ねじ込んだ配役
第五章 兎と亀
*
朝。僕が考えた最強の計画を二人に説明すると散々、怒られた。
昨日、二人の想いを傍で耳にしていたにも関わらず。
いけしゃあしゃあとのたまえたものだと。
二人からの非難を受けた。
でも。それこそが僕なのだ。
器用貧乏と言う言葉が相応しい僕だからこそ出せる解決策。
それは、二人に亀を演じて貰い、僕が兎を演じる事。
少なくともこれならばルール通りの答えになる。
一、 指揮者は、物語を違和感なく、完結させる事。
一つ目のルールは、あくまでも寓話通りの展開で終わらせれば良い。つまり、亀が二人になる事を禁じていない。また、指揮者としての役割を与えられた僕が寓話の登場人物を演じる事も同様に許可されている。即ち、第一関門は突破しているのだ。
二、 指揮者は、原作者の趣向、趣旨を生かす事。
二つ目のルールは、この寓話の持つ教訓を損なってはならないと言う事。それは、油断大敵。または、地道な努力が当て嵌まる。残念ながら二人の意見を取り入れてしまえば、二つ目のルールが即座に破綻してしまう。だが、僕が兎に成り代われば、話は別。稚拙で独善的な寓話の教訓は、確実に保たれる。
三、 指揮者は、演者の思考、感情を尊重する事。
今回、これが一番の難関だった。恐らく、茉白と玄香だけで物語を完成させると言うバイアスがかかったままだったら無理難題だ。一方は、二人一緒のゴールを求め、もう片方は、自己犠牲を貫き通そうとするのだから。それも僕が間に入ってしまえば、話は変わる。今の僕ならば、怠惰で思い上がった兎を演じる事が出来る。
昼まで粘って二人を説得し、渋々了承を貰えた。
不満たらたらの二人を引き連れ、僕はスタート地点へ向かう。
もう戻って来られない可能性もあるので全員最初の服装だ。
「……まだ、納得してないかんね」
「右に同じ」
「もう、終わった話でしょ?」
「ぜんぜん」
「だって昨日の話は、ネモ君だって——」
文句を言う割には、化粧から気合いの入り具合が見て取れる。
二人を燃やすのに必要なのは、最後の一押し。
僕は、敢えて寂しげな笑みを浮かべる。
「実はさ。少し寂しかったんだ」
「どうして?」
「なぜに?」
「いやね。二人には、役が貰えてて。僕は、文章を読んでるだけだった。仲間外れにされているみたいで。ちょっと、腑に落ちていなかった」
「……」
「——」
嘘だ。僕はそんな事、少しも思っていない。何せ、空っぽな僕だ。嫉妬なんて感情に揺さぶられるだけのトラウマや境遇を持ち得ていない。しかも全容が分かっているのだから兎と呼ばれても何も感じない。寧ろ、今までの僕が正にそんな怠惰で思い上がった兎だったから。素直に受け止められる。だからこんな嘘も突き通せてしまう。
「それって何か——」
「ずっこい」
「何とでも言ってくれ。今は、楽しいんだ。茉白と玄香と作るのが」
まだ、不貞腐れている茉白と玄香の前で僕は、晴れやかに笑う。
でもこの言葉だけは、嘘では無い。心からそう思う。
そんな僕を前にして茉白と玄香は、肩を竦める。
何処までも続く青い空の下で。
「さあ、始めよう」
僕達の物語改変を。
ナレーションと亀の台詞は、二人が交互に担当。僕は、全力で兎を演じる。
亀の帽子を被った茉白と亀の鞄を背負った玄香に僕は、目配せをした。
「開始」
僕の合図で物語が始まる。
『むかし、むかし。あるところに自由奔放な兎と生真面目な亀がおりました』
「かめさん、かめさん」
「なんだい? うさぎさん」
「かめさんは、なんでそんなにあしがおそいの?」
「そんなことはないよ。ぼくだってはやくはしれるよ」
『道を歩いていた亀に兎が問うと亀は、怒りました』
「ほんとかい? ならぼくときょうそうをしようじゃないか」
「ああ、よいとも」
「ここからあのおおきなたいぼくのはんたいがわにあるいけまできょうそうだ」
