そうじゃなきゃイヤ。
第四章 雨降って地固まる
物語の根底に対しての違和感。道徳を説く為、意図的に歪められた現実。それが玄香の抱く違和感の正体。その違和感を更に助長させた理由は。
「あたしは、あたしが負けるべきだと思ったの。書いてある内容何て関係無い。亀は、亀で己の領分を弁えて。自分の長所を忘れず。その結果を受け入れるべきだって。そっちの方が自然だと思ったの。それにね——」
聞いているだけで胸が痛くなる。己と亀の境遇を重ねた玄香の決意。
玄香の言葉は止まらない。
「それにね—— あたしだったらましろよりももっと上手く負けられると思った」
「しずっ!」
「聞いて、ましろ。だってましろは、素直であたしみたいに捻くれていない。そんなましろには、負け何て似合わないって思ったの。それにね、最初の時……あんなに早く走るましろの後ろ姿を見たら……自然と勝てないって思ったんだ。だから。だから……結果が出るならそれで。皆と笑って達成出来たら。あたしは、笑って白旗を上げられる」
一気にまくし立てる玄香。
「説明は、終わり……全部、言えてすっきりした」
苦しい胸中を押し殺し。玄香は、健気に笑う。
「……ダメかな? こんなあたしって」
「駄目だよ。ぜんぜん、駄目」
一方、茉白は。怒りで歯を食い縛っていた。どんな時でも澄んでいた青い瞳。
でもこの時ばかりは、不穏な影が宿っていた。
「ふざけないで。それってましろの事、ぜんぜん考えてくれてないっ。しずの独り善がりだ。そんなお情け—— ましろは、欲しくない」
「そうだね。全部、あたしの独り善がり」
低い声で唸る茉白。玄香の独善には到底、納得出来ない。
ならば、茉白も自分の考えを包み隠さずはっきり述べるべきだ。
己の言の葉で。
「そしたら次は、ましろ。教えて。貴女の事」
「っ!」
今度は、茉白の番。
「ましろは……ましろは」
「ゆっくりで良いよ」
ぐちゃぐちゃになった感情。怒りと悲しみが入り交じっている。
だが、肝心なそれを向けるべき相手が居ない。
「嫌だよ。そんなの。何で—— しずばっかり。だってましろは、ましろは、笑顔で終わらせたかったんだもん。何でしずがそんな自分を蔑ろにしないといけないの? そんな事、あって良いワケが無い。しずが苦しいのならましろだって苦しいしたい。しずが頑張るならましろだって頑張りたい。しずが笑顔ならましろだって笑顔したい」
何処までも子供じみた主張。だが、それは茉白の本質を如実に物語っている。
「ほんとに……貴女って子は」
「だって—— 誰かのじごぎせいの上に成り立つ幸せなんて嬉しくもないよ。皆で一緒に不幸せになった方が何倍もマシ。ましろは、ましろは。最初の挑戦で駄目だった時。思ったの。馬鹿真面目にやって駄目ならこんなの意味が無いって……兎と亀が決着をつける意味がそもそも無いんだもの。訳の分からないじじょーを押し付けられて勝手に兎をましろに割り当てて……しずに亀を割り当てた。その意味も教えられずに。真似事をするだけならまだ許せた。でもましろ達の意思を混ぜろって話なら話は別」
自分を重ねていたのは、玄香だけではない。茉白もそうだ。訳も語らず、勝手に配役を宛がい、更には仲違いを強いて来る。そんな不条理を誰が許せるか。
「結果何てどうでも良いっ! ましろは、しずと一緒にゴールしたかったっ。それだけ」
茉白の言葉は、止まらない。ずっと、心の奥底で渦巻いていた感情が首を擡げる。
「それと……あの手紙もそう。何だよ、あれは。いきなり人の痛いとこ突いてさ……アレは、そんな意味で書いたワケじゃない。イヤだ。それで離れ離れになったら—— っ!」
「やっぱり——」
「どうして? あの手紙の事、知らない筈なのに。何で? どうして?」
目を大きく見開き、錯乱する茉白。
「大丈夫、ましろ。如何やらあの手紙は、君達が記憶を失う前に二人を繋いでいたものらしい。昨日、玄香も形は違っても不意に思い出したんだ」
僕は、必死に茉白を宥めすかす。
