なにか……悩み事?
やっぱりね、もうちょっとだいたんに迫ってきてもよかったと思うの、ワンちゃんのことなんだけどね。うん、もっと強引なくらいがいいと、その、思うんですけど、というかずっとずっとそう思っている。
どれくらい思っていたか、というとあの休み時間から授業を一コマ挟んで昼休憩に至るまでの間ずっとだ。ちょっと考え過ぎかな。でも、そうしてほしかったなぁ、と後悔のような願望のようなものが頭の中でぐるぐると渦巻いている。なんなんだろう、この感じ。自分ではどうしようもないことなのに、ああしてほしかったと後悔するなんて。ヘンな感じだ。
そんな気持ちを抱えながら、昼休憩独特のざわめきに飲まれ始めた校舎の中を私は歩いていた。向かう先はいつもの時間を潰す体育館裏じゃなくって、購買部だ。
そう、今日は久しぶりに購買でお昼ご飯を買うつもりだ。いつぶりだろう。今日までは弁当を自分で作っていたから……転校初日以来かな。
そう言えばあの時は、私も自分のために購買部に行ったわけじゃなくて、このみちゃんにパシられてだったなぁ。凄く懐かしい。そんなときもあったなぁ、あのときのこのみちゃんと今のこのみちゃんじゃあ、全然違う人のように思えるよ。
そうそう、作治君と初めて会ったのも購買部に行ったときだったっけ。あの時は私だけじゃなくて、作治君もパシられていて……。
「おい大樫ぃ、焼きそばパン買ってこいよぉ!」
そうそう、こんな感じでパシられていて……ん?
ちょうど購買部から一度教室へ戻ろうとしている最中、私の教室のある同じ階、同じ学年の教室が並ぶ一帯を歩いているとそんな声を聞いた。
見てみれば、作治君が壁際に追い詰められている。追い詰めているのはあまり見たことが無い人。学生服を着ているから、多分他のクラスの生徒だろう。
「あはは、僕お金持ってないんだけど……」
作治君が苦笑いを浮かべながら、睨みつけている他クラスの人に言う。
「金なんてねーよ。お前誰かから奪ってきな」
うわぁ、不良の定型文みたいな台詞だ。なんだか懐かしい。転校初日にも同じことを思ったっけ? 今は胸をざわざわとさせる焦りとか恐怖みたいなのが湧いてこなくなっている。自分でもこの学校に慣れた慣れたと思っていたけど、こう言う場面に遭遇して冷静なままでいられると、慣れたことを酷く実感する。
もっとも、慣れたからと言って、彼らの行動を認められるわけではない。どちらかと言えば慣れてきたからこそ、こういう事象を放ったままにできなくなってきているみたいだ。
気が付けば、私は作治君のいる方へと歩いていた。
「ねぇ、止めなよそういうこと」
私は言ってやった。すぐに作治君が私の方を見た。
「アァン? なんだてめ……」
続いて、他のクラスの人が振り向いて私を見た。その途端、表情が変った。いきりにいきりまくっていた表情が、ハッと驚いた表情になっている。
「お、お前は番長と裏番を従ている……チッ、今日は見逃してやらァ!!」
他のクラスの人は捨て台詞を吐くと、そそくさとどこかに行ってしまった。相変わらずの酷い風評だ。でも、そのおかげでこういう厄介ごとを解決できるのだから、意外と便利でもある。誤解以外の何物でもないんだけどなぁ。
「あはは、ありがとう叶恵ちゃん。おかげで助かったよ」
作治君が行った。
「私は全然。ヘンな噂のおかげだよ」
この噂を流したであろう二人の一年生のおかげかもね。うん、絶対にあの二人が広めたと思うんだ。まぁ、今日くらいは役に立ったわけで、感謝くらいはしてもいいかも。広めた二人には感謝と同時に恨み節をこぼしたいけどね、うん。
「叶恵ちゃん。初めて会った頃と比べると随分強くなったね」
作治君が制服の肩をはたきながら言った。
「そうかな? 私はあんまり変わってないともうけど」
ちょっと意外だ。
「変ったよ」
「何も変ってないよ」
私が変わったって実感があるのはこの学校に慣れたぐらいなんだけどなぁ。
「自分が変ったかなんて、自分じゃなかなか分からないものだよ。僕から見れば最初のころとは見違えるくらいだよ」
「体型が?」
「内面が。そんな失礼な事言うわけないでしょ」
えへへ、ちょっとした冗談だよ。でも、そんなに言われるほど変っているのかなぁ。でも、作治君の言う通り無自覚に変っているのかもしれない。
それに、もしも変わったと言うのなら、その原因は私にはないと思うな。
「きっと、ワンちゃんや懸さん、このみちゃんたちのおかげだね」
この学校にきてからいろいろとあった。いろいろと経験した。楽しかったこと、辛かったこと、慌てたこと、落ち着いて行えたこと。少し違うかもしれないけど、多くの出来事にもみくちゃにされてきた。
そして、それらを乗り越えられたのは自分だけの力じゃなくって、他の人。このみちゃんや懸さん、特にワンちゃんのおかげだと思う。
作治君がにっと笑う。
「きっと、君は周りの人達に恵まれているんだろうね」
「うん。だから変れているんじゃないかな。自分じゃ自覚できないんだけどね」
ちょっと照れくさくなって、私は笑った。
「……僕の場合は、人に恵まれていないから変れていないんだろうね」
作治君の表情が一瞬暗く沈んだ。
「どうしたの?」
でも、尋ねるとすぐに元の笑顔を取戻し、
「なんでもないよ。どちらにしたって、僕は僕でいるしかないんだから。気にしないで」
気にしないでって言われても。そんな思わせぶりな態度取られると気になるって。
「作治君、なにか悩んでる?」
「そんなことないよ。それじゃ」
そう言って、作治君は私に手を振ると去って行ってしまった。
いったい、どうしたんだろうか。いつもの作治君とは大分違うような気がした。
私に言わせれば、彼もなんだか変わっている気がする。他の人から見なければ分からないことだ、と作治君も言っていたし、私も実感できた。それが正しければ彼も変っているのだと、思うのだけれど……。
うーん、一過性の悩みであれば、いいんだけど。
ども、作者です。
一週間と一カ月の流れが早くて驚きです。