「のぞむところさ」
『始まりの合図で走り出す兎と亀。兎はあっという間に草原を風の様に駆け抜け、小高い丘にある大木まで一直線。一方、亀はのっそりのっそりと歩みを進めます』
今の僕は、不遜な兎を演じられているだろうか。
そんな不安を胸に抱きつつ、僕はとことん兎と向き合う。
『兎は、丘の上の大木まで辿り着くと後ろを振り返ります』
「かめさん。まだ、あんなところをあるいてる。ならすこしくらいのんびりしてもだいじょーぶだね。こかげでひとやすみしちゃおう」
一目散に駆け出して大木に辿り着いた僕。眠る振りをする前に僕は、全ての始まりである大木を感慨深げに見上げた。五日前の僕は、何も知らぬまま。此処で目を覚ました。ほんの少し前の出来事なのに。懐かしさを覚える。
もしかするとずっと目を覚まさなければ。こんな面倒事には巻き込まれなかったのかもしれない。でも今は、巻き込まれて良かったと思えてしまう。
その理由は、後ろを振り向けば分かる。
ゆっくりと歩きながら此方を目指す二人の姿がその答えだ。
僕は、二人を見守りながらゆっくりと大木の根元に横たわった。
『そう言うと兎は、野原にごろんと横たわり、居眠りを始めます』
「まだ、たいぼくまでとおいなあ……」
『一方、亀はまだゆっくりと走っている途中。走り疲れて足は、棒。喉も乾いて息も途切れ途切れ。それでも亀は、諦めません』
「ぼくは、あきらめないよ」
『亀は、やっとの思いで大木へと辿り着きました。そして、大木の下で眠りこける兎を一瞥すると丘を下ってお池へ向かいます』
二人の台詞を耳にするとどうしても笑いが込み上げて来る。通り過ぎた二人を見届け、兎のカチューシャを指で回しながら僕は、不遜な態度を取り続ける。
見ているか。下らないゲームを仕掛けて来た黒幕よ。
今の僕は、誰よりも一番希望を胸に抱いているぞ。
そう心の中で僕は、独白する。
『丘を下り。亀は、お池まであと少しの所まで辿り着きました』
木陰で寝転んでいると、矢張り睡魔が襲って来る。瞼が重くなってうっかり、演技を忘れて眠りこけてしまいそうになる。微睡乍らも二人がゴールの池へ辿り着く直前で体を起こす。さあ、最後の締め括りだ。舟を漕いでいる場合ではない。
「しまったっ! ねすごしたっ!」
『昼寝をしていた兎が飛び起きて辺りを見渡すと亀は、お池の目前』
「まだまにあう」
『兎は、一目散に駆け出してもの凄い速さで亀を追い掛けます』
今更だが、この時間がとても名残惜しく感じる。達成にばかり目を向けていたが、その先に何があるかまでは今の今まで全く考えていなかった。もし、これで終わってしまったら僕達は、どうなってしまうのだろうか。
「かめさんには、まけられないっ」
「ぼくもうさぎさんにはまけられない」
離れ離れになってしまうかもしれない。
若しくは、三人で新たに別な課題に取り組むのかもしれない。
それともこれで終わり、三人の記憶を返して貰え、解放されるかもしれない。
どれも憶測の域を超えず。
相も変わらず、行く末は分からぬまま。
でも僕達ならどんな未来が待って居ても必ず再会が出来る。
何故なら記憶を失ってもまたこうして集まる事が出来たのだから。
『最初にお池へ辿り着いたのは亀でした』
僕の前を行く二人が先にゴールのバックボードを潜る。
愈々、待ちに待ったフィナーレだ。
「やったっ! ぼくは、がんばったよ。かったー」
『勝った亀は、嬉しくなって飛び跳ねます』
「はあ……まけちゃった」
『負けた兎は、がっかりして肩を落としました』
飛び跳ねて喜ぶ亀と肩を落とし、落ち込む兎。
「でもうさぎさん。いっしょにかけっこができてたのしかった。またやろうね」
「こんどは、まけないぞ」
『兎と亀は、笑って握手をし、互いの健闘を称え合います。おしまい』
茉白と玄香の締め括りで物語は、最後を迎える。




