浪漫チックと言われれば。
第一章 朝が来ない街
また、始めからやり直さねばならない。その歯痒さが僕を苛立たせる。
「そうなんです。前回もお二人と同じく女の子達から首を傾げられました」
「これと同じ本だったの?」
「いいえ。内容は違いますが。系統は、同じと思って頂いて差し支えないです」
「ふーん——」
けれども。本質自体は、変らない。物語の再現。
それが全てだ。覚悟を決めて取り組めば、自ずと答えが見えて来るだろう。
「それで俺達は、何をすれば良いんだ?」
「全く同じなら課題の攻略は、シンプルです。本に書かれている内容を連れて来られたこの地で再現する事。問題は、その再現する内容なのですが……」
不幸中の幸いと言って良いのかは、分からないけれど。僕は、あの課題から生きてこの地に足を踏み入れた。前回の成功体験が強みになる。
「制限と言べきか……ルールが後、三つあります」
「聞かせろ」
「教えて」
前回の手探り状態から幾分か、僕も進歩はしている。この課題のルールが肝心だ。
それを頭の片隅に置いて貰えれば、効率は格段に上がる。
「一つ目は、この本の内容を違和感なく、完結させる事。二つ目は、書いた作者の趣向と趣旨を尊重する事。そして、最後にその役に扮する人達の思考と感情を尊重する事。以上の条件を満たしていれば、達成です」
無論、一筋縄では行かない筈だ。僕と言うアドバンテージがあるのだから。
今回の難易度もそれに合わせて上がっているに違いない。
それがこのゲームを仕掛けて来た黒幕のスタイルなのだ。
「そしたら何が俺達を評価するんだ?」
「恐らく、カメラ付きのドローンが今回も貸与されるのでそれに全ての工程を録画して提出。評定は、この茶番を仕組んだ黒幕に委ねられます」
「中々に理不尽だね」
「ええ……前回もかなりの苦労を強いられました」
何度も失敗を繰り返した。その過程は、決して無駄では無い。
いや、無駄とは呼ばせない。どんな手段を使っても二人を取り戻す。
それが今の僕の目標だ。
「だが—— お前さんの言う事を全部、鵜呑みにするってのもなあ」
「そうですね。僕の言葉が正しいと証明出来るものは、今の所ありませんから」
「疑ってるワケじゃないよ? ごめんね。でもすんなりとはいそうですかって言うのもあんまりじゃない? 私も彼も。自分の頭で考えないと駄目ってハナシ」
「勿論。僕の知っている事が全てではありませんから」
初対面な筈なのに。不思議と二人の息は、ぴったりだ。未だ、疑いを持たれても仕方が無い。僕の言い分が正しいと証明出来るものがないのだから。僕は、久礼さんと天王寺さんの三人で信頼と共通の目標を作り上げねばならない。
「話を纏めると……今のところは、相手の出方を待つしかないって事だな」
「はい……」
「なら、仕方が無い。此処でお酒を楽しむしかないって事だね」
「よしっ! 決まりだな! 存分に溺れてやろうじゃねーか」
「何だかなあ……」
話がとんとん拍子で進んだと思えば、すぐさま停滞してしまう。
だが、久礼さんと天王寺さんの言う通りだ。現段階で先走っても足りないものが多過ぎて立ち往生してしまうのが、目に見えている。どっしりと構えてじっと待つ。
見誤る事無く、適切なタイミングで好機を手繰り寄せる。
前回もそうだった。
「因みにネモ君。君は、見た所未成年みたいだから駄目だよ?」
「分かってますって……」
「夜はこれからだ——」
「そうですね……」
でも僕は、この時先の事ばかりが気になって足元が疎かになっていた。
酒飲みが持つ終わりの無い欲求と言うモノを。僕は、軽んじていた。
酒何て飲んだ事が無いから知らないのも当然。
だから実際に直面するしかない。
こうして最初の地獄が始まったんだ。
*
「久礼さん……」
「何だよ? みずくせーな。恋司で良いよ。で、何だ。ネモ」
「結構な時間、長居してまいす。そろそろ出ませんか?」
