意外な……相手?
一和は再び一人で歩いていた。街の明かりからはどんどん離れていく。海浜公園の近くに一つの山がある。かつては頂上に城があったらしい城の跡に残った山だ。
目的地はその裏手にある道。一和はそこへ向けて静かに一歩一歩を踏み出していた。
特に静かだったのは自分の心の内だった。急いであの半グレたちのアジトに戻ったときとは随分な違いだ。戻ってみると案の定、やつらは全員やられていた。やったのも予想通り、あの元番長だ。
一和に用があった、と意識のあった一人に教えてもらった。今向かっている場所にいるということも。ついでに恨み言も言われてしまった。お前なんかと一緒に行動しなけりゃよかった、と。
ショックもなにも感じなかった。聞いたときには、元番匠は自分に用があったのではなく、自分を呼びだすためにアジトの連中をブチのめしておいたのだろうと冷静に考えていただけだった。
明らかな罠。どこかに呼びだす、おびき出す以上は何かしらの準備をしているはず。目的なぞは一和には想像もつかなかったが、それも倒されたアジトの連中と同程度にはどうでもいいことだった。
ただ暴れられる、喧嘩できる。その理由と相手ができただけ。
公園の一番奥に駐車場があり、そこの脇道から目的地の裏道まで行ける。明かりはぽつぽつと等間隔に置かれた街灯のみ。夏場は虫たちがこぞって集まってうるさいだろうが、冬の今は白い明かりをさびしげに発している。人の気配もほとんどない。
先に元番長がいるのは確かだろう。人気のない場所は喧嘩にちょうどいい。誰にも邪魔にされない、誰にも気づかれない。好きに暴れられる。
わくわくは……していない。心は穏やかで静か。それでいい。これが一和の求めていた心境。全てを理解できない広大な、砂漠のような心の中が、風も立たずに一粒の砂も動かない程の静けさ。
同時にすぐに崩れる危うさもある。少しでも迷いがあれば思い出せば、砂嵐が起きて崩壊してしまう。
今は、その心配はないようだった。
幅の広い道路をひたすらに歩いた。ここはもうほとんど使われていない。それを表す通行止めのポールがいわゆる一番奥だ。
もう、戻ることはできないだろう。後戻りはできない。これまでの日常に。
ポールの前に元番長は座っていた。自分で持ち込んだらしいディレクターズチェアに座り、一和の姿を見とめるとにぃと笑った。
「よぉ。思ったよりずっと早いじゃないの」
早く殴りたかった。一和は一歩踏み出す。
「おおっと、来るなり近づこうとするなんて随分と血気盛んじゃないの。そんなに喧嘩してェのか?」
よっと、と親父臭い掛け声を言って元番長が立ち上がる。
「俺も昔ほど暴れるのはすきじゃねェんだ」
腕を組む。まだ学校で番長を名乗り、お山の大将を気取っていた頃と比べると、彼の腕は太くなっているようだった。
「人は理由があった方が強くなれるってェ言ううだろう? 俺もそうだなと思ってな。俺の場合あ復讐だがな」
この男に復讐される理由など一和にはなかった。思い付きも、そもそも接点もほとんどなかった。
「だが、お前にじゃあない。俺はただ仕事をしてやっただけさ。お前に用がある人間は他にいる」
番長の声を合図にするように、複数の足音が聞こえてきた。元番長の背後の暗闇から一人の男を先頭に、ぞろぞろと姿を表す。ほとんどがチンピラじみた格好をしていて、先頭の男は見慣れた学ランを着ていた。
意外と言えば意外だったが、表情に出すほどでもなかった。
「もうちょっと、驚いてくれると思ったんだけどなぁ」
戦闘の男は、後ろの男達とは遥かに年齢も低く、顔つきも大人しそうで、はっきり言ってここにいるのは不釣り合いだった。
一和も名前を知っている。関わりは、同じクラスだというだけ。それ以上の接点は、元番長と同様に特に思い当たらない。
「彼とは一帯値でやらせてくれないかな?」
「おう、終わったらオトシマエだけは付けさせてくれや」
どうやって知り合ったのかは知らないが、元番長とは仲がいいらしい。仕事をしただけと言ったが、依頼主ということになるのだろうか。
「分かってる。竜美に会わせてあげるよ」
懸と? ああ、そうかと一和は納得した。元番長が恨んでいるのは懸以外にはあり得ない。彼に仲間ごとあっさり倒されてしまったのを、未だに恨んでいるのか。一年経ってもう少し大人になっていたと思っていたが、そうではなかったらしい。相変わらず、お山の大将気質は抜けていないようだ。
元番長は用の無いはずの一和を見た。
「そっちもだが……大神に用があるのはお前だけじゃねえんだ」
背後からも複数の足音が聞こえた。
一和が振り返ると、何人かの男の姿。ひときわ目立つのはスキンヘッドの大男。旧番派のリーダーだ。つまりは元番長の元子分。未だに子分だ。
「昔の仲間が仲間になってなァ」
「分かったよ。ズタボロのぼろ雑巾になってからでもよかったらね」
強気な言葉に一和は思わず笑ってしまった。
こいつに? あり得ない。
一和は拳を握った。自分より弱い相手だろうが、構うものか。
「……かかってこい」
一和はやっと口を開いた。
「……君、舐めてるよね、僕の事」
それはお互い様だろう。
ゆったりと歩いてくる男の姿、大樫作治を目でとらえながら一和は思った。
ども、作者です。
深くは何も言いません。後は終わるまで進めるだけです。書ければ。




