二階で……意外?
二階の廊下の様子はこんな感じだった。
まず、私たちがいるのがちょうど片側の端の方で、背後には教室一つ分のスペースと、一階と三階に繋がる階段がある。
正面には教室から運んできたであろう、机と椅子で作ったバリケード。椅子や机の足の部分がこちらに向くように倒して、それを何個か重ねている。
横の方にも広がっていて、人ひとりも通れないスペースだけが空いている。
そこを覗けば、廊下の奥の様子が見える。
結構な人数がいた。同じように机や椅子でバリケードを作っているみたいだけど、人数がいるから、そこまで防御をする必要がないと思っているのだろう。
学ラン姿の他のクラスの代表者、とりわけ懸さんとは敵対するグループの人達がまとまった、敵のチーム。彼らは私たちのバリケードの隙間を目がけて、カラーボールを何度も何度も投げていた。
中には、バリケードの隙間を通ってくるカラーボールもあった。
もちろん、懸さんたちもやられてばっかりではなくて、バリケードの上からとか、隙間からカラーボールを投げて反撃をしていた。
でも、それもなかなか芳しいせいかを上げられているわけでもなくて、しかも、カラーボールの数もかなり減っている訳で……。
「つまり、俺達の青春は大ピンチってわけだ」
バリケードに隠れながら、私たち三人は懸さんからの状況説明を聞いていた。
「俺達の分のカラーボールも、投げ続けてたらすぐになくなっちまうなぁ、こりゃ」
「味方の数も、私たちを含めてたったこれだけだと……」
辺りを見渡して目に入る人数が味方の総数になるんだけど、
私たち三人と懸さんの四人と、その他に六人がいるだけ。つまりはたった十人。
「うげっ!!」
あ、カラーボールが一つ命中して、減っちゃった。
「たった九人だけじゃ……勝ち目が……」
うーん、と考え込む。このまま正面からカラーボールを投げ続けていても、勝てる兆しは見えないと思うし……。
「それなら、上から攻めるのがいいんじゃないかな」
考え込んでいると、作治君がそう提案した。
「上から? 屋根でもつたうってぇのか? おいおい、そんなバカな」
馬鹿な、と言いながらも、その発言をする泥沼の方がちょっとお馬鹿な感じだ。私も、懸さんも彼が言いたいことは分かっていた。
「懸さん。三階にはもう敵は誰もいないから、安全に通ることができるよ」
「なるほど。そいつはいい考えだ! さっすが叶恵ちゃんの作戦だぜぇ!」
「いやいや、作戦立てたの作治君だから」
「大丈夫大丈夫、良くあることだから」
「これもっ!!?」
「つーことはよぉ、三階から敵の後ろの階段とこまで行って、後ろから奇襲をかけるってぇことか?」
泥沼もやっと、理解してくれたようだ。
「よし、そうと決まれば、作戦決行だ」
やる気を入れて、立ち上がろうとする懸さん。
それを、作治君が止めた。
「待った。竜美さんはこのままここに残った方がいい。こっちの人数はそもそも少ないんだ。奇襲のために人数を割いてしまって、人が減っていることが分かると、敵にも奇襲がバレてしまうかもしれない」
「おいおい! おめえ、えっと……名前は忘れたがよぉ! それじゃあ奇襲ができねぇってことになんじゃねぇか?」
「話は最後まで聞いてよ。で、残って欲しいのが顔も名前も知られた竜美さんってわけ。彼がいて、攻撃の的になっている間は、注意は嫌が応にも彼に向けられる。そうすれば、他の人数が減っていたとしても、しばらくは奇襲を悟られる心配はなくなるよ」
「つまり、俺は青春的な囮になればいいってことだな」
「青春的って何っ!?」
「まぁ、そんなとこだね」
