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コワモテ!  作者: リソタソ
誰がための
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楽しい楽しい……夏休み?

 八月。夏。酷く蒸し暑い季節。うっとおしくて、私が一番苦手にしている季節だ。

 だけど、夏は同時に一番嬉しい季節でもある。学生の特権、夏休みがあるからだ。私も高校生。いくら不良校と言っても、いや、不良校だからこそ夏休みは七月中ごろから八月の終わりごろまで与えられている。

進学校や私立校だと夏期講習があるらしく、お嬢「私の夏休みとっても少ないんですよ。せっかく山籠もりをしてみたいと思っていましたのに」と残念がっていた。まぁ、山籠もりなんて絶対にさせてもらえないだろうけど。

 お嬢ほどではないけど、私も今年の夏休みにはしてみたい、と思うことがあった。学校で授業を受けている間も、期末テストで壊滅的な点数を叩き出したときも、家で補修替わりの宿題に手を付けている暇もない程に、私はそれを実現する夏休みを思い描いて、ほわほわうっとりとしていた。

 今でも、目を閉じればその時に考えていたことが脳裏に浮かぶ。

 私と、ワンちゃん。二人っきりでどこか……そうだなぁ、今日は海にしよう。海で二人っきりで、周りには誰もいなくて、潮風が心地よく日に焼けた肌を冷やしてくれている。

 砂浜に座って、ちょっと、掌二つ分位離れて海を眺めているの。

 そして、どちらからか少し近づいて、手が触れ合う。私がワンちゃんの方を上目に見ると、いつにない優しそうな顔で……。

「叶恵……いいか、もう一回」

「もう一回って……まさか」

「……するぞ」

 って、目を瞑って、私の顎を掴んで強引に、あの日に私にしてくれたみたいに……。


「……えへへ」

「おい! ねえちゃん聞こえてんの!! 注文お願いって!!」

「ひゃ、はいっ!!?」

 まるで、夢から覚めるみたいに現実に引き戻される。一息吸えば胸いっぱいに広がる、おいしそうな脂っぽい匂い。クーラーは利いているはずなのに、籠っている空気は粘っこくてむしむししている。

 そして、目の前に広がる狭い店内。五席くらいのカウンター席とボックス席が三つに、満席になるほどガテン系のおじさんたちがいて、そのうちのボックス席の髭の濃いおじさんが私を呼びつけていた。

 急いで駆け付け、注文を尋ねる。から揚げ定食が一つ、チャーシューメンの麺硬めネギ増しが一つ、ギョーザ定食が二つでそのうちの一つのラーメンが高菜ラーメンライス大盛り、単品でキムチ盛が一つ。疾風怒濤に言われたそれらをささっと、分かるようにメモを取ってカウンター奥の厨房に戻る。中学の頃にバイトしててよかった。聞き漏らしが無くて済んだのはそれのおかげに違いない。

「懸さん、注文!」

「おう、そこに置いててくれ」

 厨房には、懸さんがいた。たった一人で、白い腰までのエプロンを付けて、タオルで頭を巻いている姿は、いつもの不良の大将というより、さながらラーメン屋の若大将だ。

 って言っても、今はまさにこのラーメン屋を、実質一人で回している店長代理。そこで、私は働いているのだ、夏休みを返上してまで。

 どうしてそうなったのかを思い出すのにも、ちょっとため息が出てしまう。終業式の直前の休憩中に、席を立って廊下に出た時、急に懸さんに出会って、こう言われたんだ。

「わりぃ叶恵ちゃん! 親父もおふくろも一緒に倒れちまって、しかも近くで工事が何個も同時にはじまるってんで、めちゃくちゃ忙しくなっちまうんだ!!! だから、人手がたりなくって……手伝ってくれ!!!」

 と、廊下にべったりと土下座をしながら。突然のことだった。懸さんの実家がラーメン屋なのはこの間の真虎君のいざこざの時に出前中の懸さんに出会ったから知っていた。

 だけど、急にそんなことを言われたら、どうだろう。普通はどんな反応をするのかな。まわりもなんだなんだと、やじ馬が集まって来ていて、中にはあの番長が土下座をして頼み込んでいる、あの女は一体何者だ、なんて声もあった。

