の家を荒らすか……」
「人様の家の箪笥を開けたり、宝箱から盗んだり、壺割ったりするのは……少々、気が引けるけど。致し方が無い。尊い犠牲だ」
「壺は、割る必要は無いだろ。後、宝箱は何処から来た?」
「此処は、中世のヨーロッパだよ? 収納は、そう言うのしかない」
「言われてみれば、確かにそうだなあ——」
自然とRPGの主人公みたいな考え方に至るのは何故だろう。これも収斂進化の如く、収束する思考が成せる業か。だが、三人で罪を犯す必要性は皆無だ。
「そんな空き巣紛いな事をしなくても物資に関しては、僕に心当たりがあります」
「マジかよ?」
「流石、ネモ君」
僕と若葉さんの皿も空っぽになった。丁度良い頃合いだ。
「前回と同じなら一日に一回、必要不可欠な物資が支給されます」
「なんだそりゃあ?」
「どう言った仕組みなの?」
「僕にも詳しい事は、分かりませんが。物は試しです。玄関へ向かいましょう」
「其処に用意されてるってのか——」
「行ってみよう」
「はい」
二人を誘い、僕は玄関へと向かう。すると思った通りの展開が待って居た。
『Login Bonus』
「大きな宝箱と小さな宝箱……しかも無駄に豪華。後。やっぱり表記は、英語。此処まで拘るなら旅館もホテル仕様にすべきだよね——」
「下らねーツッコミをしてる場合か」
「ネモ君の言った通りだ……両方とも貰えるの?」
頭を抱える僕の横で大きな溜息を吐く恋司さんとはしゃぐ若葉さん。
本当に掴み所が無い。後、欲を言うなら何方かのテンションに統一して欲しい。
「何方か片方だけです。何方にしましょうか?」
「何事も大きい方が良い。何せ、夢がいっぱい詰まっているからな」
「大は、小を兼ねる。お手洗いに限っては、違うけど」
「はああ—— では、大きい方で」
こう言う意思決定だけは茉白と玄香と違い、無駄に統一されている。
余計な一言には、目を瞑り。僕は、大きな宝箱を開けた。
「衣装に—— 雑貨がいっぱい。後は、カメラ付きのドローンとマイクが三つだね」
「服は、あれだなあ—— よくのメリケンの高校生達がプロムで着てそうなヤツだ」
「時代にそぐわないね」
言いたい放題の二人に僕は、肩を竦める。
「逆にこの時代の服の着方って分かります?」
「分からん」
「分かるワケないでそ?」
「ならこれが最適解ですね——」
「確かに」
「それなら仕方ないね」
理詰めで説明すれば、素直に納得してくれるので話を進めやすい。
「ドローンとマイクは。昨日も説明した通り。本の内容の再現を撮影する為です」
「こうも全てを言い当てられると愈々、お前を頼るしかないなあ」
「だね。心強いよ」
「そう言って貰えると……僕も助かります」
衣装や撮影機材よりも。問題は、用意された雑貨だ。
「後は、この雑貨だけど。色々と雑多だね」
「中に液体が入った大瓶と空っぽの小瓶が一つずつ。何も書いてない羊皮紙の束、短剣と仮面、剣が二振り。後は、古ぼけた指輪が一つ。どれを取っても一貫性が無いな。ネモ。これ全部、必要なのか?」
「はい。本に出て来る重要なアイテムばかりですね」
「なるほどなあ……」
「これだけあれば、何とかなりそうだね」
一つ一つ確認しながら僕は、与えられた物資を回収する。
「これで当面の問題は、一通り解決ですね」
「そしたら自由時間か?」
「ああ、働いた、働いた。とっても疲れたよ」
気を抜いたら直ぐに脱力モードへ突入する癖だけは、如何にかして貰いたい。
細い腕を上げ、大きな伸びをする若葉さんと玄関からそのまま街へ繰り出そうとする恋司さんを僕は引き留めるべく、口を開く。
「そう言いたいのは、山々ですが……折角の時間が勿体ないのでこれから本の内容を恋司さんと若葉さんの頭に叩き込みましょう」
「そんな無体な……」
「お前、そんなに俺達を馬車馬の様に働かせるなんて……意外と鬼畜だな」
「ぶっつけ本番は、嫌ですよね?」
「……」
「ネモ君の鬼、悪魔、学校の先生」
「若葉さん、それらを先生と同列に扱うのは……如何なものかと」
「同じだよ。同じ。こっちの事なんて何にも考えてないんだから」
何と蔑まれようとも。成功の確実性を高める為ならば、容赦はしない。
全力で縋りつく恋司さんと若葉さんの腕を振り払いながら僕は、鼻を鳴らす。
「酒は?」
「無論、駄目です」
「気分転換に散歩しながらは、どう?」
「歩きながらだと、本の字がブレるので辛いです。気分転換で交互に音読をしましょう」
「ほんとにお前って奴は—— 優等生ちゃんだなあ。頭撫でてやんよ」
「ネモ君……きっとモテない。もっと柔軟な思考がモテるよう。おまじないが必要だ」
泣き落としでも駄目だと分かった瞬間、二人は掌を返して僕をからかう。
二人から頭をこねくり回され、僕は不機嫌になる。
「子供扱いですか……言っておきますが、我儘を言って僕を困らせているのは、お二人ですからね。本当に困った人達だ——」
「急がば回れじゃないけど……焦ると事を仕損じるよ?」
「そうだ。そうだ。タイトなスケジュールを組むと何か致命的な欠陥があっても気付かない。バッファを設けて俯瞰した視点から状況を整理しないとだなあ——」
「小賢しい言い訳だけは、大人じみてる……」
一理ある。でも今の段階で危惧する必要は無い。
梃子でも動かない僕に二人は顔を見合わせて肩を落とす。
「わあった、わあった。やりゃあ、良いんだろ?」
「途中で寝てしまったら—— ごめんね」
「安心しろ。ネモ。じゃじゃ馬の扱いには、慣れてる。もし、若葉が寝たら俺が優しく耳元で囁いて起こすから問題ない」
「その提案は、有難いのだけど。条件反射で拳が飛ぶかもしれないから気を付けてね?」
一歩進んだかと思えば。いつの間にか、二歩下がっている。
何とも世知辛い世の中だ。
『頼もしいのか、頼もしくないのか。本当に掴み所の無い二人だ。前途多難だなあ』
こうして僕達は、一日かけて読み合わせを始めた。
勿論、途中でラウンジから酒場に場所を移したのは、言うまでも無い。




