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コワモテ!  作者: リソタソ
誰がための
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97/105

一和の……問い?


 考えることは何もなかった。一和は真っ先に作治に立ち向かっていく。握り締められた右の拳に力が籠められる。

 勢いをつけるべく腕を引き、一歩大きく踏み込んで、鈍器でも叩きつけるかのように拳を作治の顔に向けてはなった。

 避ける素振りも見せていなかった作治が動いたのはその直後。ふらり、ゆらり、吐息で捲れる紙のように一和のパンチを軽く躱した。

 躱した動きから流れるように作治が一歩近づいてきた。作治の動きを目で捉えていた一和も、踏み出した勢いは殺せない。

 二人は接近し、作治の両の手が一和に伸びる。右手は胸倉を、左手は伸びた一和の右腕を掴む。

 一和の視界がぐるりと縦に回った。一瞬で真上の夜空を見ていたかと思ったら、背中に鈍痛が走った。

 投げられたのだ。柔道の背負い投げの要領で作治に投げ飛ばされた。

「どうしたのさ。もっと本気でかかってきてくれよ」

 見上げた先にいる作治のにやけ面が、一和を煽ろうと挑発してくる。

「別に君が僕に手加減する理由なんてないだろう?」

 手抜きはしていない、本気だった。相手が誰だろうと鼻っ柱をひしゃげさせるつもりで殴りつけたつもりだった。思いっきり胸にこみ上げるムカつきを叩きつけるつもりで。

 どこか油断でもしていたのだろうか? このクラスメイトに遠慮する気持ちでもあったのだろうか?

 あるはずもない。あったかもと思うこと自体がおかしい。今の一和にそう思う理由がどこにもない。

 相手がだれであってもどうでもいい。ただ、暴れたい。ただ倒したい、ただ暴力に酔いたい。

 一和が立ち上がり、作治に向く。

 次こそは仕留める。

 そんな作治の気合もつゆ知らず、作治は余裕たっぷりに右足に体重をかけて腕を組んだ。

「君も大変だったね。憎くて憎くてたまらない父親が何食わぬ顔で帰って来たんだから」

 一和の目が険しくなった。

「そんな睨みつけないで。もっとどうして知ってるんだって顔をしてくれよ。じゃないと説明し甲斐がないだろう?」

 こいつは何を知っている?

 疑問が浮かんだのは一瞬だった。

 何を知っていようが、何を言おうとしていようが、全てがどうだっていいことだ。

「お互い、ヤクザ者の親父を持つと苦労するよね。僕も……」

 話し途中の作治に、一和が再び拳を突きつける。おしゃべりな男はぴたりと口を止めると、パンチを避けて腕を掴んだ。

「話、聞いてくれる気ないみたいだね。でも……」

 また、一和の視界がぐるりと回り、背中に鈍痛が。マネキンでも倒すみたいに、一和の体は簡単に投げ飛ばされてしまう。二度もアスファルトに叩きつけられた背中は、一度目以上に痺れた。

「話したい気分なんだ。大人しく聞いててくれよ」

 一和はきっ、と睨みつける。作治は一和の目をどう受け取ったのか、満足げに笑みを浮かべた。

「やっぱり、君と僕は似てるよ。環境も……全部が全部じゃないけどね、一番似てるのは内面かな」

 作治が胸に手を当てる。ぎゅうと手で心臓を握りつぶすみたいにそのまま作治は胸元の服を握り締めた。

「忘れたいことがあると暴れたがって、人に内面を上手く伝えられない。あと、嫉妬深い」

 内面が同じだと思われるのは心外だった。しかし、図星でもあった。

 ヤクザの父親がいれば同じような内面になるのか?

