和気藹々?
第三章 何かが崩れ落ちる音
*
どんなに複雑な夜を過ごしても。必ず朝日は、昇る。
「いつの間にか……寝てた」
窓から差し込む陽の光。
布団を跳ね除けて上体を起こして大きく伸びを一つ。
頭を掻き毟りながら僕は、光が差す窓辺へ顔を向ける。
「確か、昨日は——」
昨日は、茉白と夜遅くまでずっと話をしていた。
その後の記憶は、曖昧模糊。少しでも眠気を覚まそうと目を擦る僕。
「むぐっ——」
穏やかな朝を迎えられたと思ったが。如何やら違うらしい。
「ああ—— 可笑しいなあ。聞こえない筈の声が……」
隣から聞こえる筈が無い小さな寝息が聞こえて来る。額に手を当てながら下を向くと隣で眠りこける茉白の姿があった。無邪気に昏々と眠る茉白。鼻を擦りながら頬を緩めるその姿に。僕は、焦燥感を忘れて目を奪われる。
「これは……マズい。何も無くても見つかったら疑いの目が。怖い」
見惚れている場合ではない。僕は、茉白の肩をそっと揺する。
「茉白、起きて。朝だよ」
「まだ……ねむねむ」
「ダメだって。せめても寝るなら自分の部屋で——」
「うごけぬ……からだがおもい」
梃子でも動かない茉白に僕は、頭を抱える。
「どうしたものか——」
残念ながら僕には、救いの手を差し伸べられず。負の連鎖は、続く。
扉をノックする音と同時に玄香が僕の部屋へと入って来たのだ。
「玄香っ?」
「ネモ君、朝早くに御免ね。茉白が見当たらなくて探してるのだけど……ナニコレ」
「ここにおる—— おはよう。しず」
咄嗟の反応が出来ず、硬直した僕。ゆっくりと室内に入って来た玄香の赤い瞳に僕達の姿が映った。一方、茉白は寝ぼけ眼で大きな欠伸をしながら玄香に答える。
「で……この部屋で何をしていたのかしら?」
「夜遅くまで話をしていただけなんだ。一昨日みたいに寝付けなかった僕に茉白が気をつかってくれて。眠気に耐え切れなくなっていつの間にか、寝落ちしたんだと思う……」
「あっしもそこまでしか記憶が……後、あかりもねぼけて消した様な気がする」
「そう—— なら仕方が無い」
寝起き早々、腰に手を当てて仁王立ちをする浴衣姿の玄香。その前で僕と茉白は、正座をさせられ、弁解を求められている。そうは言っても昨日は、本当に互いの心境を話し合っただけで何かをした訳でも無く。そのお陰で僕は、初日よりもぐっすり眠る事が出来た。戸惑う僕と茉白の様子を見て玄香は、大きな溜息を吐いた後、肩を竦める。
「因みにしずは、ましろを何で探してたん?」
「朝風呂行くって約束。忘れてたでしょ?」
「ああ、そうだった。そうだった。今からでも遅くない。しず、参ろうぞ」
「それは、問題ないけど—— 浴衣、はだけてるから直しなさい」
「やばし。色気には、ていひょーが無いましろとした事が……お恥ずかしい。それは、しずの専売特許であった。さあ、第一人者たるじつりょく。存分にはっきしてもらいたい」
「……」
際どい所まで浴衣がはだけていた茉白は、急いで前合わせを整える。それから満を持しての登場と言わんばかりに玄香へ熱い視線を向ける。
「お馬鹿は、放っておいて—— ネモ君も来る? 部屋の内風呂ばかりだと味気ないじゃない? 疲れも取れてリフレッシュには、最適よ」
「なるほど……ね」
「ネモくん、安心したまへ。混浴では無い」
「流石にそんな心配はしてない」
折角、癒えた筈の心労がまた少しずつ溜まって行く。この混沌を早々に切り上げないと僕の脳みそが負荷に耐え切れなくなってシャットダウンしてしまう。
「……次の機会にしておくよ。僕に構わず。二人共、行っておいで」
僕は、二人を見送って身支度を始める。今日も更なる手掛かりを掴みたい。
少なくとも昨日と一昨日は、確実に前進している。この流れを止めたくない。
「シャワーだけ浴びよう—— 気負い過ぎるのも宜しくない」
