真虎君と私と……ワンちゃん?
懸さんの謎相談の翌日。なんてことのない平日で、なんてことのない登校中。平和だ。うん、平和。このみちゃんが自殺するかどうかは、まぁ、大丈夫でしょう。きっと何かの勘違い。そうに違いない。
そんなことはさておき。最近髪が気になってきた。もともと長くはしないタイプだから、ちょっとでも長いと感じてくると気になってしまう。肩に届くか届かないかぐらいの長さだから、傍目から見ればそこまで長くはないんだろうけどね。
そろそろ短くしようかな。首元に毛先が当たってうっとおしいから、今日は束髪に結っておいた。ちょっと首元が寒い。もうちょっと温かい時期に髪が伸びていれば良かったのになぁ。今から上る、校舎へと続く坂道も、夏場なら涼しい気持ちで進むことができたかもしれないのに。来年は、夏の時期に髪を切ろうかな。今年の反省、来年に生かしてみよう。
坂道を登って、だいたい中腹当たりに差しかかったときだった。
ぼすん、と背中に温かい何かがのしかかった。人だ。というか、
「重いよ……」
「僕、軽い方だし」
真虎君だった。真虎君はそのまま私におんぶでもせがるかのように、腕を回してきた。
「教室まで連れてって」
余計に体重がかけられる。そりゃあ、真虎君は他の、身長も高くて筋肉質の懸さんとかワンちゃんと比べたら軽い見た目をしているし、実際に軽いのだろうとは思うけど。
「男の子なんだから重たいに決まってるでしょ。ほら、早く退いてよ」
「連れてって」
「無理だから」
何というか、無気力ここに極まりって感じだ。
「自分で頑張って教室まで行ってよ。私もそろそろ限界だよ?」
重さ的なものが。そりゃあ、男の子に寄りかかられたら重たいって。
ふぅん、と真虎君が何か考えているような声を漏らす。その間も寄りかかりっぱなし。考えるよりまず行動に出てほしいな。
「じゃあ、撫でてくれたら頑張るし」
はいはい、撫でればいいのね? 私は手を後ろに回して割と適当に真虎君の頭を撫でてあげた。
なでなで。としてはみるものの、真虎君は全くの無反応だった。
どうしようこれ。何か反応があるまで頭を撫でておくべきなのかな?
どうすればいいのか今一つ分からないから、とりあえず撫で続けておいた。登校中のこの光景は、傍目から見ればかなり異質なものだっただろう。
一分も満たないくらいの短い間、真虎君の頭を撫で続けた。
「もういいし」
と真虎君が言った。ご満足していただけたらしく、真虎君は私から離れて、やっと自分の足で坂道を登り始めた。
私も身軽になれたおかげで、軽やかな足取りで真虎君の後を追った。というか、真虎君が心なしか随分と早く歩いているように見える。
私が撫でたおかげ? そんなわけないか。
私が真虎君に追いついたところで、真虎君が立ち止まった。
「どうしたの?」
私が尋ねると、真虎君がおじぎをするようにして、頭を差し向けてきた。
「……」
真虎君は黙っている。けど、なんとなく私が何をすればいいのかは分かる気がする。
もしかして、真虎君気に入ったの?
ちょっと恥ずかしくはあるけど、私はもう一度頭を撫でてあげた。
そうすると、満足げにまた真虎君が歩きはじめる。
なんだろう。気まぐれな猫を相手にしているみたいだ。
教室に辿り着いてからはなんてことのない日常だった。授業を受け、授業中に騒ぐ下中君を先生が叱り、どこかからか懸さんの青春だああああああ! という声が聞こえてきたり、うん、普通の日常。もうすっかり慣れてきた感じだね。慣れたのは自分でもどうかと思うけど、慣れたものは慣れたんだもの。
そして、授業と授業の合間の十分間の休憩時間のことだった。
十一月に入って、かなり久しぶりの席替えをした。どれくらいぶりの席替えだったんだろう。それはともかく、私の席はというと、実は位置が全く同じで周りの環境が少し変わった程度だった。
中でも激変しているのは、私の前の席。
私の前の席は、真虎君の席になっているのだ。
いつもはあまり真虎君もヘンなことはしてこないんだけど、今日は違った。
休憩に入って、私が机の上を片付けた途端、彼が私の席へと振り返り、私の机につっぷしてしまった。
……なぜ? いったいなにがしたいの? 机もちゃっかり占領されてしまっているせいで、次の授業の準備が全くできない。
「真虎君、邪魔だよ?」
「知ってるし」
真虎君の机に向けて放ったくぐもった声が返ってくる。なにその返答。確信犯?
