確実に忍び寄る確執
第三章 何かが崩れ落ちる音
「いいえ。結果的には、正しい。あたしも独りで考えてたけど……何も思い浮かばなかった。これからは、あたし達の手で飾り立てるフェイズ—— なるほどね」
「そうなる」
昨日は、基礎の踏襲。それと兎と亀に二人を迎合させ、キャラクターを確立させた。
今日は、二人の色を乗せた新たな兎と亀を生み出して改変を実現する。
「つまり。今日、最初に着手すべきは……考える事」
「そうだね。茉白と玄香がこれならもっとこの本の内容が素晴らしいと思える変更を加えてみて欲しい。勿論、僕も考える。それぞれの案を出し合って上手く纏め上げよう」
「午前中は、作戦の立案と会議。午後に出来上がったもので勝負」
「良いねー。やっとそれっぽくなって来た」
核心に迫る確かな手応えを。僕は、感じている。
「後、忘れちゃいけないのが」
「ログインボーナスね」
「それも重要な鍵になる」
「さあ、始めましょう」
少しずつパズルの小片が当て嵌まり、一枚の絵が完成して行く。
だけど、僕はまだ甘かった。これから先に待つのは、心と心のぶつかり合い。
もっと、頭が良ければ。
もっと、スマートに解決出来たかもしれない。
やはり、僕は未熟者だった。
「でだ、今日も今日とで大きな葛籠と小さな葛籠」
「今日は、大きな方を選ぶんだったよね」
「問題は、中身ね……今回も実用性があるものだと良いけど」
「着ぐるみとか出て来る可能性も—— あり?」
今更、そんなものを引っ張り出されても扱いに困る。
芯に迫る確実なものを。
そんなものを望んでしまったから顔を出してしまったのかもしれない。
「着ぐるみって言えばさ——」
「何よ?」
「あんでましろのうさ耳は、リアル寄りなのにしずのかめは、ファンシーなん?」
「逆に考えて見なさいな……あたしがもし、ましろのうさ耳みたいにリアルな甲羅を被って背負ってたとしたら……ああ、想像したくもない」
「不気味だね—— と言うか、怖い」
「でしょ? だからこれは、当然の帰結」
「だね」
僕が緊張で固唾を呑む横で二人は、呑気に自分達の付属品の話で盛り上がっていた。
兎にも角にも開けてみない事には、分からない。
「じゃあ、開けるよ?」
「うん」
「やってちょうだい」
大きな葛籠の中にあったのは。
「……ボロボロの封筒? これで何をしろと——」
封筒も中身も一度、水に浸かってから乾かしたのか。持っただけで細かな繊維がぽろぽろと落ちる。何とか開封しても浸透した水の所為で字も歪みと欠けて判読が不可能。
辛うじて色鉛筆で何かが書かれていた事は、分かった。
「っ」
「—— っ!」
この世界の片隅で日の目を見た何の変哲もない手紙の筈なのに。
気が付けば、空気が一変して凍り付いた。
戸惑う僕の隣で茉白と玄香は、大きく目を見開いて手紙を凝視している。
流石の僕も言葉を一切発しない二人の異変に気付いた。
「……」
「……」
「茉白、玄香。大丈夫?」
「ごめん—— 少しぼーっとしてた」
「何でも無い。大丈夫よ」
僕の呼びかけで我に返った二人は、揃って首を横に振る。
だが、その声には何故か怯えがあった。
「身に覚えは……あるかい?」
「—— 全く」
「右に同じ」
「ネモ君は?」
「残念ながら……」
無意識に下唇を軽く噛む玄香と目を泳がせる茉白。
二人が恐れる原因を聞いた所で本人達にも分からないだろう。
記憶が無いのだから。
「本の内容とも直截な関係無いみたいだし——」
「一先ず、さっきの案を先にやろうか」
「そうね」
この場で出来る事は、何も無い。一先ず、この手紙は僕が預かる事になった。
そっと胸のポケットに仕舞い込んで僕は、ラウンジに向かう二人の後を着いて行く。
そう。
これまでは、単なる余興に過ぎない。
