はい、到着。
「意外と壮大な話になって来たね……ネモ君の話に信憑性が出て来たよ」
「頼りにしているぞっ。少年っ」
「何とも……不安なのですが」
両肩に乗った二人からの期待に僕は、気後れする。
「しかもお前。まだ、話しきれていない事があるだろ?」
「隠していた訳では無いのですが……全部をお話すとこんがらがると思って」
「なら私たちは、お酒抜くのが先か——」
「そだな。わりかし真面目に考えねーと」
話さなかったと言うよりも。話せなかった。一遍に情報をダラダラ垂れ流しても残念ながら聞き流されてしまうだけだ。後で聞いた、聞いていないが始まってしまうので僕は取捨選択し、敢えて情報を小出しにしている。
「でだ、ネモ。どっか宛てはあるか?」
「この世界でも同じであれば、きっとある筈です」
「何が?」
「完全無欠のお宿が……」
「どう言う事だよ?」
「ワケが分からない」
あれだけは、どんな状況下におかれても僕は、絶対的な信用を寄せている。
勿論、あればの話だけど。
「まあ、歩いていれば。自ずと姿を現すと思います」
「仕方が無い。歩くか」
「酔い覚ましには、丁度良い」
恋司さんと若葉さんを引き連れて暫く歩いていると心待ちにしていたものが見えた。
『The accommodation is ahead.』
「ご丁寧に英語表記……」
「何とも。直球な英訳だ……分かり易いのは、助かるが」
「何て書いてあるの?」
石畳の道の先に少しだけ見える見慣れた外観。僕は、ほっと胸を撫で下ろす。
そんな僕の隣で困惑する若葉さんへ恋司さんが説明をしてくれた。
「宿は、この先だとさ」
「なるほど……もしかしてネモ君が言ってたのってこれ?」
「そうです。恐らくこの先に僕達専用の宿泊施設が用意してあります」
「何とも怪しいな……」
「そうですね……僕も初めての時は、疑いましたよ。それでも四泊しましたが、特に何も起きませんでしたので。何の変哲もない快適なお宿です」
雀のお宿で一度、態勢を立て直す。それが今、僕の選べる最善の選択だ。
「お風呂は?」
「ありますよ。部屋の内風呂と後は、大浴場も」
「それは、素晴らしいね。是非とも厄介になりたいなあ」
全てが揃った快適な環境。何より二人と過ごした名残が僕の心を癒してくれる。
それこそ、宿に辿り着けば。二人に会えるかもしれない。
そんな淡い期待を持ってしまう程に。
「その他には?」
「食堂とラウンジがあります。それ以外は—— 余裕が無くて館内の探索はしてません。でももしかすると歩き回ったら他にも出て来るかもしれませんね……」
「お前、もう少し遊び心と言うモノをだなあ——」
「しょうもない。ほら、行くよ」
「待てよ。話は、これから——」
「煩い。どうでも良い。早く」
急き立てる若葉さんに背中を押され。僕と恋司さんは、宿へ向かう。
宿までの道中。僕は、気になった事を二人へ聞いてみる。
「そう言えば—— どうして夜が明けない事に気付いたんですか?」
「ネモよ。そもそもの話だ——」
「酒場に居座ってたのは、この街に私達以外の人間が居るか確かめたかったんだ」
「酒場に入り浸っていれば、誰かしら人が来るかと思った。けど、一向に誰も来ない。さり気なく外の様子と砂時計も観察してた。そしたら違和感に気付いた」
なるほど、僕にとっては盲点だ。最初から三人しかいない世界に慣れ切っていたので他に人が居る事等、思いつきもしなかった。目から鱗が落ちるとは、正にこの事。
「なるほど、そう言う事だったんですね……」
「お前、違和感無かったのかよ?」
「前回も僕を含めて人は、三人だけだったので。違和感は、あまり——」
「確かに。一度、似た様な状況を体験してたら慣れて疑問にも思わなくなるね」
「それなら仕方が無いか……」
