伝える……気持ち
砂浜の上に死屍累々が転がっている。うん、死屍累々と砂浜って、実に不釣り合いだ。
もちろん、本当に人が死んでいるわけじゃないけど。今の状況を簡単に言ってしまうと砂浜に死屍累々が転がる、となってしまう。
こんな状況になったのは、懸さんの仕業だった。ただ単に二人で人目に付かない砂浜の入り江にまでやってきたはいいんだけど、ガラの悪そうな人たちに絡まれて、懸さんがバーンと返り討ち。
たった一回の数人程度だけだったら、特に問題はなかったんだけど。
次から次へとガラの悪そうな人たちが現れるものだから、その度に懸さんがバッタバッタとなぎ倒して、見事に死屍累々を積み上げてしまったのだ。
もちろん、二人っきりになって込み入ったお話を、なんて雰囲気にはちっともならない。
連れて来られちゃった以上は、チャンス以外のなにものでもない。このみちゃんのためにも、今のうちに何が何でも、ちゃんと話を付けておかないと。
だけど、なかなかそんな雰囲気になってくれない。
今はガラの悪そうな人達の流れも止まっているみたいで、現れてはいないけど、こんな人がたくさん倒れているところでする話でもないしなぁ。
懸さんはきょろきょろとあたりを警戒している。少しでも安心させたいのだろう、私を。
私はと言えば、できることなんて何にもない。せいぜい、その辺りを適当に歩いているだけだ。
入り江は岩場も海も綺麗で、岩場に海風がとどまるせいなのか、ひんやりと涼しくて、過ごしやすい場所だった。
景色を見ていて、退屈はしなかった。顔を上げて、私もきょろきょろとあたりを見ながら、しばらく歩いた。
「あいたっ」
しかし、足元に注意を払っていなかったせいで、何か尖ったものを踏みつけたらしい。
はだしの足裏に、鋭い痛みが走った。足を上げると、そこには血の付いた貝殻があった。
「どうした、叶恵ちゃん!?」
私の声に反応して、懸さんが私の方を見た。
「いたぁ、貝殻ふんじゃったみたい。あ、でもちょっとだけ切り傷になっただけだから、全然大丈夫だよ」
幸い、深く刺さったわけじゃなくて、足の裏の端っこの方をちょっとかすめただけだった。でも、砂が入ったり、黴菌が入ったりしてしまいそうだなぁ。素直にスリッパをはいておけばよかったかも。
「な、ないぃ!? そいつは大変だ!!!」
懸さんが大声を上げた。
「え、いや、別にそんなに大変じゃないよ。普通に歩けるから……」
私はそう言って、足を地面に付ける。じくっ、と痛みを感じるが、どうってことはない。
「治療だ! 治療!!!」
「治療って、そんな大げさな……」
それなのに、懸さんは大慌て。まるで私が骨折か何かをしていると勘違いしているんじゃないか、と思うほどだ。
どうやって治療すればいい? 病院か? いやいやその前に応急処置。応急処置と言えば救急箱。と懸さんが呟く、にしては大きな声でひとりごちる。
いやいや、そんな大げさな。
「救急箱は、あー海の家で借りないといけねぇな。少し遠くまで来過ぎたな」
「戻らないとね。あ、でも放っておけばそのうちかさぶたになって……」
「いーや、黴菌がはいっちまったらいけねぇ!!」
「それも、そうかな。じゃあ、急いで……」
急いで戻ろう。うん。残念ながら、懸さんとお話はできなかったけど……、これも仕方ないかな。
と、私が歩き出そうとしたとき、
「待った! 叶恵ちゃんに歩かせるわけにはいかねぇ!」
懸さんが私に近寄って、
「え? って、わぁ!!?」
背と足に手を当てて、私を軽々と持ち上げてしまった。
いわゆる、お姫様抱っこをされている。
「なな、なんで!?」
「このまま歩いて行ったら、傷痕に砂が入っちまう」
「で、でもお、お姫様だっこだなんて……」
「これが一番さ。すぐに下ろせるし……それに、おんぶとかだと少しはずかしいからな、いろいろと」
いや、こっちの方が私としては恥ずかしいんだけど。
でも、ちょっとは気を使ってもらっているみたい。なんか、懸さんに失礼かな、こう思うの。懸さんの優しさ、というか気遣いと言ったものを何となく感じ取った。
それでも、やっぱりお姫様抱っこで人前に出るのなんて恥ずかしい。
そうは言ってみたんだけど、懸さんは砂が入るといけない、の一点張り。
気が付けば、私は抱えられたままさっきいたところまで戻っていて、結構注目の的になっていた。
下中君も、ナンパに失敗したとかでかなり落ち込んでいたのに、私の様子を見てにやぁ、と笑った。人が恥ずかしがっているのに笑うなんて、やっぱり彼は意地が悪い。
それからしばらくして、懸さんは海の家から救急箱を借りて来た。そんなにしなくてもいいのに、と遠慮する私は放っておいて、ささっと治療が始まってしまった。
気付けば、陽もかなり傾き始めていて、さっきまでたくさんいた人たちがぞろぞろと帰り始めていた。
思いのほか人も少なくなって、周りに私と懸さん以外の人の姿はほとんどなかった。
これは、もしかしてチャンス? い、今のうちに話をしておかないと。というか、手当が終わったら、そのまま帰るってことにもなりかねないし。
これが多分、最後のチャンスだ。
「か、懸さん」
私は決心を固めた。
「ん? なんだい?」
足にばんそうこうを張ってくれている懸さんが顔を上げた。
そう、決心を決めたのだ。