 だから、だいぶ気が動転していたのだろう。つい、

「え!? あ、はい!」

 と言ってしまった。力強く、頷くように。もっといい言い方があったんじゃないかと今でも思う。まさか、夏休みの半分以上を懸さんのラーメン屋で過ごすなんて、予想もしなかったよぉ……。

 お休みなのに労働。バイト代ももらえているから、文句はない。文句は、ない。もしかしたら、ワンちゃんと一緒に居れたかもしれないのになぁ。夏休みも半分くらい終わっちゃったし。

「叶恵ちゃん、それ運んでくれるか?」

「あ、はい。懸さん」

 懸さんに言われ、近くの卓に置かれていた丼を取る。持つのは丼を乗せいているお皿。重さはほとんど変わらないけど、これで熱さを感じずに運ぶことができる。一緒に置かれていた注文票も持って、ボックス席へと向かう。

 はぁーあ。やっぱり、簡単に承諾しなかった方が良かったかなぁ。即答をしないでも、あんな事情を話されちゃったら、やっぱり断れなさそうだ。それに、結局は拝み倒されそうだったもん。

 だけど、断っていたら……。ワンちゃんと海、かぁ。行きたかったなぁ。海、砂浜、水着。あ、それはちょっと恥ずかしいけど。まぁ、ワンちゃんも水着姿だから、お互い様、かな。ワンちゃんの水着姿かぁ。そう言えば、結構体つき、良くなってた。そりゃあ、子供の頃と比べたら当然なんだけどさ。

 腕も太くて、胸板も厚くて、でも暑苦しいほどの筋肉質じゃなくって。海で、あの腕と胸板で抱かれたら、すごく嬉しい。し、しかも、水着姿だから、ちょ、直接……。

「……えへへ」

 どかっ、と何かにぶつかった。それから、がしゃーん、と耳をつんざくお皿の割れる音。私の手に掛かっていた重さは綺麗さっぱり無くなっている。

「あ」

「あつっ、あっつぅうう!! おいコラ!! おめぇどこ見てんだよおおおおお!!」

 ついうっかり、またあり得もしない妄想の世界に意識が飛び去っていたみたい。私がぶつかったのは、懸さんに頼まれて、私と一緒にバイトをしている下中君。いつもの金髪とんがり頭の上に、チャーシューと麺が何本か乗っかっていて、肩のあたりまでびっしょりと濡れていた。私がさっき運んでいた丼に入っていた中身だ。

 彼の足もとには割れた破片が散らばっている。私は彼にぶつかって、彼の頭の上に中身をぶちまけながらも、手に持っていた物を落としてしまった、ということにやっと気が付いた。

「ごご、ご、ごめんなさい!!!」

 慌てて謝る。

「あーあ、派手にやっちゃって」

 大声での謝罪が気になったのか、それとも、派手にラーメンをぶちまけた音を気にしてか、厨房にいたもう一人。このみちゃんがやってきた。いつもとは違って、髪を後ろにまとめて、大き目の割烹着を着ている。

「片付けは私がやるから、叶恵は謝ってきなさい」

「ご、ごめんこのみちゃん」

「謝るの私にじゃないでしょ。お客さんに!」

「は、はい!!」

 懸さんが若大将なら、このみちゃんは若女将、って感じだ。怒鳴られながら、すぐにボックス席の方に行って、何度も何度も頭を下げた。

 ちなみに、こんな失敗は今日が初めてじゃない。一回や二回でもない。お客さんは随分と心が広い人が多いみたいで、いっつも許してくれてはいるけれど……はぁ、大丈夫かなぁ、私。すごく迷惑かけている気がするんだけど、懸さんも気にするなっていつも言うし。普通のバイトだったら絶対クビになってるよ。

 こんなミスばっかりなのに、どうして懸さんは、私にバイトをするように頼んだんだろう。

 分からないことはあるけれど、今はとにかく働かないと。ワンちゃんとの妄想に浸らないように、注意しなくちゃ。




ども、作者です。


遅くとも5月末、と予防線を張ってはいましたが、まさか本当に5月になるまで更新再開の見通しが

立たないとは思いませんでした(笑)


また、しばらく週1更新ができるだけのストックはありますので、今後ともよろしくお願いします。

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