浴衣を脱いで内風呂に足を踏み入れ、シャワーに打たれる僕。
「……何かがある筈なんだ。何かが」
滴る隙通った水滴を眺めながら僕は、自問自答する。
『ログインボーナスが鍵か—— 他力本願は、あんまり好きじゃないんだけど』
あまり頼りたくはない。
けれども僕の宙に浮いた推察を確立させてくれた以上、頼らざるを得ない。
抗えない誘惑とは、正にこの事。
「先に朝ご飯、食べるか……」
さっぱりとしたら次は、エネルギーの補給だ。
食堂で僕が頼んだのは、氷たっぷりの珈琲とサンドイッチ、それと冷製ポタージュ。こざっぱりした朝食に僕は、満足する。コップにストローを刺して黒い液体を体内に取り込む。感受性を程良く刺激するカフェインが僕にひと時の全能感を与えてくれる。
「カフェインが。五臓六腑に染み渡る……」
「いや、それを染み渡らせるのはダメでしょ。もっとマシな……ビタミンⅭとか、リコピン、アントシアニンみたいな身体に良い栄養素を染み渡らせなさい」
爽やかな苦みに酔いしれる僕に玄香の冷静なツッコミが入る。視線を上げると昨日と同じくトレーの積載量のギリギリをせめる玄香と茉白が見えた。
「と言うか、よくブラック飲めるね。ネモくん。ましろは、苦過ぎてムリ。珈琲牛乳くらいガムシロとミルクたっぷり入れないと飲めないぜよ」
「ましろは、血糖値スパイクに気を付けなさい」
「それを言うならましろ達は、ドカ食い止めた方が良いかも」
「むむむ—— でも食べないと」
「お腹鳴るからね……」
「相変わらず、凄い量—— 取り敢えず、ご飯を食べながら今日の予定を話し合おう」
「うん」
「分かった」
新たな段階へ進むにも話をしない事には、始まらない。
朝食を片手に僕達は、作戦会議を始める。
「で—— 今日は、どうする?」
「うくっ……やる事は、変わらないけど。何かは変えないと」
「同じ事を繰り返しても不合格のままだからね……」
「それな。大きく切り込んでいかないと」
結論は、僕も茉白も玄香も同じ。先を見据えた次の一手を打つ。
それに尽きる。
「ネモ君的にはどうなの? 今の段階ではどの位の進捗とかって分かる?」
「うん。分かる。三つの関門があって。第一と第二の段階はクリアしている筈。一つ目は、本に書いてある内容通りに終わらせる事。二つ目は、この本を書いた人間の考え方を踏襲する事。其処までは、きっと滞りなく終えているよ」
経過により、情報開示の可能な範囲が広がっているのか。それとも最初のアレに僕が開示出来ない内容が含まれていないのか。何方にせよ今、一番伝えたい内容は、二人に伝えられた。同時にそれを踏まえて僕も色々と試す必要が出て来る。
「なるへそ——」
「順調と言えば、順調ね。そうなると、最後の関門が重要なのかも?」
「僕もそう睨んでいる」
肝心な事は、ルールに記載されている最後の事項。
三、 指揮者は、演者の思考、感情を尊重する事。
「教えて貰えるかしら? でも……この前みたいに声が出せなくなったら」
「いや、大丈夫そう」
「がんばえ—— ねもくん」
これが一番、難しい課題だ。慎重に僕は、言葉を選ぶ。
「最後の関門は、恐らく……三人の考え方が大事になって来ると思う。本の内容と書いた人の考え方を踏襲しつつ、僕達の意思を反映させて完結しなければならない。三つの条件が全て揃って初めて合格なんだ」
「……むずっ」
「そう言われても—— ねえ」
「僕もそう思う。だから昨日の夜、茉白が言った通り。僕達は、お互いの事をもっと知らないといけないんだ。長所も短所も全て——」
改めて昨日の茉白との話でそれを気付かされた。
「ごめん、玄香。昨日、今後の打開策についても話をしていたんだ。それで茉白が——」
「分かってる。壁打ちの相手が必要だった。ごめんね。気付いて上げられなくて」
「いや、其処までは言ってな——」