「何で? どうして?」
「分からない。でも君達二人はとても深く繋がっている。今、分かるのはそれだけ」
迷子の子供の様に。切迫した表情の茉白が僕へしがみ付く。
「ぜんぶ、ぐちゃぐちゃ……もう、ぜんぶイヤっ!」
「ましろ」
「こんなのって無いよっ!」
「ましろっ!」
頭を抱えて叫ぶ茉白を玄香が強く抱きしめる。
「あたし、ましろと出会えて良かった! こんなあったかい友達が出来て。違う。友達が居て。だから—— もう一度、やり直ししよ? 一回、失敗したからって何よ? 今度こそは、上手く出来るよっ。あたし達にならっ」
玄香が涙を流しながら茉白をしっかりと支える。
そんな玄香に茉白もがっしりとしがみ付いて泣き出す。
「ぜったいに—— はなさない。しずがどんなにイヤって言っても」
「あたしだってそう。意地でも離れない」
「ふっ——」
『雨降って地固まる』
正にその通りだ。今日の雨は、偶然の産物じゃない。予め仕組まれた要素だ。
僕達がそれぞれを知る為に立ち止まるきっかけ。
恵みの雨だ。
「ナニ笑ってるのさ?」
「ネモ君ってそう言う所あるよね?」
「ごめん、ごめん。とっても素晴らしい友情を見せつけられたらこうなるよ」
繋がり合った二人を見ていたら笑うしかない。
僕が傍観者だから仕方が無い。
「ネモ君もだよ」
「ましろ達だけじゃない」
「そうだね……確かに」
二人の考えは、同じだと分かった。
同時に凪の時間も終わりを迎える。
僕自身もある程度、新たな展望が見えて来た。
「さて—— 二人の考え方を。僕は、十分理解出来た。これで新たな一手を打てる」
「ほんとにっ?」
「秘策があると?」
「ああ、勿論だとも。今度は、確実だよ。大船に乗った心算で居て」
訝しがる二人を前に僕は、堂々と胸を張る。
まだ、完全に案が固まった訳では無い。
だが、描くべき結末は、見えている。
「ほんとかなあ?」
「怪しい……」
「これだけ自信満々な僕ってそんなに無いよ?」
「確かに」
「言われてみれば」
後は、ちょっとした追い風を貰えれば。
僕は、この空を縦横無尽に舞う事が出来る。
「そう言えば—— まだ、今日のログインボーナスもろてないね」
「相も変わらず、アテにならないけど」
「まあ、貰えるなら貰っておこうよ」
「あの手紙みたいなのはごめんだい」
「そうね」
本音を言えば。もう貰う必要は、無いのかもしれない。
だが、タダで貰えるなら貰っておきたい。
板についた貧乏性には、抗えない。
「順当に行くと——」
「小さい葛籠ね……」
「小さい方が良いのが出る」
「それは、分からんさ」
三人で玄関まで行くと今日も大きな葛籠と小さな葛籠が用意されていた。
玄香の後ろに隠れて二つの葛籠を睨み付ける茉白を見て僕は、苦笑いを浮かべる。
「開けるのが怖い……」
「あたしも」
「僕もだ」
まるでパンドラの箱を開ける様なものだ。恐ろしい災いが封入されているかもしれない。でも慌てて蓋を閉めなければ。奥底に眠る希望が顔を出すかもしれない。
だから僕は、覚悟を決めて小さな葛籠を開ける。
「ふっ—— 何だよ、これは」
「ナニナニ?」
「気になる反応ね?」
中に入っていたものを見た瞬間。僕は少し吹き出してしまった。
「見てご覧よ。実に下らないから」
「どれどれ?」
「見る」
葛籠に入っていたのは、一枚の写真だけ。
その写真には、三人の人物が映っていた。
「如何やら、君達だけじゃない。僕も深い関りがあるようだ」
何時撮ったのかも変わらない。恐らく、年頃と風貌からそんなに時間は経って居ない。
「しずとましろと……」
「ネモ君ね。写ってるの」
与えられたのは、僕達の絆。記憶を失う前も僕達は、繋がっていた。
「この悪戯を仕掛けた黒幕は、相当な捻くれ者らしい」
「ほんと……嫌味なヤツだ」
「質の悪い——」
追い風は、やって来た。
後は。
「僕が上手く立ち回るよ—— 任せて」
「うん」
「中途半端は許さない」
明日に備えるだけだ。




