お嬢のお爺さんの……?
米原にあるとある大きな日本家屋。門構えは厳かでトラックが突っ込んできてもびくともしないようなほどに頑強なものだ。
その家屋の奥の奥にある和室のふすまが開いた。
「ただいま帰りましたわ」
お嬢が自分の家に帰ってきた。叶恵の家に泊まった翌日の朝のことである。お嬢の後ろには数人の若い衆と、純が控えていた。屋敷の入り口から付いて来たのである。
お嬢が声をかけたのは、奥の部屋に鎮座する和服姿の老人。老人と言っても一見しただけでは老いを全く感じさせない。髪は白くも肌は艶やか、顔立ちも昔は美丈夫であったことを感じさせるたくましさがある。奥の歯までもが今でも一本も抜けていなさそうな頑丈な顎をしている。
このお爺さんが組の頭である。現役の組長。確かに威厳がある。
しかし、かわいいかわいい孫娘を前にすれば別だった。
「おお、おかえり雅。ほれ、ご覧。わしも勉強してきたぞい」
組長は好々爺の笑顔を作って、自身の横に置いていたものをぽんぽんと叩いた。少年漫画の雑誌が山のように積まれている。全て今月中に発売された最新のものだった。
それを見て、お嬢の顔がパァと明るくなった。
「さすがはGKOですわ!」
「じ、じいけいおう……」
「もう、おじい様。グレート組長おじい様の略称ですわよ?おじい様、勉強不足ではなくって?」
にこにことしながら、お嬢が組長の前に正座する。組長はお嬢の言っている漫画がちっとも分から無いようで、眉を顰めながらお嬢の後ろにいた若い衆に指さした。
「おい、お前、どのような漫画か知っておるか?」
「はっ、ヤンキー教師漫画にございます」
彼も随分と勉強しているようだ。
「それはどの雑誌に載っておる」
「もう連載は終了しておりまして、雑誌には載っていないかと」
組長が悔しそうに口をへの字に曲げている。こんな表情は組員でもなかなか見れないだろう。
「ぐぬぬ……でんししょせきをもってこい! 全巻買占めじゃ!」
「ダメですわおじい様っ! 漫画は書籍ですのよ。ちゃんと手に取って、一枚一枚ページをめくって読むところも含めて楽しみですの」
お嬢が止める。そう言うと悔しそうな組長の顔が、柔らかく破顔した。
「お、おお! なんとそこも含めての楽しみとは、長年生きて来て初めて聞いたぞい。いやはや、孫を持つと新しいに気付かされてばかりじゃわい」
わっはっはっは、と組長が大げさに笑う。それにつられてお嬢も笑う。なにげない日常、祖父と孫の穏やかな時間。誰にでも持てる、幸せで平和な時間だ。
お嬢は昨日のことを報告した。包み隠さず、昨日叶恵と会った時から、今朝別れるときまでのことを一言一言、一つ一つの出来事を思い出しながら、まるで物語でも読み聞かせるように。
「ほっほっほ。雅はいい友達を持ったのう」
好々爺の組長もさぞ満足そうに話を聞いていた。自分の孫だから、苦労をさせていることは誰よりも良く分かっていた。他ならぬ自分自身が原因となっていたことも。
「はい、咲宮叶恵さんと申しますの。いずれ、おじい様にもご紹介致しますわ」
そう、お嬢が言った後、突然組長の顔色が変わった。
ほんの一瞬、彼は組を滑る一人の任侠人の顔に戻ったのである。
しかし孫の手前、すぐに相好は崩れ、一瞬の変化は孫のお嬢には認めることが出来なかった。
「楽しみじゃの~。ジュンくん以外で友達を連れてくるなぞ一度も無かった雅がそんなことを言うとはの~~~」
「く、組長……」
ただ、一瞬の仕事の顔は見慣れた人達には決して見逃せるものではなかった。表情の変化で、空気までもが変わっていた。それに気付けるのは、常日頃から突き刺す様な空気にさらされ、時に命のやり取りもしかねない、厳しい世界に生きる者の自然と身に着けたものだった。
若い衆の一人の戸惑いを純も感じていた。
「お嬢。少し出てこないか」
純がお嬢を誘う。
「え? わたくし、まだお話足りませんわ」
いやいやと首を振るお嬢に説明をする言葉はない。できるだけ、平穏な関係を崩させないためにも、何にも気付いていないお嬢でいさせたかった。一つの、純なりの優しさだった。
「すみません。少し、お嬢をお借りします」
「ほっほっほ。あまり遠くには行かぬようにのう」
部屋に残ったのは、組長と一人の若い衆、といってももう既に三十は超えている男だった。
「ほっほっほ」
組長は上機嫌に笑っている。
「く、組長、あの……」
「なんじゃい! 孫との会話の余韻を楽しんでおるというのに……」
「失礼いたしました。しかし、雅様のご友人、確か咲宮と」
聞くと、組長の笑いがぴたりと止んだ。
「確かに言うとったのう。久しぶりに聞いたぞい」
声は穏やかそのもの。
「まさか、彼も……」
「知らんのう。わしは孫の友人の名を聞いたまでじゃ。それ以外のことはどうだっていいわい」
「し、しかし……」
「黙っとれ」
「……はっ」
「ほっほっほ。いい気分じゃわい。ほっほっほ、ほ~っほっほ」
しばらくの間、組長の笑いは止まなかった。
ども、作者です。
相変わらず章分けはしていませんが、今回の章の最後ですね。無事に第九章というか九話なんですが、終われせることができました。
次は十話で、こちらも継続して二か月間週一で更新することができそうなのですが……。
まぁ、十話のことはさておき。
一応、コワモテ!は最初のころのあとがきにも書いたと思いますが、最終話を13話(13章、1章8部構成で、部数で言えば最終回は104部)にするつもりです。
つまりは、12月の更新を終えたら残り3話(3章24部)になるんですね。その3話分は鋭意作成中なのですが、今後の予定として、もし仮に残りの24部が12月までに書き上げられれば、残りのお話は毎日更新にして、年末から年始くらいにかけてで最終回を迎えさせようかな、と思っています。もっとも、書き上げられればなので、非常に怪しい条件なのですが。
現時点ではどんなお話にするのか、24部分のアウトラインは全部できていて、話の流れを作成しつつ、どこの部でどこまで書いて、どのような場面を用意すべきか、考えている最中です。なので、12月までに全部が書き上げられるかもしれないし、できないかもしれない、という微妙なラインですね。
まぁ、なんにせよ。
そろそろこの物語も締めに向かっています。折り返しを過ぎたのがついこの間のように思いますが、気が付けばもうラスト目前です。
続けて読んでくださっている奇特な読者の皆様、あるいは何となく見つけて目を通しただけの読者さん、もしよろしければ最後までお付き合い下さい。
これで書き上げられれば、エタらずに書き上げられた地味に最初の長編になりますね。
では、少し長くなりましたが、本編およびあとがきまで目を通して下さった皆さんに。ありがとうございます。今後ともご縁があれば、よろしくお願いいたします。




