お父さんの……過去
「ワシの倅、鶴嶺勝と君の父、咲宮未来は親友同士じゃった。お互いに血のつながりがあるとはしらんままでな。それどころか、知っておったのはワシだけじゃっただろう……そしてもう一人、大神志波。この三人が中学時代からの悪友で、親友じゃった」
話し始めたお嬢のお爺さん。新たに飛び出てきた名前に、私はまたしても驚かされた。
「大神……志波……」
ワンちゃんのお父さん。私のお父さんと仲が良かったのは昨日お母さんから聞いたけど、お嬢のお父さんとも……。
お爺さんは渋い顔をしながら話を続ける。
「アウトローの大神、一見落ち着いて怒ると手が付けられないきかん坊の勝、一番の常識人の未来、ヘンな三人組じゃったわい。それがちょうどいいバランスを保たせていたんじゃろう……やがて三人共にこの米原の地で大人になった」
お爺さんがふうと胸にため込んだ息を吐いた。
「勝は組を継ぐため、大神は勝の片腕になるためにワシらの世界に入った。唯一、咲宮未来、お前さんの父は堅気の世界に行った。二人と一人は別の方向に進んだんじゃが、それでも交友は続いていた。よほど気の合う相手じゃったんだのう……特に勝と未来は」
特別な間柄だったのだろう。親友の中でも深く、信頼し合って信用し合っている。
そう思っていたら、お爺さんが小さく首を振った。
「いいや、勝は大神も未来も頼りっぱなしじゃった。我が子ながら……一般常識として考えれば喜ぶべきことなんじゃが、勝はワシらの世界は向かんかった。仕事は大神に頼り、プライベートなことは未来を頼りにしていた……随分と甘やかせて育てた結果じゃろうな」
ちらり、とお嬢を見た。お嬢も甘やかされている、と思って。お嬢はきょとんとして見返している。多分、あまり自覚はないのだろう。まぁ、お嬢は女の子だし、綺麗でカワイイから家族だったら誰でも甘やかしても仕方ないかな。
「やがて、大人としてさらなる階段を上った。結婚と子供を授かったこと……三人とものう。一足先に大神が第一子を、そして第二子を授かったころに他の二人も……さんにんともあのときは喜びあっていたのう。ただ、それから六年か七年くらいが経って、事件が起きてしまった……」
ちょうど、私が小学校低学年の……隣の県に引っ越した頃。そして、お父さんが死んじゃった年。
ぐびりと喉を鳴らし、私はお爺さんの話に聞き入った。何があったのか、今はとにかく知りたい。
「勝が足を洗おうと決めたんじゃ。ワシは知らんかった。反対されると思ったんじゃろう。大神にも、自分をしたってこの世界に入ってもらった手前、相談が出来なんだ。必然的に、勝が相談できる相手は咲宮未来だけに絞られてしまった」
お爺さんは一度俯いてから、もう一度顔を上げた。沈痛な表情で続きを紡ぐ。
「もう一つ、反対されると思ったであろう理由があった。ちょうどその頃に、ワシの組と別の組での抗争が過激化しとってのう……その間に足抜けすることが何を意味するのか、勝はよく知っておったんじゃ。隙に付け込まれる、と。ただ、付け入れられたのはあいつ地震じゃった。未来は車の中で話し合いをしとったそうじゃ……そこを他の、対立していた組みに狙われた。表向きにはただの自動車事故で死んだと報道されたはずじゃが、実際は組の連通に誘導されて、事故を起こさせられて、死んでしまった。殺されてしまったんじゃ」
……。
「むろん、勝だけでなく、未来ともども……」
お爺さんが頭を下げた。
「叶恵さん……本当にすまんかった。ワシの倅が巻き込まんかったら、君のお父さんもしにゃあせんかったろうに……本当に、本当に申し訳ない……」
気丈に、それでいて悲しげにお爺さんが言う。
お父さんがどうして死んだのか、何があって死んでしまったのか。きっとお母さんも知らないであろうこと。
それを私は教えられた。
何を思えばいいの?
怒り?
悲しみ?
恨み?
わかんない。だって、今は何も感じなかったから。
お嬢を見ると、彼女も複雑な表情を浮かべていた。自分達の家族のせいで。そう思っているに違いない。
だけど、だけどね。
今の私に分かることは、今の私が知ったことは、ただお父さんが死んでしまった、その理由だけ。
「頭を挙げて下さい。別に、起こっても悲しんでも恨んでもいませんから」
私は本心を伝える。申し訳ないと、思ってもらいたくなかった。
「きっと、お父さんは友達のために、最善を尽くそうとしたんです。一番悔しかったのは、お父さんだったんじゃないかな……」
大神先生に、私はお父さんと似ていると言われた。
そんな自分が、同じ立場にたったら、きっと悔しがると思う友達の力になれなくて、友達だけでもたすけることができなくて。
だから、多分、お父さんも同じことを思っただろし、巻き込んだ相手を恨むなんてお父さんは絶対にしない。あまりお父さんのことは知らないけど、それだけは確信して言える。
だから、私も恨まないし、恨もうとも思わない。意識的でもなく、無意識に。
「一番かな死んだのは、お母さんだと思いますし……」
でも、お母さんは違うかな。お父さんが死んでから一番苦労したのはお母さんだ。一人で私を育てて、病気になって……自分の境遇を受け入れられなかったと思う。でも、受け入れてここまで生きていた。それが誰かのせいだった、なんて言われたら……もう、言葉にできないほどに荒れてしまうと思う。
「いつか、謝りにいかんとなぁ……」
お爺さんが頭に手を当てて言う。
「すぐにはいかない方がいいと思います。お母さんもまだ受け入れられないと思いますから……」
「そうか……」
いつか、私が自分で言おう。当分は真実を知っているのは私だけでいい。お母さんはこれからやっと、再婚をして新しい未来に進もうとしているんだ。それを過去のことで足を引っ張らせたくはない。
あ、でもお嬢とは会わせちゃったなぁ。もしかして、気付いているかも……。
でも、多分気付いていたらそれはそれでいいかも。言葉にして伝えるのはまた今度。そのときには今以上にお母さんも強くなっているはずだから。
それよりも、今は……。
「あの、大神志波さんって……」
自分のお父さんのことは分かった。お嬢のお爺さんが抱えていた思いも伝わった。
だから、私も次に進みたい。ワンちゃんのために、何かをしたい。
そのために、ワンちゃんのお父さん、大神先生について何でもいいから訊きたいと思って、尋ねようとした。
そのとき。
「親父さん」
部屋に若い黒服の男の人が入ってきた。
「なんじゃ?」
お爺さんがさっきまでとはうってかわって、凄みを利かせて言う。
「あの、お取込み中失礼しますが、お客さんが……」
「客? 追い返せ」
お爺さんが突っぱねようとする。
「で、ですがその……」
うろたえた様子で何かを言おうとする若い人を遮って、
「親父さん、先に上がらせてもらってます」
と、お客さん、大神志波先生が現れた。
ども、作者です。
時間が、時間が欲しい。