「俺が青春的囮になっていれば、半分以上を奇襲に割いても大丈夫そうだな」
作戦がどんどん決定していく。
「私も、ここに残っていた方がいいかな? ほら、私のことも噂になっているんでしょ。だったら、私も十分に囮の役目を果たせると思うんだ」
というか、それぐらいしか役に立ちそうな方法が思いつかない。
だって、奇襲に一緒に行ったところで、私がカラーボールを投げて、命中するかどうか分からないもん。
「危険だよ?」
作治君が心配そうな顔をする。
「大丈夫! 俺がいる! 俺がいれば、どんなことがあっても、叶恵ちゃんには指一本触れさせないぜ!! うおおおおお!! これぞ青春っ!!!」
どう青春なのか、さっぱりわからないけども、懸さんのその言葉はとても心強かった。
「ってなわけだ。えっとお前と、泥沼。他の奴らを四人連れて、奇襲をかけてくれ」
「竜美よぉ、テメェ、この俺様に命令するたぁよぉ……言っとくがな! 俺はおめぇの派閥に入ったわけじゃあねーからなっ! あいつら倒したら、次はおめぇの番だ!」
泥沼がそんなことを言って立ち上がった。
「オラッ! テメェらいくぞっ!」
でも、ちゃんと作戦通りには動いてくれるみたいで、他の仲間と作治君を引き連れて、階段に向かって行った。
もう、余計な事言わなければかっこよかったのに。素直じゃないなぁ。
「さて、俺達もやつらの注意を引きつけようぜ、叶恵ちゃん」
懸さんがぐっ、と力を込めて言う。
「うん」
私も返事をして、網袋の中から、カラーボールを取り出した。
よし、私も気合を入れて、頑張らないと。
「叶恵ちゃん。何個かカラーボール投げるぞ!」
懸さんが立ち上がった。
そうすると、頭がちょうどバリケードの上の部分から見えるようにひょっこりと出る。
「いたぞっ!! 竜美だああああ!!」
そうすると、相手の人達も当然懸さんに気が付く。
「あいつ目がけて投げろおっ!! 俺達でぶったお……すべっ!!」
言っている途中に、懸さんが放り投げたカラーボールが顔面に命中した。
「へっ、俺がそんな簡単にやられるとでも思ったかっ!! これぞせいしゅ……」
懸さん目がけて、無数のカラーボールが飛んできた。
「うおっ! あっぶねっ!!!」
さすがに懸さんも攻撃を中断して、しゃがみ込む。カラーボールはバリケードの上を飛んで行く。
「くっそぉ~。やっぱ数じゃ敵わねぇか~。でも、こっち側に集中してるぞ」
懸さんの言う通り、カラーボールは懸さんのバリケードの方に集中している。
私たちは隙間を挟んで、左右のバリケードに背を預けていた。
ぼんぼんどんどん、カラーボールが当たっているのは、懸さんがいる左側のバリケードばかり。
「チャンスだぜ、叶恵ちゃん」
私に向けて、懸さんがにっと笑う。
「うん」
隣に集中している以上、大暴投しないかぎりは、こちらにカラーボールは来ないだろう。
そう踏んで、私も立ち上がる。何人もの学ランを着た相手の代表者たちがいた。
彼らも、私の顔に気が付いた。でも、何か言ったり、何か行動をするまえに……。
「えいっ!」
適当にボールを投げた。
ボールが何かに当たる前に、私はすぐにしゃがみこんだ。
「おいっ!! 今の女っ!!」
「間違いねぇ! 番長どものボスだああ!! ねらえっ! ねらえええええ!!」
どどどだだだだだ!!!
カラーボールがぶつかっているとは到底思えないほどの激しい音が、激しい振動が、私の背のバリケードに伝わる。
「あわ、あわわわわ」
思った通りの反応ではあるけれど、思った以上の反応でもあった。
やばい、やばいよこれ。当たったら痛いんじゃないの?