他に人が居たとしてもそれが役に立つかは、分からない。それよりも今は、目の前にある限られた人員と物資でどう課題を乗り切るか考える方が賢明だ。
確かに二人の咄嗟の機転で夜が明けないのも気が付けたけれど。
それはこの街で一日過ごしていれば、自然と辿り着いていただろう。
何方かと言えば、二人のアンテナをどう課題に向けさせるか。
それが僕にとって重大なミッションだ。
「で、これがお前の言ってた宿か」
『The Sparrow’s Inn』
態々、雀のお宿まで英訳する必要はあったのだろうか。まあ、強い拘りがあるのだろう。不思議なのが物語の舞台は、確かイタリアの街だった筈。この場合であれば、スペイン語であるべきだ。でも作家のシェイクスピアなのでイングランド出身で英語であっても可笑しくは無い。もし次があるとすれば。作家若しくは、物語の舞台となる国の言語表記になるとすれば、興味深い。逆に前回の兎と亀が何故、日本語で表記されたのかは、気になる所だけど。とは言っても古代ギリシャ文字で表記されても僕や茉白、玄香の三人は読めなかっただろう。言ってしまえば、これは黒幕のさじ加減で決まる事に変わりはない。
「なかなか良さそうな所じゃないか。見た目が和風な旅館の所為で浮いてるけど」
僕の一番言いたかった事を若葉さんが代わりに言ってくれた。
見慣れた外観のお陰で迷わずに辿り着けたのだけど。情緒が台無しだ。
一方、恋司さんは特に気にもかけず、大きな欠伸を一つした。
「寝られりゃあ、何処でも同じだ。さっさと入るぞ」
「はい」
「うん」
こうして僕達は、慌ただしい初日を終えた。
だが、これは序章に過ぎず。
寧ろ、此処からが始まりなのだ。
僕達の物語再現は。
*
見慣れた客室のお陰で。僕は、一安心して眠る事が出来た。窓の外は相も変わらず、星と月が輝く夜空と暗闇が支配する世界。恋司さんと若葉さんが言った通りだ。
この街は、夜が明けない街。脱出しない限り、お日様を拝められない。
「さて、朝食を食べに行こう……いや、昼食か? それとも……夕飯?」
時間の経過が可視化されないと本当に困る。
朝焼けと共に青く染まる空がこんなにも恋しくなってしまうとは。
誰が想像出来ただろう。
ぼんやりとした視界で客室の時計を見ると時刻は、一時を指していた。
「昼食って事にしよう」
酒の席に付き合ってはいたけど。
ジュースとお茶ばかり飲んで固形物は一切、口にしていなかった。
「よしっ——」
シャワーも浴びて準備は、万端。
胸のポケットに仕舞ってある大事な宝物を取り出し、力を貰う。
それから仄暗い不気味な廊下を歩き、僕は食堂を目指す。
「『ロミオとジュリエット』もしっかりと読み込まないと……」
そう。今回は、『兎と亀』みたく容易ではない。何せ、長編の戯曲なのだ。かなりの改変をしなければ、絶対に再現など出来ない。登場人物の多さもさる事ながら場面の展開も目まぐるしい。行く手を阻む問題は、山積みだ。
お馴染みの食堂で定番になった王道の朝食を選び、席に着く僕。湯気の立つ珈琲を見て僕の頬が勝手に緩む。前よりも気の抜き方は、上達したと思う。『ロミオとジュリエット』の本を片手に優雅な朝食を楽しんでいると食堂の扉が開いた。
「おはようございます。若葉さん」
「おはよう。ネモ君。早いね」
「僕は、お酒飲んでませんから。若葉さんこそ、体調は?」
「体を動かすのが唯一の取り柄だから。アルコールの分解も早いのさ」
「それは、迷信に近いような……」
食堂に顔を出したのは、若葉さんだった。昨日は、かなり羽目を外していた筈なのに。
体調を万全に整え、顔色も優れている。化粧のノリもばっちりだ。
大きく伸びをしながら向かいの席に座る若葉さん。
第一章 朝が来ない街