 違う。同じなはずはない。違う、あいつにはないはずだ。絶望するくらいに苦しかった日々が、憎くて憎くてたまらない、全身の血液を不健康な血に濁らせるほどの憎悪が。

 一和はもう一度思い出そうとする。次に父に会ったら全力で殴りつけてやると誓ったあの日を。誰も彼もが練習台だった。とにかく強くなりたくて、一発で仕留めてやりたくて。

 できるようになったはずだった。周りに何と呼ばれていると知っても、喧嘩を止める気はなかった、きたるべくその日が来るまでは。

 それでも次第に自分に挑む奴らは減っていった。自分を恐れ、近づく人間が、喧嘩を売る奴らが引いて行った。

 だから、か。

 あの親父を仕留めきれなかったのは。腕が鈍っているのかもしれない。だから、今もこいつを倒せない。

 一和は結論付けたつもりだった。

 しかし、寒空に浮かぶほのかな明かりをともす遠くの恒星のように、思考の闇の中できらりと光る疑問があった。目立ち、無視しようにも無視できない。

『じゃあ、なぜ自分はもう一度あの親父を殴らなかったんだ?』

 がはは、と笑い声が響いて思考が中断した。

「おいおい、オメェは自分のストレス発散に俺達を突き合わせてるってかァ?」

 元番長の下種な笑い声が、一和を現実に戻す。背中の痛みは冷たいアスファルトに冷やされたおかげかほとんど引いていた。

「それもあるけど、それだけじゃないよ」

 作治が言ったあと、一和は立ち上がった。

 疑問はもうどうでもいい。苦しい感情は思い出せた。今はそれを糧にすればいい。

「立ったね、立ち上がったね。君のタフさだけは僕に似てないね」

 満面の笑みを浮かべる作治に向かって、踏み込んで殴りつける。

「体が強くて人を助けらえる、人を守れる、堂々と大きなことができる」

 その一発も空ぶった。作治が体を動かして避けていたのに、初めから自分が狙いを誤っているような錯覚を覚えてしまう。

 一度顔の横を素通りした一和の腕に視線を移してから、作治がもう一度一和を見返す。

 視界の反転と背中の激痛がもう一度。

 僅かに近づかれたと思えば、アスファルトの上に倒れている。痛みは屈辱的だった。

 作治は倒れた一和を見下ろしていた。

 その表情はほのかに笑っている。それなのに、どこか陰があった。勝ち誇っていてもおかしくないのに、一和に屈辱を与えているのに、そんな自分をひねくれた思いで笑っている。

「殴られたら一発でKOだろうね、僕は。うらやましいな、君の強さ、君にできることは。嫉妬しちゃうよ。キミが羨ましくてたまらないんだ。キミばかりが見られてさぁ!」

 怒鳴り声に混ざった単語に意識が集中する。

 嫉妬。

 その単語を聞いて歯を食いしばりたくなるのは、一和自信がその感情を人一倍抱きやすく、自覚できるからだろう。

 他人が羨ましい。自分の物は自分の物であってほしい。手放したくないものは、何をしてでも手放したくない。

 家族が崩壊したあの日までの日々は何度思い返したか。頭の中にある思い出が、一番遠くにあって手が届かない。自分の物なのに、掌の上に乗せられない。

 もう、手放したくない。もう、同じ思いをしたくはない。

 あの日々を取り戻したい。

『手に入らないと分かっていたのに、代償を支払ったのか?』

「何言ってんだァ?」

 元番長の声に、はっと意識が戻った。元番長は眉をひそめて、作治に呆れ顔を向けていた。

 作治は一和を見下ろしたままだった。笑顔は失せて怒りが色濃く顔に現れている。

「立ち上がれよ。僕は君を倒したいんだ。本気で来てくれよ、いい格好を見せてやりたいんだ。僕にだってできたかもしれないってね」

 一和は立ち上がった。

 立ち上がれと命令されたからではない。ただ、彼の言葉はこれまで以上に耳の奥に突き刺さった。

 頭の中に沈殿して溶けていくように理解できた。

 彼もまた何かに嫉妬している。何かを欲している。それが何かは分からないし、何であってもどうでもいい。

 歯を食いしばり、もう一度一和は作治に殴り掛かった。

 案の定避けられて、また投げられる。動画を繰り返して再生しているみたいな同じ光景で、同じ痛みで、同じ屈辱だった。

「いいじゃん、でもまだまだ!」

 痛みが引かないうちに一和は立ち上がった。

 痛みもどうでもいい。嫉妬もどうでもいい。それらも忘れたい。

 忘れるために、まだまだ暴れたい。

 ぐっ、と両手の拳を握りしめる一和の耳に、二つの音が聞こえた。

 一つは近くから鳴り響く、スマホのコール音。そしてもう一つは、次第に近づいてくるバイクのエンジン音だった。

ども、作者です。ギリ日曜日更新。


ほぼ作ったのを直後に更新するスクランブル更新ぎみです。多少ストックはありますが。

もう少し頑張ります。

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