押しかけお嬢……その1?
「ごめんなさい、千和さん。急におしかけっちゃって」
と、畳に手を付けながら深々と頭を下げる。
私の頭の先にいるのは、千和さん。ワンちゃんのお姉さんだ。
私はお嬢が「叶恵さんのお友達のところに連れて行ってくださいな」ともらい事故くらいに唐突も唐突な無茶ぶり応え、なんとか今からでも会えそうな人を探そうと連絡がつきそうな人に片っ端から連絡をしてみた。
とはいえ、すぐに何かしらの連絡がくることはなく、その間もお嬢は早く早くとせかしてきた。もうちょっと待てば連絡はくるかもしれない、そうは思うものの、全く連絡が来なかったらどうしようか、と不安になって、思いついたのが家を知っていて、駅からの距離もそこまでない、ワンちゃんの家に行ってみようという案だった。
お友達に会いたい、というお嬢の目的にも合っている。我ながら妙案だ、なんて思っていたのだけれど……。
「全然いいわよ。叶恵ちゃんなら大歓迎。こっちこそ一和がいなくってごめんね~」
ラフな格好で、コーヒーを飲みながらのんびりとした口調で千和さんが言う。
そうなんだ。残念なことにワンちゃんはいなかった。
まぁ、いないならいないで私はちょっと安心しているのだけれど。ワンちゃんに会うと、どうしてもあのことを思い出しちゃうから。
「え? あ、あいや、べ、別にワンちゃんはその……」
と答えていると、ワン! と犬の鳴き声が廊下の方から聞こえた。
「お待ちになってください、ワンちゃんさーん! 叶恵さん、そっちに行きましたわよ!」
廊下からのお嬢の声。一瞬、びくりと飛び上がりそうになった。
「えっ!!? って、わっ!!?」
開け放された扉から、はうはうと舌を出して気楽そうなおまぬけ面をした柴犬、カルボナーラちゃんが入ってきた。
私を見つけると、「おう、ねーちゃん久しぶり! 頭撫でろ」とでも言っているように頭を差し出してきた。
カルボナーラちゃんと言えば、初めてお嬢に出会った日に、私が見つけて、ワンちゃんが拾っていった子犬だ。あれは確か四月か五月ごろのことで、もう半年近く前のこと。今や立派な大人の犬になったカルボナーラちゃんが、如実に時の流れを感じさせる。
「な、なんだ……カルボナーラちゃんか……びっくりしたぁ」
頭を撫でてると、嬉しそうに目を細める。ほっとしているようだ。私と一緒で。
ぱたぱた、とカルボナーラちゃんをお嬢が追いかけてきて、部屋に入ってきた。
「まぁ! あなたカルボナーラちゃんって言うんですのね! 美味しそうな名前ですわ。良く見ればきつね色の体毛も、パスタのような……」
「いやいや、そんな理由とかないからね。ただ晩御飯から名前取られただけだからね」
今度はカルボナーラちゃんがお嬢の足もとへ。「こっちのねーちゃんも頭撫でてくれや」とまた頭を差し出す。お嬢も気付いて頭を撫でる。カルボナーラちゃんは随分と社交的な犬だ。人たらしだ。人たらしドッグだ。
お嬢の様子を見ていると、ちょんちょんと肩を指で叩かれた。見ると千和さんがにたにたと笑っている。
「ねぇねぇ、叶恵ちゃん」
「何ですか?」
「なんでさっき、ワンちゃんって聞いて動揺してたのかな? こっち来るって聞いた時なんてもうとんでもない慌てっぷりで……」
どきっ!
