一和と……。
大神一和が手も足も出せずに成されるがままにされている光景は、元番長の目にはすがすがしく映っていた。深い因縁があるわけではないが、調子に乗る後輩の鼻っ柱がばきばきに折れているようで爽快だ。
思う以上に爽やかな感情に水を差したのは、鳴り響いた自分のスマホだった。
「なんだァ?」
通話してきたのは自分の部下だ。不愉快を隠さずに声に乗せ、電話に出る。
「や、ヤバいっす、。今そっちに……」
怯えたような声で部下は語った。電話をしてきた奴は他の十数人の仲間と共に、この場所、道の奥に他人が入って来ないように見張りをさせていた。誰かが来れば手を出してでも止めろとも命じていた。
震えた声にこもる怯えは、報告のし辛さから来るのだろう。声を聞いただけで部下たちが命令に失敗したことを物語っている。
詳しく聞けば聞くほどにありありと彼らの直面した状況を思い浮かべられた。
手も足も出せず、途中で立ち向かうことも諦め、突破を許した。そして、突破した奴が誰なのか。部下は名前こそ言わなかったが、容易にはっきりと分かった。
「テメェらは役にたたねぇなァ……。足止めもできねぇし報告もおせェ」
あっという間に部下たちの見張りを突破する芸当は、あの男しかできまい。確信と紙一重の予感。それはもう、電話を付けていた反対側の耳に飛び込むバイクのエンジン音に、裏付けられている。
電話を切って立ち上がり、元番長は後方を向いた。
「まぶしっ!!」
「バイクだ!! 突っ込んでくるぞ!!」
一和と作治を距離を離して取り囲み、野次馬になっていたチンピラと元番長の部下が声を上げる。
ライトに照らされた辺りにいた奴らは、道を開けるように退いた。元番長もまぶしさに目を細めるが、彼はバイクが近づくまで動かなかった。
バイクが止まる。エンジンは付けたままで、乗っていた男が降りる。
「誰だテメェはよぉ!!」
「邪魔してんじゃねえぞコラァ!!」
チンピラが二人、フルフェイスのヘルメットで顔を隠した男に喧嘩腰に近寄った。
今にも襲いかかりそうな威勢の二人をヘルメットの男は無視する。不愉快以上の何物でもない態度に、案の定二人の男が牙をむいた。
「うおおおおおお!!」
雄叫びと共に殴り掛かる二人。ヘルメットの男は長い腕を伸ばし、近づいてきた二人の攻撃を避けつつ、頭を掴む。
そのままがつん! と二人の頭をかち合わせた。
気絶して重なるように倒れた二人を跨ぎながら、フルフェイスのヘリメットを取る。
顔を見て、元番長は口元に笑みを浮かべた。
「随分粋な登場じゃねぇの……竜美ぃ……」
竜美懸。元番長にしてみれば今一番会いたい男だった。もちろん、いつぞやの因縁を晴らすために。ただ、自分からやってきてくれるとは想像もしていなかった。想像も予想も全くしてない。
それは、倒れ伏す一和も同じだった。
「何やってんだ、ワン公」
懸が発した言葉は、自分に因縁をつける男に対してではなく、一和に向けての物だった。はぁ? と眉をひしゃげて元番長は懸を見ていたが、懸には彼のことなど眼中に入っていないようだ。
なぜ、ここにいる?
一和の頭は意外に冷静で、素直に疑問を浮かべる。一和にとってはここに懸がくる理由など分かりようもない。
「ワン公! テメェが何してるだとか、なんでいるだとか、細けえことは知らん!」
知らないのか。
「けどな! 喧嘩して倒されてんじゃねえぞ!!」
かなり本気の叫び声だった。一和はふと思う。こいつには、懸には理屈だとか理由だとかそう言ったものは無い。なぜか、とかどうしてだとか、考えるだけ無駄な単純明快な奴だ。
だから、分かる。こいつにとって今の自分の状況は許しがたいものなのだ。
「立てよ! なさけねえ姿を見せてくれんじゃねえぞ!!」
目を向ければ、一和に指を指している。
「声援送って奇跡の復活ってかァ? 竜美ィ、クッセェ三文芝居店店じゃねえよ」
元番長が懸に近づいていく。
声援でもない。あいつはただ怒っているだけだ。目の前の状況に単純に、素直に。
こういう短絡さは羨ましい。それが軽い嫉妬だと自分で気付いてしまうあたりは、単純さや素直さが一和にない証拠だろうか。
「俺ァよォ、テメェに用があんだ……。なんてったって俺はテメェが憎くて憎くてたまらなくてなァ……」
話している途中で、元番長の言葉が途切れ、がつんと骨と骨とがぶつかる音がした。
竜美が、ガン付けてきた元番長を殴りつけたのだ。
「憎んでるのはお互い様だろう?」
「……テメェ……やってやろうじゃねえか!!!」
殴り合いが始まった。音だけを聞いても、一和には分かった。
「やれやれ、あいつらは勝手にはじめちゃったね。どうだい、君は続きが……」
作治が言い終えないうちに、一和は重い体を起こした。にぃ、と作治が笑う。
「できそうだね」
たまには人の真似でもしてみようか。もう少し単純に、素直に思うか。
とにかくこいつに負けないだけ。
目元に力が入る。暗がりの中で作治の姿が良く見えた気がした。特徴が良く分からない、欠点も長所もない見た目の、どこにでもいそうなクラスメイトの姿。
ただコイツに負けないために。
一和は足をお菊踏み出して、一発殴り掛かった。
伸びた腕を作治は困難とも思っていない様子でするりと避ける。そして、彼も踏み出してきて一和に近づく。
すかさず、一和はもう一歩、今度は逆の足を踏み出した。連動する動きで、まだ使っていない左腕を突き出す。
予想外だったのだろう。動いた瞬間に作治の目は驚いていた。先に延ばしていた右腕を引きながら、左の拳を作治の驚く顔に向けて突き出した。
ただ、それも避けた。しかし、手にかすかに手ごたえを感じた。わずかに、作治の頬を掠めたようだ。
まだ喜んではいられない。今のはあくまでもけん制だ。次こそ決める。
次は足を使って、作治の脇腹を蹴りあげようとしたのだが、そこに至るまでに一和の体は再び宙を舞った。
一手、遅かったようだ。
また投げられて、背を打つ。
「攻撃が鋭くなってきたのには素直に驚いたよ。でも、まだまだァ!!!」
倒れながら、くそっ、と一和は初めて強い口惜しさを覚えた。
ども、作者です。
もう月曜ですが、深夜はぎりぎり日曜日だと勝手に思っているので日曜日更新です。
悩みに悩み抜いて、悩んで悩んでどうしようどうしようと苦戦した部分ですね。まぁ、先送りにしているだけなんですけども。




