不穏な……予感?
今日一日は、異様な早さで過ぎて行った。時間は不思議だ。もやもやとしていると長く感じたり、短く感じたりする。早く過ぎて欲しいときには遅く、遅く過ぎて欲しいときには早い。
スマホでワンちゃんにメールを送ってみたけれど、返信はない。一時間が過ぎるたびに、次の一時間後には必ず返信が来る。そう思って過ごしていたら、あっという間に夜になっていた。
がちゃり、とドアが開いてはっとした。
リビングから見ると、ちょうどお母さんが帰ってきたところだった。
「ただいま~……どうしたの?」
お母さんは鼻をひくつかせて、犬みたいに匂いを嗅ぐ。
「ごめん、今日は何も作ってないの。手が付かなくって」
いつもはお母さんが帰ってくるまでに私が料理をしているはずなのだけれど、今日はそれが出来なかった。
「そっか。じゃ、なんかデリバリーしましょ」
ある意味で当番制のようになっている私の役割を果たさなかったことを、お母さんは咎めはしなかった。なんというか、いい意味でも悪い意味でもいろいろと気にしない人だ。
「弁当……もいいけど、最近は鍋のデリバリーなんかもやってるのよね~。何がいい?」
お母さんもスマホをいじりながら、私に尋ねる。
「……なんでも」
「じゃ、ピザね」
即決だった。
「で、どうしたの? あんたが料理してないだなんて、何かヤなことでもあったの?」
きっと、即決したのはすぐにこの話題に移行したかったからなのだろう。
私はその厚意に……甘えようとはしなかった。お母さんに言ったところで、分かるはずもないし。でも、このまま黙っているのもちょっと居たたまれない。
「お母さん、大神志波さんって知ってる?」
どうせならと思って、ワンちゃんのお父さんのことを訊くことにした。教務室で話を聞いた限り、お父さんもお母さんも知っているみたいだった。
お母さんはちょっと不思議がった様子で眉を上げたけれど、
「懐かしい名前ねぇ。当然知ってるわよ。どうしてそんなこと訊くの?」
訊き返してくる。
「学校の先生をやってるの。今日赴任してきたみたいで」
「うそ。あいつが?」
お母さんは信じられ無さそうに、呆れたような笑いを零した。
「で、どういう関係なの?」
「どういうったって、ただの同級生よ。私とお父さんと……まぁ、それなりに仲が良かったのは間違いないわね。あんたも結構会ったことあるのよ?」
それは聞いた。でも、覚えてない。
「お父さんとも、仲が良かったの?」
「男同士だもの。私と大神と比べたら雲泥の差はあったわね。大人になってからも連絡は取ってたし……なんか珍しいわね。あんたがお父さんのことを訊くなんて」
「別にそんなに珍しい事じゃ……」
実際は珍しいことだった。だって覚えてないんだもん。訊こうにも何をきっかけにすればいいか分からないし、今更知ったって……。
お母さんはソファにどさりと寄りかかって、スマホを捜査する。
「しかしまぁ、久しぶりに名前を聞いたと思ったら学校の先生やってる、だなんてねぇ、人生って分からないもんだわぁ。なぁんか、久々に会いたくなってきたかも」
「先生に言づけといてもいいよ?」
私が訊くと、大げさに手を振った。
「いいわよ、そんなことしてもらわなくたって」
「なんで?」
「いろいろあんのよ。ピザどれにする? お母さんが勝手に決めてもいい?」
またはぐらかされてしまった。それ以降、お母さんとその話をすることはなかった。ピザは無難にミックスピザに決まった。
しばらく、私は自分の部屋にいることにした。
お母さんとお父さんと、大神先生との関係は良く分かった。お父さんと仲が良くて、お父さんが死んじゃってから、会うことはなかったみたい。
そう言えば、これまでにワンちゃんの家に行ったときに、お父さんはいなかったし、どこで何をしているとかも聞いたことが無かった。
お父さんが帰ってきて、ワンちゃんがいなくなって……。
無関係、なのだろうか。
ううん。これ以上勘ぐるのは止めよう。
原因なんてどうだっていい。
とりあえず私は、ワンちゃんに会いたい。今、どうしているのか知りたい。
何を思っているのか、何を考えているのか、それは会ってみなくちゃ分からないことだ。
明日から探してみよう。県外に出てなければ大丈夫、その内見つかるはず。放課後なら時間もあるし……。
そう思ったときに、スマホにメールが届いた。
急いで見て、ちょっとがっかりしてしまった。送り主はお嬢だった。がっかりなんて、失礼だ。電話だったら露骨に現れていただろうから、メールで助かったかも。
とりあえず、内容を確認する。
さらりと流し読みする。面白い漫画を見つけたとか、その漫画はとても怖いけれど面白いとか、純くんがどうとか、日常をつづった内容がスクロールしていくなか、一文に目を止めた。
『明日、おじい様が叶恵さんに会いたいとおっしゃっていますが、会っていただけますか?』
お嬢のお爺さんって、つまり……。
会っていいものだろうか。
ううん、ただの友達のおじいちゃんに会いに行くだけだし、特に問題ないよね。っていうか、ここで断った方が怖いかもしれない。
それに、ちょっと打算的な話だけど、お嬢にならワンちゃんを探すのを手伝って欲しいって言えるかも。懸さんやこのみちゃんにはちょっと言い辛いけど、ほとんど部外者のお嬢になら言えそうだ。純君も手伝ってくれるかもしれないし。
その為にも、明日お嬢に、ひいてはお爺さんに会うのも悪い事じゃない。
私は承諾したことを伝えて、明日の放課後に、学校の近くのデパートで待ち合わせるという約束を取り付けた。
ちょうどその時に、ミックスピザが届いた。少しだけ光明が見えた気がして、ピザの匂いを嗅いだらぐう、とお腹が鳴った。
ども、作者です。
ピザ食べたい。