「な、なんでもな……」
「何か、あったのね?」
な、何かって、そう言われてしまうとどうしても思い出してしまう。頭に思い浮かんで、唇に感覚が取り戻される。ワンちゃんとのち……。
私の顔中の皮膚が爆発した。
「ななな! なんでも、なんでもないですって!」
「ははーん、そうなのねぇ~~、はいはい……」
「か、勝手に一人で納得しないでくださいってぇ! そ、それより、ま、また動物増えてますね!」
部屋を見渡しながら、慌てて話題を逸らす。
「うわー、すっごい強引な話題替え。ま、いっか。いつの間にやら増えているのよねぇ~。ちょっとしたお出かけでどんどん連れて来るんだから……」
「……」
新しい猫が三匹ほど増えていて、さっきからずっと私の座っている座布団に爪をひっかけているのと、膝をぺろぺろ舐めるのがいる。
もう一匹は新たに来たお嬢に興味津々で見上げている。かわいいけど全員なかなかの大きさ。初めは子猫だったのか、成猫だったのか。
ただ、一匹だけ、お嬢に興味を持っているのだけが子猫っぽく見える。ちょっと小さな猫の種類なのだろうか。
「誰が連れてきたか、訊かない?」
にた~り、と笑みを湛えて、千和さんが言う。明らかに訊いてほしそうだ。
「え? いや、分かってますけど……」
言いたいんだね、一和って言いたいんだね千和さん。
「そうなのよ、ひ・と・わ、が……」
「もう! そんな溜めて言わなくてもいいですってばぁ!」
私のさっきの反応のせいで、千和さんは私とワンちゃんに何かしらの事象があったのだと勘付いている。そして、私はおちょくられている。
ついつい叫んでしまうと、三匹の猫が跳び上がって驚いた。
「あはは! ごめんごめん。あ、猫驚いちゃったわねぇ、よしよーし、おいでおいで~」
千和さんは猫を呼んだ。小さな猫はしゅばばばと、千和さんに急いで駆け寄って膝の上に乗った。相当、怯えあがらせてしまったらしく、猫は憎らしげに私の方を見ていた。
「もう……」
他の二匹は私から離れて、なんだこいつ、とでも言うような目で私を見上げている。
私のせいじゃないんだから。千和さんが悪いんだから。
「わぁ! 猫様がいっぱいいらっしゃるのですね! しかも、みんな種が違いますわ」
と、お嬢が三匹の猫を見ながら嬉しそうな声を上げる。
「お? お嬢ちゃん分かるぅ? ……よいしょ。こいつはマンチカンね。名前はとうふ」
もちあげたマンチカンがにゃーんと鳴いた。
「えぇ……」
相変わらず、酷い名前だ。
「こちらのお二方は?」
お嬢は名前に付いてはちっとも触れず、次を促す。
「そっちのキジトラがねぎでしょ、寝てるメインクーンがわかめね」
「全部味噌汁の具から名前取ってるっ!!」
相変わらずのネーミングセンス。ワンちゃんはもうちょっといい名前を付けてあげてもいいのに。
「まぁ、みなさんお似合いのお名前ですわね」
「いや、めちゃくちゃ適当に付けられてるだけだと思うから。皮肉っぽく聞こえちゃうよそれ」
「いいのいいの。名は体を現すって言うでしょ?」
「体を現しちゃダメでしょこの名前じゃ! 味噌汁の具だよっ!!」
ふわぁとマンチカンこととうふが欠伸をして、抱いている千和さんから逃れて、ぺたぺたと歩き出した。
「ふふ、あ、お待ちになってくださ~い、とうふさ~~ん」
お嬢はとうふちゃんに興味津々なのか、またもぱたぱたと走って追いかける。
とうふちゃんとお嬢の追いかけっこが始まると、千和さんが私の耳に顔を近づけて囁いた。
「あの子、もしかして結構なお嬢様?」
どうしてわざわざ小声で訊くのだろう。
「うん。どこに住んでるのかとか、どんな家庭なのかは知らないんですけど多分、相当なお金持ちの……」
そう言えば、そういった話はこれまで一度もしたこと無いな、ということに私は気付く。ちょっと気になるけど、別にどこであろうと私とお嬢の関係は変らないから、気にしたこともないのだけど。