「よしよし、狙いは叶恵ちゃんに集中してきてる。次は俺の番……」
と懸さんがカラーボールを取ろうと、網袋に手を入れる。しかし、すかっ、すかっ、と何もつかめない。
見てみると、彼の袋はすっからかんになってしまっていた。
そうだ。
私は自分の袋の中からカラーボールを二つだけ取り出す。そして、五個くらいは残っているその袋を、
「懸さん、これっ」
懸さんの方に投げた。
「それ使って」
「叶恵ちゃん。でも、叶恵ちゃんの分は……」
「いいの。どうせ私には誰かに命中させられるだけの力はないから」
「叶恵ちゃん……」
懸さんの目に、じーんと涙が浮かんだ。
「ちょ、なんでっ!!?」
「よっしゃああああああああ!! 任せてくれっ、叶恵ちゃん!! この青春の
証、大事に使ってやるぜえええええ!!」
「青春の証って何っ!!? っていうか、大事に使わないで、どんどん使ってよっ!!」
懸さんがまたも立ち上がる。
「うおおおおおおおっ!!!」
「ぐへっ!!」
「どふんっ!!」
そして、ボールを投げてどんどん命中させていった。
時間もいい具合に進んできている。
もうそろそろかな。
「ぶほっ!!」
「ふぶぅっ!!」
懸さんはボールを投げていない。それなのに、ボールが命中したらしい、相手方の断末魔が聞こえてきた。
ということは、つまり……。
「どうしたっ!!? げふっ!!」
「おめぇらああああ!! かかれええええええ!!!」
泥沼の叫びだ。
「うしろだあああ! 後ろからも敵がはっ!!!」
ここからじゃ、様子は見えていないけど、泥沼たちがどんどん攻撃を加えているみたいだ。
「よし、頃合いだっ! お前らもいけぇっ!!」
「はいっ!!」
それを合図に、今までずっと待機していた、バリケードの裏に隠れていた懸さんの仲間のみんなもカラーボールを持って、バリケードを自分達で崩して、突撃して行った。
私もそれに続く。
カラーボールが飛び交う。たくさんいた相手の人達も、前後の挟み撃ちに、どんどん倒れていった。
私も一つくらいカラーボールを投げてみたけど、当たらなかった。
そして、あっという間に……。
「よっしゃあああ! これで全滅だぜっ!! さっすが俺様だあああ!!」
泥沼が、まるで戦国時代の武将みたいに勝鬨を上げた。
まぁ、確かに泥沼は今回かなり活躍したと思うけど。
とりあえずは、これでよし、かな。
私たちも移動して、廊下の中央辺りで泥沼と作治君たちと合流する。私たちの中で、倒されてしまった人は誰もいなかった。
「二階の制圧完了。後は一階だな。一階の様子はどうなっているか、分かるか叶恵ちゃん」
「一階はまだ、あまり分かんないかなぁ」
一階のことを話していると、無線機が鳴った。
「あ、外からの連絡だ。もしかしたら、一階の様子が分かるかもね」
期待を込めて、通信ボタンを押す。
「通じてますか」
聞こえてきた声に、すぐにはピンと来なかった。
「おい、海鞘蕗じゃねぇかっ!?」
通信が耳に入った泥沼が言う。
「その声は、泥沼っ。まだ倒れていなかったんですね」
「おいコラっ! なんだその言い方はっ!! 俺様が倒されて当然みてぇじゃねぇか!!」
「まぁまぁ。それはどうでもいいでしょう」
「いいわけあるかっ!!」
泥馬の言う通り、通信の相手はあのメガネの海鞘蕗だ。
でも、海鞘蕗って確か……。
「ねぇ、真虎君はどうしたの?」
彼は、真虎君と一緒にいたはず。それに、無線機も真虎君が持っていたはずなのに、どうして海鞘蕗から連絡が来たのだろう。
「それなんですが……湯川から無線機を預かっている間に、はぐれてしまって」
「はぐれてって……何かあったの?」
嫌な予感がする。彼らがいたのは校庭の方で、校庭と言えば、とんでもない大混戦になっていたはず。
「何があったか、は今は置いておきましょう。それよりも、校舎内にいる方々に耳に入れておいてほしい情報が……」
と、彼が言いかけた途端。
「ぐわっ!!!」
断末魔が聞こえた。他ならぬ、海鞘蕗の声で。
とっさに動いた泥沼が、私の手から無線機をひったくった。
「おい!! どうした!! 何があった!! 海鞘蕗、海鞘蕗ぃいいいいいい!!」
返答は何もなかった。
