第56話 お誘い
境界融和派の侵入事件から1か月。
学校生活は再び穏やかさを取り戻していた。
と、言っても、犯人は現在も逃走を続けている。
実技。
座学。
魔力制御。
課題――。
時間はあっという間に過ぎていく。
もうすぐ8の月。
日に日に肌を焼く陽の光が強くなっていった。
「暑い、暑い!」
「とけるー。」
終業式の前日。
Sクラスからキリアンとアルノー、ノワールを除いた私たちは寮の談話室で勉強をしている。
キリアンは用事。
アルノーとノワールはエレオノール先生の呼び出しだ。
・・・お疲れ様です、先生。
部屋は魔動冷風気によって冷やされている。
それでも、もやもやとした暑さが残っていた。
「そろそろ、休憩にしましょうか。」
がたり、と音を立ててマルグリットが立ち上がる。
「飲み物貰ってくる―。」
「私も、私も!」
双子が一目散に駆けだしていく。
「私はお茶菓子でも持ってきますね。」
「あ、それなら家から届いたやつがあるよぉ。取りに行こぉ?」
「そうしましょうか。」
双子に続く形でマルグリットとクロエが出ていった。
「・・・。」
ミレルは教科書をまとめて出ていった。
「・・・?」
「どうせ、違う教材を取りに行ったんでしょ。」
ラヴィエンヌの言葉にうなずく。
いつの間にか、にぎやかだった談話室には私たち2人だけになっていた。
「あ、そうそう。」
再び教科書を手に取ったラヴィエンヌが不意に顔を上げる。
「あんた、家に来る?」
私は首を傾げた。
「寮の部屋は一緒でしょう?」
「違う違う。実家。夏休みに遊びに来ない?共同課題もあるし。」
ラヴィエンヌは紙の束から一枚の紙を取り出してひらひらと揺らす。
「迷惑じゃないかしら?」
「親からの提案だから大丈夫でしょ。」
「後で聞いてみるわね。」
「了解。」
ラヴィエンヌは頷き、再び教科書に視線を落とした。
黒い髪がさらりと耳にかける動作をぼんやりと眺める。
当たり前のように誘われた。
それは、私にとって初めてのことだった。
――その日の夜。
私は最近習ったばかりの魔法を発動した。
「『通信』」
かなりの魔力が消費された感覚の後、不意にお母様の声が耳に届く。
『リリス?』
少し驚いたような声が耳をくすぐった。
「遅い時間にごめんなさい、お母様。」
『大丈夫。今家に帰ったところよ。』
久しぶりに聞いた声。
胸の奥がじんわりと温かくなった。
『そう言えば、明日は終了式ね。帰って来るの?』
「そのことで電話しました。ラヴィエンヌの家に招待されたから、行ってもいいですか?」
『もちろんよ!』
嬉しそうな笑い声が聞こえる。
『楽しんでいらっしゃい。』
「はい。」
『それから、勉強ばかりではなく、ちゃんと遊びなさい。』
「遊ぶ・・・?」
思わず聞き返してしまう。
『そうよ。学生なら、もっと遊ばなくては、ね?』
「・・・はい。」
『ちゃんと挨拶をして、ご迷惑をかけないように。』
「わかりました。」
私は、はっきりと頷いた。
それからは、近況を報告する。
魔力切れぎりぎりまで通信した。
『おやすみなさい、リリス。』
「おやすみなさい、お母様。」
久しぶりに交わしたその言葉は子守歌のように、私の瞼を重くした。
月が優しく部屋を照らしていた。