だって、いい子であることには変りないもん。
「へぇ~……」
千和さんは深く頷いた。何かに納得をしている様子なんだけど、何になんだろう。
「お待ちになってくださいまし~」
「あ、廊下出ちゃった」
お嬢が出てすぐにガラ、と戸が開いた男が離れた場所から聞こえてきた。この家は事情があって、千和さんとワンちゃんの姉弟の二人暮らし。で、こんなにも気軽に玄関のドアを空けることができるのは、千和を除けばたった一人だけ。
ということはつまり……
「一和帰ってきたみたいね」
「うぇっ!!?」
そうとしか考えられない。
千和さんが私のもとに近づいて、腕を引っ張って立ち上がらせた。
「ふふ、叶恵ちゃん。会って行きなさいよ。ほらほら~」
それから背中を押して私を廊下に近づけようとする。
「あ、あ~~~! ちょ、ちょっと押さないでくださいよ千和さん!」
会いたいとも思うけど、会いたくないとも思うんだけども、なんてちょっと複雑な心境でありながらも、千和さんには抵抗しきれなくって、老化に押し出されてしまった。
そうなると、やっぱり気になっちゃって、一和のいるであろう方向に視線を向けざるを得ないわけで……。
玄関に目を向ける。すると、ばったりと出会っているワンちゃんとお嬢が、なんかぽかーんとしながら立ち止まっている。
「……」
「……」
二人が黙っていると、なーん、とマンチカンこととうふが鳴く。
それを合図にしたかのようにお嬢がぺこりとお辞儀をした。
「お邪魔してますわ。わたくし……」
「……」
ワンちゃんはお嬢が自己紹介を終える前に、お嬢の脇を通って、こちらに歩き始めた。返事もしないままに。途中で、私と目が合った。
「あ、ワンちゃん。私もおじゃま……」
「ああ。見りゃ分かる」
とても、透明な、無関心な声だった。
「そ、そうだよね……」
なんだかちょっと機嫌が悪いみたいで、これ以上私は声をかけなかった。
家に帰ったら、知らない誰かとばったりと出会っちゃったんだもんね。ちょっと行きすぎな気がするけど、気持ちは分からないでもない。階段を上がって行く姿を見届けた後、私はお嬢に近づいた。
「……あの方。どこかでお会いしたことが、あるような」
お嬢はぼけーっとしながら会談の先を見上げていた。とうふちゃんは退屈そうに目を細めている。
「え? あ、あるんじゃないかな。っていうか、ほら、四月くらいにお嬢が海浜公園の砂浜にいた時に会ってなかったっけ?」
お嬢と言葉を交わしていないけれど、会ったことは有るような気がして訊いてみる。
それを聞いて、お嬢はうーんと唸った。
「そう、でした……の。うん。そうですわね。わたくしの勘違いでしたわ」
「勘違い?」
「ええ。ずっと前にお会いした方と大変似ていらして、ついつい重ねてしまった見たいですわ。いやですわね、わたくしがまだ小さくて、漫画だと尻尾が生えている人位に小さかった頃でしたのに……」
またなんか漫画で例えてる。
「ま、まぁ、そういうこともあるよ、うん」
とりあえず部屋に戻ろう。ワンちゃんも返って来たし、そろそろお暇しよう。
部屋に戻ると、千和さんが抱きしめたメインクーンのわかめを撫でながら、口をまごまごと動かしていた。
「……やっぱねぇ……はぁ、面倒なことにならなきゃいいんだけど」
私の耳には、千和さんがそう言っているように聞こえた。
結局、何がと尋ねても、千和さんは答えてくれることはなかった。気のせいだよ、とだけいっただけだった。
はい、作者です。
サブタイトルの盛大な手抜きを考え始めました。書いている途中に番号を振っていたものをそのまま使っている感じですね。
お嬢は使い勝手がいいのやら悪いのやら。とにかく個性を付けようとしたキャラクターは、癖がついている感じがしますね。書いているときにそう思った気がしないでもないです。