「真虎君、準備できないからさぁ……」
「撫でてくれたら、退くし」
だって。もしかして、味を占めた?
退いてくれないと次の授業の準備はできないし、仕方ないかな。教室でやるのは大分恥ずかしいんだけど。あまり人に見られなきゃいんだけど。
とりあえず、真虎君の頭を撫でてみた。真虎君の髪は、なんというかねこっ毛だ。さわっていて悪い気はしないんだけど、やっぱり恥ずかしい。
「僕、ねこっ毛だし」
考えていることがバレてた?
「うん。触っているから分かるよ。そろそろ退いてくれる?」
「まだだし」
「まだなのね」
さらに十秒ほど撫でる。
「まだ?」
「まだ」
さすがに撫でている時間が長くなってきた感じがする。ほんのちょっと、二秒とか五秒とかだったら、他の人にもほとんど気付かれはしないだろうに。今は大丈夫かな。
ちょっと横を向いて、教室の様子を探ってみる。よし、案外注目を浴びてはいないようだ。みんな好きなことを好きなようにしている。私の取り越し苦労だ。
「もう止めていいし」
辺りの様子を気にしていたら、真虎君から打ち止めを言い渡された。ちょうど良かった、のかな? もうちょっと続けても大丈夫そうだったけど。まぁ、いいか。
「その代わり、ちょっと後ろを向いてほしいし」
終わったと想ったら今度は次の注文だ。
どうってことないことだから、言われたとおりにする。
「これでいい……?」
後頭部がこそばゆい。感覚は無いけれど、後ろを見ることはできないけど、今、真虎君にされていることは良く分かる。
「何してるの?」
「ポニテさわってるし」
うん。それは分かってる。何度かぺちぺちとはたかれるみたいに触られている。まるで猫じゃらしで遊んでいる猫みたい。
「って、そんな猫みたいなことしないのっ」
私は振り返って、真虎君が髪を触るのを辞めさせた。
振り返った直後は顔を上げていた真虎君だったんだけど、私が振り返るとすぐにまた私の机に突っ伏してしまった。
「もう一度撫でて欲しいし」
またこの要求だ。なんだか、どこかに行く道中で野良猫に懐かれて一歩も動けなくなったときみたいな気分。
「もうダメ。猫じゃないんだから、さっきまでので我慢しなさい」
「猫は甘えに来たら甘えさせなくっちゃダメだし」
「真虎君は猫じゃないでしょ?」
「虎だから猫の仲間だし」
「名前だけね」
「名は体を表すって言うし。だから、そのつもりで猫になりきるし」
ああいえばこう言う。この性格は初めて会った時から全然変らないなぁ。
「いや、真虎君の場合は虎じゃないの? だったら虎らしくしてみてよ。猫じゃなくって」
私がそう言うと、俯いたままだった真虎君がやっと顔を上げた。そして、眼鏡を直してから視線を巡らせ、真虎君が離れた机の上に置いていた手で止まった。
「がおー」
と、覇気を感じない適当な声で言いながら、私の腕にがぶっとかみついた。制服の上からだし、痛みも全くない。甘噛み?
「甘噛みしないの」
ぺし、と真虎君の頭を軽く叩いた。それでやっと真虎君が口を離してくれた。
なんだか、真虎君の行動が全然読めない時がある。この子は結構不思議ちゃんで、意外と甘えん坊だ。どうしてか甘やかしちゃうんだよねぇ……。
相当甘やかしている気がする。
その、今でもちゃんと覚えているよ。真虎君に告白されたことは。でも、真虎君にははっきりとは断ってはいない。そのせいで甘えに来させてしまっているのなら、真虎君にもちゃんと私の本心を伝えておいた方がいいのかなぁ。
でも、懸さんっていう前例もあるし、真虎君は真虎君で、懸さんと同じ道を辿るような気もする。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。どうすべきなんだろうか。
「あ、本命が来たし」
ん? 本命? そんなことを言って、真虎君は私の机から離れた。
何? 何が起きて……?
困惑している間に、がっ! と肩を掴まれた。大きな温かい手だ。
振り返ってみると……ワンちゃんがいた。ワンちゃんは無表情で、目だけを動かして私を見下ろしていて……ちょっと、それなりに、けっこう怖い感じが……。
「わっ!!?」
そうこう考えている間にワンちゃんに首根っこを捕まれて、引き摺られ始めた。
「ちょ、ちょっと、ワンちゃん!? ねぇ、待って、一端止まって? 止まってってばぁ~~~~」
私は成すがままに引き摺られていくのだった。
ども、作者です。
とりあえず日曜日の内に更新できて良かったです。