「えっと……あ、ラーメン屋を懸さんは継ぐつもりなの?」
でも、一番いいところでどうしても、気が引けてしまう。緊張のせいだ、多分。
少し変な話題だったけど、懸さんは答えてくれた。
「そのつもりだよ、俺は」
「へぇ、ちょっと意外かも」
「そうかぁ? まぁ、親父たちも意外だって言いやがるくらいだからな。叶恵ちゃんから見ても意外なんだろ」
「うん。懸さんって自分でやりたいこととかを見つけて、それを全力でやろうって感じに見えるから。将来の仕事もそうするとばかり……」
なんというか、そう言うイメージ? 懸さんみたいな不良系の男の子って、そんな感じな人が多いような。というか、懸さんはまさにその代表例っていう感じがしていたんだけど。
「それは今だけさ。俺達ももうすぐしたら大人になるだろ? まぁ、俺は一年分延長しちまってるんだけどさ」
懸さんが苦笑いを浮かべる。留年したことはあまり後悔はしていない様子だけど、申し訳ないって気持ちはあるみたい。
「親父やおふくろにも迷惑かけたから、将来位はきちんと決めとかなくっちゃ、安心させらんねぇからな。儲けは少ないだろうけどよ」
と懸さんが一息置いた。もう手当は終わっているみたいで、手を止めて、ちょっとはずかしそうに、懸さんは坊主頭を搔いた。
「でも、決まっている未来があるなら、それまでは自由にやって、食いの無いようにしたいだろ?」
「それが、青春?」
「そうだ。限られた短い間だけの自由と充足。それこそが青春だ!!」
青春。そう言って、拳をぎゅっと握る。
「でも、一つだけ」
「ん?」
懸さんが何か付け加えて言うみたいで、私は聞き返した。
「一つだけ、高校生が終わっても、大人になってからでも感じられる青春があるんだよ」
「それって何?」
「恋さ。親父の奴がいつも言ってるんだよ。女に出会って好きになったら、若い頃と気持ちはずっと同じなんだって。まぁ、だからっつって、アイツは店に来た若い女性を口説こうとするんだけどな。そんな奴の言うことだから、説得力なんてねえって思ったけど」
懸さんがいつになく真面目な表情になった。思わず、どきりとしてしまう。これは思いがけなく話が進む。何を言わんとしているのか見当がついて、息を飲んで懸さんの言葉に耳を傾ける。
「叶恵ちゃん。君と出会って、親父の言ったことが本当だって思い知ったよ」
まっすぐな懸さんの目が私を貫くように見ている。
「俺は、毎日だって新しい青春に出会えるんだ。君に出会えるとさ。だから……」
懸さんが息を深く吸った。来る。きっと、懸さんはこれから言うつもりなんだ。私にこく……。
「ごくり」
「俺と、いつまでも毎日会いたい。俺とラーメン屋をやってくれ!!!」
はく……って、え?
「……プロポーズ!? 告白をすっ飛ばして!?」
ちょっと待って、いきなりそんなことを言っちゃう!? いやいや、話の流れ的には、というかまだ高校生で、って言っても学生結婚とかも普通になるだろうけど、まだ卒業もしていないし、学生結婚と言えば高校じゃなくて大学からが普通なんじゃないかと思うし、えっと、っていうか、そう言われると返答に困ると言うか、予想通りの意味のことを言っているとは言えるんだけども、答えると意味合いが変わっちゃうというか、何段も飛ばして階段を上るみたいな、目的地は同じなんだけども道中がかなり変わっちゃうというかなんというか……。
「ははは! まぁ、こまけーことはいいか」
「いやいやいや……ま、まぁ伝わる気持ちは大体同じなんだけど……」
ちょっとおかしかったが、それもまた彼らしい。
彼なりの、真剣な気持ち。
心の中はざわざわとしているけれど、答えは、とうに決まっている。彼からの真剣な気持ちを聞いた、真剣な気持ちが伝わった。
私も、真剣な本当の気持ちを伝えないといけない。
人から好意を受け取る、ということはその人の一番大切でデリケートな気持ちを向けられていること。
むげになんて応えられない。これまでは、そうしてきたのかもしれない。
だけど、人に対して同じような気持ちを向けている自分が、同じことをされれば傷つく。
それが分かっているなら、どうして自分も同じように正直な気持ちを相手に向けないということができようか。
正直な彼の気持ちに向き合おう。それは礼儀で、私にできる精一杯の優しさと誠実さ。
「ごめんなさい。懸さん。私ね、好きな人がいるの。だから、懸さんの気持ちには堪えられないの」
「そっか。なら、応援しなくっちゃな」
懸さんは意外と平気そうな顔をしていた。
日が大分傾いてきていて、周りの人達の撤収も随分と進んでいた。一日が終わろうとしている。そして、私の中での一つの気持ちも終わろうとしている。
大きな気がかりだった。重たかった、という訳じゃないけど、きちんと伝えておかないと、私も懸さんも、このみちゃんもきっと前に進めないと思う。
終わって、また始まる。
それは、ほんの少しだけ夏休みが終わるのと似ている気がした。
一つのイベント事が終わって、また次が始まる。本当になにげないこと。
でも、なにげなくとも大きなこと。告白とそれに対する答え。
懸さんもこのみちゃんも、そして私も、これから次のおとを見られるように、なるといいな。
ども、作者です。
一旦、次でこの章が終わりですね。章分けを未だにしていないのですが。