もう、彼是七時間は経っている筈。因みに僕が何故、正確な時を刻む時計が無い中世ヨーロッパの世界で時間の感覚が分かったのかと言えば。店に砂時計があったかだ。
その砂時計は、『1hour』と書かれたプレートが付いており、上の砂が無くなったら謎の仕組みで上下が逆さになる。それが七回回転しているのを目にした。
茉白と玄香の時と同じで恋司さんと天王寺さんを知る良い機会だと思って話をしていたのだけど。流石の僕もこの長丁場には、疲れてしまった。
「いや、まだだろ? 若葉?」
「意外とご飯も美味しいし、お酒も豊富だからね。しかも全部、無料。もう少しだけ居たいかな? 駄目かな? ネモ君」
「天王寺さんがそう言うなら……」
「私も若葉で良いよ。そっちのお馬鹿は、断りも無く呼んでるし」
「馬鹿で悪かったな。馬鹿で」
「良かった。自覚があるみたい。ネモ君は、あんなのになちゃ駄目だよ?」
「……善処します」
さらりと提案を流され、僕は天井を仰ぎ見る。このまま、何時までも此処に居る訳には行かない。今は、今回も用意されているだろうあの宿に帰って風呂に入り、眠って仕切り直しがしたかった。それが叶わないならせめても『ロミオとジュリエット』に目を通しておきたかったのだが、それも許されない。
「ネモっ! 男ってのはなあっ。馬鹿じゃないと駄目なんだぜ? これくらい自由奔放な方がモテる。所謂、危険な香りってヤツだな」
「その危険な香りってのは、主に吐しゃ物の臭いだね。全くもって馬鹿馬鹿しい」
「誰が吐くか。よゆーだろ。こんなん」
酒臭い二人に挟まれ、僕は辟易する。そんな無為な時間を過ごしていたワケだけど。
窓の外の景色に目を向けてみたら不意に疑問が湧き上がる。
「それにしても可笑しいですね……」
「ネモもそう思うか?」
「目が覚めた時は、確か……真夜中だったよね」
「真夜中かどうかは、分からねーけど。しっかりと夜だった」
窓辺に駆け寄り、夜空を見上げると一番上には、まだ月が輝いていた。
「月の位置がまだ真上です……もしかして夜が—— 明けない?」
「だな。流石に七時間も居てこの暗さと月の高さは異常だ。勿論、逆も然り」
「昼下がりに此処へ来たのなら最初は、明るくて今頃から暗くなる筈」
夜の九時から居たとしてもあの高さにあるのは、あり得ない。
「ピンポイントで極夜が起きる何て在り得る? しかも冬じゃないし」
「確かめる。二人共、外へ出るぞ」
「はい」
事態の急展開に僕も慌てる。直ちに影響は無いものの、薄気味悪い。
当たり前にあったものが当たり前で無くなる世界。日が昇らない事等、前代未聞だ。
「星の位置は、どうだ?」
「特定の星座……此処が北半球であれば。カシオペヤなら一年中見える筈です」
「季節の兼ね合いがあるから難しいけど……この気温なら今は、春か秋だろうね」
月だけでは無く、時間の移り変わりのヒントとなる星座で僕達は、現状把握を試みる。
「ある。高い位置だから秋だね」
「ずっとあの位置にあるのは、あり得ない」
「つまり……この世界は、ずっと夜のまま?」
「可能性は、高い。一度、何処かで休息を取るか。それではっきりする筈だ」
恐らく推測は、当たっているだろう。予想を裏切る形で足元から狂わせられた。
「昼夜逆転ならまだしも……日がな一日真っ暗だと感覚が完全に可笑しくなる」
「慣れるしかない。それか。ネモの言う通り、課題をクリアすれば、或いは——」
「此処から抜け出せると?」
「今の所、ネモの言葉を信じるしかないだろ? そもそも可笑しな世界に迷い込んでんだ。同じ度合いの可笑しな出来事があっても可笑しくは無い」
「……見つめられると困るのですが」
死に直結するものじゃないけど。問題は、地味に深刻だ。改めて自分達の置かれている異常事態をこんな形で理解させられるとは。僕も思っていなかった。