これからが真の始まりなのだ。
*
「さて……どうしたものか」
「いざ、考えるってなると悩むのよね」
「意見を出し合うと言うよりもそれぞれの企画を持ち寄るコンペ形式だから」
「わあってるって—— ましろに任しとき」
「あたしは、こういうの苦手なのよね……」
「最初の時もそうだったけど。やる事に意義がある。完成度を上げるのは、後」
「うん。そうだね」
先程の手紙の一件を忘れ、僕達は目の前の課題に取り組んでいた。何故かラウンジには、僕達の計画を見据えていたかの様にバインダーと紙の束が用意してあった。勿論、あっても違和感は無いので僕達は有難く使わせて貰い、それぞれ物語の改変を考え始めた。
一時間を目途に。案を考え、黙々と目の前の紙に己の思い描く物語を書き留める。
「進捗は、如何かな?」
「まあまあ?」
「それなりには」
時計の長針はあっという間に一周し、お披露目の時間を迎える。
「じゃあ、そろそろ発表に入ろうか。誰からにする?」
「ましろからっ! こう言うのは、トップバッターが一番、楽なのだよ」
「あたしは、二番手で」
「そしたら最後は、僕だね」
すんなりと順番も決まった。最初の茉白は、椅子の上で姿勢を正して発表を始める。
「ましろはね。どっちかが勝つってよりも兎と亀が一緒にゴールって終わりが良いと思う。確かに兎は、自分のポテンシャル? にかまけてサボったけどさ……でも最初と最後は、頑張ってたし。最後には、お互いの健闘を称え合って認め合うのなら勝ち負けは主題じゃないと思うんだ。これなら大きな修正も無いから最後の会話を変えるだけで済むし」
最小限の改編で先ずは、攻める。物語の核心とかけ離れてしまっているも現実的で手堅い。誰もが賛同の出来る安打。実に茉白らしい。
「どないな感じ?」
「まあ。近からず、遠からずと言えば良いか……」
「二人仲良くおてて繋いでゴールってステキね……」
「っ!」
悪くは無い。だが、不合格が目に見えている。だが、それを伝えるべきではない。だから僕は、言葉を濁した。恐らくそれは、茉白も分かっている。だから敢えて言葉を選んだのに。玄香は、ばっさりと切り捨ててしまった。
「玄香……それは、言い過ぎだよ。茉白は、自分なりに答えを出したんだ」
「そんなもの求められていない。でしょ?」
「……」
言いたい事は、痛い程分かる。だが、それを口にしてはいけない。
何故ならこのアンバランスな関係が確実に崩れてしまうからだ。
「だってこれの本質は、競争そのもの。地道な努力は、才能に勝る。そう言いたいだけ。でも。それは、単に子供騙しの幻想を押し付けているのよ」
「言いたい事は、分かるよ。でもそんな幻想が無いと誰も努力をしなくなってしまう」
「確かにそうだけど。現実は、違う。やっぱりそれぞれの生まれ持った性能がモノを言うの。兎だって安易に胡坐を掻いてたワケじゃないでしょ。普段の努力を惜しんではいない。誰もが当たり前にそれぞれの長所を伸ばす為に日夜、努力をしている……それを開けっ広げに誇示してるこの本の内容の方が——」
玄香の暴走を止めなければ。僕は、詰まらない使命感に駆られる。頭の中では、僕も玄香の思想に理解を示している筈なのに。しかしながら心がそれを許さない。
「二人共、やめよう……しずの言いたい事、分かったから。ましろの案は、提案だよ? これで決まりってワケじゃない」
瞳を潤ませ、消え入りそうな声で茉白が呟く。
「申し訳ないけど、ましろ。あたしも悪気があって言ってるんじゃないの。あたしは……そろそろ現実を見るべきだと思う。そうじゃないとこの課題にあたし達は、食われる」
ならば。
ならば、途中で止めて欲しかった。
言葉を選んで欲しかった。
喉まで出かけた言葉を僕は、ぐっと飲み込んでしまう。