「泥沼、通信が切れたみたいだよ」
作治君が泥沼に言うと、クソッ! とやつあたりをするように、泥沼は作治君に無線機を押し付けた。
外で何が起こっているんだろう。
不安が胸をばくばくとさせ、焦燥感を募らせる。
「あ、叶恵ちゃん」
作治君に声をかけられた。その理由はすぐに分かった。作治君が持っていた無線機がまたなっていたからだろう。
私は作治君が持ったままの無線機の通信ボタンを押した。
誰からだろう。また、海鞘蕗かもしれない。
ううん、誰でもいい。今は、外の状況が分かる新しい情報が欲しかった。
「叶恵っ! 聞こえてるっ!!?」
このみちゃんからだ。
「うん、聞こえてるよ!」
私が答えると、ほっ、と息を着いたのがわかった。
聞こえてくるこのみちゃんの声も、なんだかせっぱつまっているようだった。
「いい! 今すぐそこから……って、ちょっとっ!!! 何すんのよっ!!」
このみちゃんが叫んだ。私たちへ向けてではない。
思わず、どきりとした。嫌な予感がする。
本当に良くないことが起こってる。
「このみちゃん!」
私が無線機に向けてそう言ったときには、もう無線機の通信は切れていた。
「不味いな……外からの通信が断たれたと思っていいね、これは」
作治君が冷静に言う。
「しっかし、水戸の奴、俺様たちに何を言いたかったんだぁ?」
泥沼が首をかしげる。
このみちゃんは何かを言いかけていた。
今すぐそこから……って言いかけてたけど、これってまさか、というか、間違いないっ!
「みんなっ、ここから離れようっ!」
ちょうど、私がそう言った直後だった。
「げうっ!!」
「ばほっ!!!!」
私たちの仲間、懸さんと一緒にバリケードに隠れていた人達の内、二人にカラーボールが当たった。
彼らが今いるのは、さっき私たちがいた方。
つまりは、一方の一階三階に続く階段の方なわけで……。
「やっべぇ!! 一階から敵が上がって来てやがるっ!!」
泥沼が叫んで、私も振り向いた。
その方向からは、敵が三人歩いてきていた。
「や、だ、わぁ~~~~」
その中の一人。
とても特徴的な人だ。スキンヘッドで、いかつい顔なのに化粧を施していて、忘れようにも忘れられない容貌をしている。
「あ! 真虎君を攫ったオカマ!!」
「と・ね・だ!! よ~~!! ちゃんと名前で呼んで頂戴っ!!! も~~~~、やだわ~~~~」
「おいっ! こっちの階段からも敵が上がって来てるぞっ!!」
泥沼が階段を覗きこんでいて、下に続く階段の様子を見たらしく、慌てた声を上げる。
「これは……挟み撃ちをかけられているね……」
「やだわぁ~やだわぁ~。アタシの愛する番長仇だけじゃなくって、あのとき邪魔してくれたにくったらし~~い小娘もいるなんてぇ~~。運が向いて来たわぁ~~。アンタらっ!!! さっさとやっちゃいなさい!!!」
オカマ、え~~と、利根田がそう言うと、またカラーボールが飛んできた。
「叶恵ちゃん!! 上に逃げろっ!!!」
懸さんがカラーボールを投げながら、私に言った。
「で、でも、懸さんは……」
「俺達は後で上に向かうっ! 泥沼っ! あと、えっと……その……」
「作治君?」
「そう、作次郎!!」
「なんか微妙に違うっ!!!」
「良くある良くある」
「もう適当に言ってるよね、作治君もっ!! 投げやりだよねっ!!」
「叶恵ちゃんを頼んだっ!!!」
「分かった。さぁ、叶恵ちゃん、逃げるよっ!」
作治君に手を引かれる。私も、ここは逃げるべきだと思う。
でも、懸さんを見捨てるなんて。
「大丈夫だ、叶恵ちゃん」
私が心配しているのを知ってか、懸さんが振り返った。
「俺は絶対に死なねぇよ」
うん、死なないよね、ただカラーボール投げてるだけだもんね。
「……分かった。先に上にいってるから」
でも、覚悟はなんとなく伝わった。
懸さんなら大丈夫。
私も覚悟を決めて、階段を駆けあがった。
懸さんと、他の仲間たちはその場に残っていた。
カラーボールを投げる時の雄叫びと、当てられた時の断末魔が聞こえてくる。
それを背に、私たち三人は三階を目指して、全速力で進んで行く。
ども、作者です。
サブタイ迷走中。




